若鮎
カランカランカラン
「ご店主はいらっしゃいますか?」
「ふぁい。私でふが」
お口に入っている時ばかり狙われている気がしないでもない。
この人も、ほっそりして上品な感じだ。
前回の女性に似た面差しで少し年上に見える。
「お休み時間に申し訳ございません。先日のお返事を伺いに参りました」
「先日・・・」
肝心なことを言わずに帰っちゃった人かな?
「あ、あの、マーガレットが参りませんでしたか?」
「あの方、マーガレットさんとおっしゃるのですか」
「え、名乗らなかったのですか!?」
「ええ、伺っておりません」
「それは本当に失礼致しました。私、マーガレットの姉のラベンダーと申します」
「ラベンダーさんですね。私はユリ・ハナノです」
「それで、ユリ・ハナノ様、いかがでしょうか?」
「少し聞きたいことがありますが、場所の提供があるのなら構いません」
「本当ですか!ありがとうございます。それで何を答えればよろしいのでしょうか?」
「今までの経験と、所持している器具や道具、あとは、何を作りたいかです」
「私たちは7人で、全員クッキーは作ったことがあります。器具は足りなければ揃えられます。作りたいのはパウンドケーキです」
「良い時に来ました。えーと、これドライフルーツですが、用意できますか?」
「種類を詳しく教えていただけるなら揃えます」
「特に決まってはいません5~10種類くらいを0.5~1cm角に切って、ラムかブランデーもしくはその混合液に漬け込んでください。早くても1週間後、できれば1ヶ月後に使用できます」
「それができたら教えてくださるのですか?」
「教えるのは私の漬けている物を使います。直ぐにできないものは、早く作っておいた方が良いかと思いまして」
「まあ!ありがとうございます!」
「お店が終わる18:00以降か、週末の定休日なら良いですよ。必要なものは書いておきました」
◇ーーーーー◇
酒漬けドライフルーツ
小麦粉
卵
無塩バター
上白糖
(ベーキングパウダー)
ボール
ホイッパー
ゴムベラ
秤
パウンドケーキ型
オーブン(釜)
◇ーーーーー◇
「え?予想してらしたのですか?」
「お土産お菓子で一番売れるのがこれなんですよ」
「私が言うのもなんですが、それを教えて大丈夫なんですか?」
「競合店を営む予定でも?」
「まさか。身内のものにしか差し上げません」
「なら、問題ないですよ。うちは他の種類もありますし」
「では、ドライフルーツを漬けて器具を揃えて他の方の予定をあわせて又伺います。10日位は先だと思います。数日前にご都合を伺いに参ります」
「はい。お待ちしています」
ラベンダーは優雅に挨拶をして帰っていった。
おっと、今日も外おやつを忘れるところだった。あぶないあぶない。
そろそろ暑い時期だから冷たい物が良いなぁ。
どうにかならないかなぁ。
今日は既にかなり暑いなぁ
今日のおやつは若鮎。
楕円形に薄めに焼いたどら焼きの皮(似たような)に求肥を包んで、焼きゴテで魚模様をつけたお菓子だ。
さすがに焼きゴテは手持ちにないので要らない金串を焼いて代用した。
少し小さめに作ったものを外おやつにも出した。
ウォータージャグに日本茶と氷を突っ込む。
誰も開けないだろうし。開けちゃダメって札でも貼っておこう。
店に戻り、
「本日のおすすめ若鮎」
文字とルビと絵を描いた紙を貼る。
15:00丁度に5人続けてご来店。
「すみません、わかあゆ?って魚ですか?」
「あーすみません。魚の形のお菓子です。魚は使っていませんよ」
「では、我々はそれで」
「はい。少々お待ち下さい」
五人組だったのね。予備の椅子出しておいた方が良いかなぁ?
ソウは同席はいやがる文化って言っていたけど、うちのお客さんはみんな適当に空いた席に座って、相席で素早く食べてくれる。
まあ、そうでなければ90食近くさばけないけどね。
でもさすがに、喫茶はあまり相席しないみたいで、ゆっくりしていく。
だからこそ、外お菓子が必要だと思うのよね。
そうそう、和菓子ってほぼ植物でできているからか、洋菓子より評判が良いのよね。
「癒され効果が高い」って言われたの。
作れる和菓子は種類に限界があるからもう少し勉強しないとね。
結局、30用意した若鮎は2時間弱で売り切れた。
あとは、ユメの分しか残っていない。
聞いた訳じゃないけど、ユメも食べるだろうと思って。
最後は三人組で来店し、二人しか食べられずに、ちょっと困った。
どうしても食べたいと頑張るので、1度に20~30出来上がるので全部引き取ってもらえるなら明日用意しておくと言ったら、小躍りして喜んでいた。
大人の男性でも本当に踊るのね・・・。
金額とか関係ないらしい。
「これだからブルジョワは」っていうなにかを思い出した。
このあとは、おすすめの紙を剥がしたので騒ぎにもならず平和に18:00を迎えた。
いつも30用意すると2~3個余っている外お菓子が、今日は残っていなかった。
あ、お茶も空だ。もしかして足りなかったのかしら?
夕飯の前に、求肥を作った。
白玉粉と水を混ぜ、溶けてから上白糖を足し、火にかけて練り練りする。
結構力がいる。
半透明の艶がでたら火から下ろし、片栗粉をふるったケースに流し入れ、上にも片栗粉をふるって自然に冷ます。四時間くらい。
この間に夕飯を食べ、ゆるめのどら焼きの生地を作っておく。
ソウもユメも居なくて一人で食べた。
冷え固まったら7cm位の棒状に切り分け、余分な片栗粉をしっかり落とす。
ゆるめのどら焼きの皮の生地を楕円形に焼いて、熱いうちに求肥を挟み形を作る。
コテや、要らない金串などを焼き、魚模様を付けて出来上がり。
割りとめんどくさい。昨日も作ったし。
まあ、うちは冷蔵庫があるから4時間もかけずとも冷えるけど。
お茶なしでいくらで売ろうか?
番重で渡して良いのだろうか?
まあ、返して貰わないと困るけど、他に渡しようが無いよね。
うーん。
1つ200☆位で良いかな?
特注だし300☆取るべきかな?
「ユリ、何してるにゃ?」
「あらユメちゃん。今日は昼間来なかったね」
「ユリは知らない人と話してたにゃ」
「あー、それで。それはごめんね。おやつ残してあるけど要る?」
「要るにゃ!」
「夕飯はどうする?」
「にゃー。困ったにゃー」
「うふふ。これ、ユメちゃんに残しておいた若鮎。お菓子だよ」
「おさかなにゃ。お菓子なのに、おさかなにゃ!」
ユメが大喜びだった。




