節分
今日は節分。
まずは念入りに掃除をしましょう。何でって?投げた豆を拾って食べられるようにね。
早朝のお店の仕込みを終わらせたあと、2階を念入りに拭き掃除した。そろそろ朝ご飯を作ろうとリビングに行くと、ソウとキボウが何か用意してくれていた。
「ソウ、キボウ君ありがとう!」
「キボー、したー!」
「ユリ、掃除してたから」
「節分だからね」
「あー、恵方巻きも作る?」
「海苔屋さんの陰謀ね。うふふ」
「海苔屋の陰謀?」
「この時期に古い海苔を売り切って、新海苔を仕入れるために始めたらしいわよ?」
「へぇー」
「恵方巻き自体は食べるけど、結局噛み切るのだから、黙ってみんなの健康を願ったあとは、食べやすい大きさに切っていただくわ」
ソウと話していると、ユメが起きてきた。
「おはようにゃ。何の話にゃ?」
「おはよう。恵方巻きを切るかどうかだよ」
「恵方巻きって何にゃ?」
「おはよう ユメちゃん。恵方巻きは、節分に食べる太巻きで、その年の恵方を向いて黙って食べるってイベント知らない?」
「知らないにゃ。聞いたこともないにゃ。節分は、炒り大豆を『鬼は外、福は内』って言って投げるのにゃ」
「恵方巻きが全国的になったのは、平成になってかららしいぞ? ユメ、関東に住んでたのか?」
「へいせいって何にゃ? 関東にゃ」
「平成は、昭和の次の年号よ。ソウ、なんで関東ってわかったの?」
「節分の掛け声は、地域によって違うんだよ。場所によっては、投げる豆も違うし、恵方巻きも、全国区になる前は、関西の風習だったらしいよ」
「そうなの?」「そうなのにゃ?」
「恵方巻きは、コンビニエンスストアが流行らせたらしいよ」
「違う豆って何にゃ?」
「殻付のピーナッツとか、拾って食べるのに衛生的らしいよ」
「当たっても痛くなさそうね。うふふ」
「ユリ、恵方巻きって言うのを作るのにゃ?」
「サービスに炒り大豆出しても、喜ばれないだろうからね。卵焼きと、煮含めた椎茸と干瓢、さくらデンブ、胡瓜を巻いたものを用意する予定よ。夕飯の時は、薔薇巻きとか、細工巻きを作ろうかなって思ってるわ」
朝ご飯のあと、厨房に戻って太巻きの準備をしていると、マリーゴールドが出勤してきた。
「ユリ様、おはようございます。あら?そちらは、何を作られるのですか?」
ユリがあら熱のとれた玉子焼きを細く切っていると、疑問に思ったのか、マリーゴールドが尋ねてきた。
「おはよう。今日は節分だからね。太巻きの海苔巻きをサービスに出そうと思ってるわ」
「節分とおっしゃいますと、お豆を投げるのでございますか?」
「あら!知ってるの?」
「はい。ベルフルールで、花梨花様とリラさんが教えてくださいました」
なるほど、グンジョーの人達は、ほぼ同民族らしいから、引き継ぐ風習も同じものがあるわよね。とユリは思った。
「あー、花梨花さんからなのね。この太巻きの海苔巻きは『恵方巻き』と言って、節分の新し目の風習よ」
「リラさんにお知らせしてもよろしいでしょうか?」
「構わないわよ。どうせ毎日一度くらいは顔だしに来るでしょうから、時間があるなら海苔巻きの細工巻きを教えるわ」
「ありがとう存じます」
マリーゴールドは以心伝心を送ったのか、リラとシィスルはすぐに来た。
「ユリ様おはようございます! 海苔巻きの細工巻きとは何ですか!?」
「リラちゃん、シィスルちゃん、おはよう。海苔巻きはわかるわよね? それを、あなたが作るクッキーみたいにカラフルに作るのよ。アイスボックスクッキーが一番近いかしらね」
「アイスボックス海苔巻き?」
「うふふ。理解はそうだけど、冷やさないわよ」
ユリは炊きたてのご飯にすし酢を合わせ、お店で出す分の太巻きを一つ作り、切って試食を渡した。
「これが太巻きの海苔巻きね。花の細工巻きは、海苔を3等分に切った物で色付の細巻きを5本作って、中心に卵焼きを配置して全体をまとめるようにすると、花柄になるわ」
ユリはまとめたものを切りながら説明した。
「使う海苔は、海苔切りの道具を通してから巻くと、海苔が二重でも食べたときに噛み切れるわ」
海苔切りとは、海苔に細かい切り込みをいれ食べやすくする道具だ。
「これ、本当にアイスボックスクッキーみたいですね!」
「そうね。シィスルちゃんと、マリーゴールドちゃんは、刺身食べられるの?」
「さしみ?」「さしみでございますか?」
二人は刺身と言う単語が通じなかったらしい。慌ててリラが説明するようだ。
「花梨花様が作られる、生のお魚が入った、ちらし寿司食べたことあるでしょ? 生のお魚単体は刺身って言うのよ」
たぶん食べられると思いますと言って、とりあえず作ることになった。
薄焼き卵を作り、鮪、又は、生食用の鮭などの刺身を、少しまだらな感じに乗せる。
薄焼き卵を巻き、花部分を作る。
巻き簾の上に、大きい海苔をのせ、酢飯を手前と向こうの端を1cm以上残し、薄く均等に乗せる。
葉っぱの代わりに、切った胡瓜も巻き込み、巻き簾で巻いて、出来上がり。
ユリは、出来上がりを切って見せた。
「凄い!薔薇の花に見えます!」
「ご飯の方にゆかりとかで色をつけて、鯛などの白っぽいお刺身でも良いわよ」
「凄いですけど、お店では出せませんね」
「お店は、薄切りハムとポテトサラダでも巻けば出せるわよ。もしくは、最初の花巻の花びらをもっと小さく黄色くして、中心に細切りで味付けして炒めたお肉を巻くとか、好きなもの巻いたら良いわ」
リラとシィスルはスケッチブックに絵を描きながら新しい細工巻きを考え始めたので、ユリはマリーゴールドに教えながらお店で出す分の太巻きを作り始めた。
「う、あ、巻ききれません」
「ご飯が少し多いわね」
「あ、巻けたと思ったのに、ユリ様の作ったもののように、具が中心になっていません・・・」
今度はご飯が少し少ないようだ。
マリーゴールドが思ったように作れないらしく、苦戦していた。
「ユリ様、私も練習がてら作っても良いですか?」
絵を描いていたリラとシィスルも、作る方に参加するらしい。
「失敗したものを責任もって食べるなら良いわよ」
リラの店が大丈夫なのか、最初の頃は毎日聞いて心配していたが、来られると言うことは大丈夫なのだと、ユリも最近は理解して、うるさく言わなくなったのだ。ただ、開店30分前になっても忘れているときだけ声をかけるようにしている。
2つ失敗したマリーゴールドだったが、3つ目からはなんとか綺麗にできるようになった。
シィスルは、マリーゴールドと同じものを作っていたが、リラは、途中ユリに色々質問しながら何か違うものを作っていた。
内容といえば「ユリ様、ブロッコリー使って良いですか?」とか、「薄焼き卵使って良いですか?」とか、「暗い色ってどうしたら良いですか?」などだ。暫くすると、リラが騒ぎ出した。
「できたー!!」
全員が顔を上げ、リラの方を見た。
そこには、四角い太巻きが置かれていた。
「何を作ったの?」
「えへへ、切ってみます!」
ほぼ正方形の海苔巻きの模様は、黒胡麻和えのご飯の中に、白いハート型、その中に、薄焼き卵に巻かれた小さなブロッコリーだ。
「王国旗だぁ!!」「国旗ですわ!!」
「へぇ、上手ねぇ」
「あれ、思ったよりも、形が綺麗に出てないかなぁ」
「どこが想定外なの?」
「この上の場所を凹ますのがなかなかうまくいかなくて」
どうやらハートの上の部分が難しかったらしい。
ユリは、三角柱の棒を持ってきた。鬼簾の一辺のような感じの棒だ。
「巻き簾で巻くときに、これを巻き込んで凹ませると良いわよ」
「うわー!凄い道具があるんですね!」
ユリが自分で作る時に、ハート型を作りやすいように用意したものだった。
もう一つ作ってみたリラが、今度は納得できたらしく、ユリに見せてくれた。
「凄いじゃない。ハイドランジアさんに見せてこようかしら」
「お!なんか凄いの作ったな! 城なら行ってくるよ?」
ソウが、納品分を取りに来たのだ。
「リラちゃんが作ったのよ」
「リラ、さすがだなぁ」
「ホシミ様、どうもありがとうございます!」
結局、ソウが、配達がてら王宮に持って行った。




