振袖
ユリはいつもの時間に起きた。
リビングには誰もいないので、先に洗濯機を回し、リビングの簡単な掃除と片付けをし、洗濯物を浴室に干した。
起きてきたソウとキボウに食べたいものを聞くと、ソウは雑煮で、キボウはヨモギ餅ときな粉だったのでそれを提供し、ユリは桜花餅を食べた。
ユリが食べていると、ソウとキボウがこちらをじっと見てくるので、どうしたのか聞くと、どうやら、桜花餅を食べたいらしい。
「何個焼く?」
「俺、2つ!」
「キボー、ひとつ、キボー、ひとつ!」
「今、焼くわね」
オーブントースターで餅を焼き、海苔を巻いて提供した。
「あと2枚だから、ユメちゃんに残しておきましょうか」
「それ、餅つき機で作っても作れる?」
「作れるわよ。塩加減が今と同じになるかは怪しいけど」
「実家に餅つき機有るから、作ってこようかな」
「お餅はともかく、ユメちゃん起きる前に、挨拶に行く?」
「そうだな。キボウはどうする?」
「ユメ、みてるー」
「そうか。キボウ、ユメを頼んだぞ?」
「わかったー」
毎年2日に訪問していたので、今年も挨拶に行くことになった。
ユリは自分で振り袖を着た。
昨日は訪問着だったので、帯はお太鼓結びだったが、今日は振り袖なので、ふくら雀だ。
訪問着なら20分くらいで着られるが、振り袖は時間がかかる。
先に髪を結い上げ、和服用の下着を着て、長襦袢を着て、ウエストに補正のためのタオルを巻いて、振り袖を着た。
ふくら雀の形に帯を作り、背負う形で着ていく。およそ出来上がってからソウを呼び、後ろから見てバランスを直して貰い、昔作った つまみ細工のかんざしと櫛をさしてもらった。
「ユリ、器用だよなー」
「覚えれば誰でも着られるわよ」
「その、覚える段階で、みんな怖じ気づくんじゃないか?」
「両親が残してくれた最後の贈り物だからね」
「そうだったな」
振り袖を買ってくれたユリの両親は、ユリが着た姿を一度も見ることなく、この世を去ってしまった。
「それに、今年着るのが最後かなって思って」
それは、結婚したら振り袖は着なくなるからだ。
「そうだな」
ソウの部屋から、直接ソウの両親の家に転移した。
「明けましておめでとうございます」
大歓迎で迎えられ、お年玉をくれようとするのをさすがに断った。
「やっとユリちゃんが、我が家の娘になってくれるわ」
「待ちかねたよ」
「おばさま、おじさま、ありがとうございます」
「おふくろ、家に餅つき機ってあったよな?あれって、使ってるの?」
「ほしいなら持っていっても良いわよ。最近使ってないから」
「なら、借りていくよ」
「何か作るの?」
「桜の入ったお餅を」
「ユリちゃん、桜花餅作れるの!?」
「え、は、はい」
「餅つき機はあげるから、私にも作ってもらえない?」
「味の保証ができませんが今度持ってきます!」
「懐かしいわねぇ。奥さんがお店で出したいって、味見させてくれたけど、マスターが、味が安定しないものは出せないって、お蔵入りになったのよ」
「家では毎年作っていましたが、毎年塩加減が違いました。今年、久しぶりに作りました」
今、機械を借りていくと言うことは、機械無しで作ったと言うことだ。
「もしかして、餅、ついたのか?」
「はい。向こうで、餅つきをしました」
「餅つきが出来る環境なのか!」
「転移したメンバーがいますので、持ち込んだ方から臼と杵をお借りして16升つきました」
「16升!?」
「参加者が私たち以外に、えーと8人居まして、盛大に作りました」
「楽しく過ごしているようで、安心したよ」
「毎日楽しくなるように頑張っています!」
ソウの養父母が、ふと表情を緩めた。
「今日はゆっくりして行けるのかい?」
「おやじ、おふくろ、悪い、他にも挨拶に回るから。あと、向こうの結婚式、出てくれる?」
「え!? 呼んでくれるの!?」
「招待客としてしか呼べないけど、」
「充分よ! 出られないものと諦めていたわ!」
「カエンから事情を聞いたんだけど、生みの親達は呼んだ方が良いの?」
「炎寿さん夫婦も呼んでくれるの!?」
「カエンを呼ぶのは決定しているから、呼んだ方が良いのかと思って・・・悪いけど、体重聞いて伝えておいてもらえる?」
「任せてちょうだい!」
ソウの養父母の家をあとにして、玄関先から転移するときにユリが聞いた。
「次って、予定はどこ?」
「決まってないけど、あのままだと、泊まることになるよ?」
「そういう意味なのね」
「昨日、ユリの訪問着を王妃が誉めていたから、今日の振袖も見せるか?」
ソウは、ユリが誉められていたのが嬉しかったらしい。
「一度、家に寄ってもらえるなら行くわ」
家に戻ると、ユメも起きていたので、みんなで王宮に来た。
ユメがキボウを見ていてくれると言うので任せ、王妃を呼んだ。
驚くハイドランジアに、昨日のは訪問着で、今日のは振袖といって、未婚女性の正装で、第一礼装です。と説明すると、昨日以上に喜んでくれた。
他国の民族衣装を見るのは、楽しいらしい。
ハイドランジアは、少し不思議に思ったらしい。ソウはスーツ姿なのだ。そして、スーツは民族衣装ではないと昨日話したばかりだ。
「ホシミ様、ユリ様と対になるお衣装はお持ちではないのですか?」
「紋付き袴? 用意できないこともないけど、俺、それ着ると、迫力ありすぎて・・・」
「誰かに何か言われたの?」
「・・・経済やくざとか、ジャパニーズマフィアって」
「あー! だから成人式の時、見せてくれなかったのね!」
「ユリ様、どういった意味でございますか?」
「んー、こちらの言葉に例えると、騎士崩れとか、ごろつきとか、かなり悪い意味です」
ハイドランジアは思い出したらしい。メイプルの結婚式に出席するための衣装をソウが作った時のことを。
「あの、もしかして、こちらで礼装を作られた時に、明るい色にして欲しいと何度もおっしゃっていたのは」
「同じ理由。俺、寒色着ると怖く見えるらしいから」
成る程、それであのキンキラキンの衣装になったのね。
ユリはソウの趣味ではなさそうな派手な礼装の秘密を知ったのだった。
ソウは、昨日はベージュで、今日は明るいグレー系の三つ揃えのスーツを着ている。
「結婚式の時、ソウは何を着るの?」
「戴冠式の時に、メイプルが着ていたような服だろうな」
「白っぽいからOKなのね」
物語に出てくる絵に描いたような王子様の服装だ。豪華な騎士服といったところだ。
「ソウの衣装が楽しみだわ。うふふ」
「ユリ、楽しみにするところが変だよ」
「そう? うふふ」
ユリは突然思い出したように指輪を杖にして振った。
「あ! ハイドランジアさん、これ、メイプルさんとアネモネさんに渡してください。料理が書いてありますので、わからないところとか、実際に教えて欲しいものを聞いて、教えたいと思います」
「ユリ様、ありがとうございます」
「もう帰るのにゃ?」
「ユメちゃん、いつからいたの?」
「キボウが逃走するから、隠し通路から追いかけてたにゃ」
「ユメ、すごーい、ユメ、すごーい! キボー、まけたー」
「まだ、隠し通路は覚えてたにゃ。そのうちわからなくなるにゃ」
「ユメ様、・・・」
「ハイドランジアのこともまだわかるにゃ。黒猫になる前の事が、あやふやになったにゃ。でも、世界樹の森で私の記憶を見たことを覚えているのにゃ、知識としてはわかるにゃ」
ユメがハイドランジアに説明したので、ユリも理解した。
つまり、ルレーブだったことは、覚えているのではなく、知っているだけと言う意味だ。
ハイドランジアが、痛ましげな顔をした。
「ユメちゃん、ご飯を食べに帰りましょう」
「お腹空いたにゃ!」




