入浴
マーレイに馬車を操縦してもらい、ソウと二人でパープル邸に来た。
流石に女性たちは待ち構えていなかったが、執事とサリーは門にいた。
「ようこそいらっしゃいませ」
「出迎えご苦労!」
「遅い時間にすみません」
マーレイはそのまま引き返し、ソウは執事がつれていった。
サリーに案内された部屋は、ソウの部屋と違って、美しく華やかな装飾のある家具と、ベッドに天蓋のある女性らしい部屋だった。
「ユリ様、湯浴みの侍女はどうされますか?」
「できれば一人で入りたいです」
「かしこまりました」
「マッサージはどうされますか?」
スーパー銭湯でやってくれるようなのかしら?
「ちょっとだけお願いします」
「はい、ちょっとだけでございますね」
「お食事はお済みと伺っておりますが、なにかお召し上がりになられますでしょうか?」
「今のところ要らないです」
「すぐに先生をなさいますか?」
「皆さんのご都合はどうでしょうか?」
「はい。皆さんお早めにお食事をお召し上がりになり、いつでも参加できるとのことでございます」
「なら、すぐいきましょう!」
「かしこまりました」
いつものアルストロメリア会の厨房に案内され、ドアを開けると、皆で冬箱に充填中だった。
「こんばんは。あと、どれに充填するんですか?」
「ユリ先生!こんばんは。明かりと、冬箱と、夏板です。あと、使われるのでしたら真冬箱もです」
「夏板!情報が早いですね!うちでも出したばかりです。あ、全部充填しますよー」
ちゃちゃっとユリが触れ真冬箱までフル充填が完了する。
あまり考えなかったが、夏板を何に使うかユリは聞きそびれた。
見ていた皆は、数々の器機の他に、大型真冬箱までフル充填してもけろっとしているユリに、その規格外さに恐れを通り越し少しあきれていた。
見渡すとローズマリーが居ないが、いつものメンバーである。
ラベンダー、マーガレット、サンフラワー、ローズ、カメリア、ピアニー、カーネーション。
遅れてローズマリーが現れた。
そのあとから顔を見せたのが、王妃だった。
「ユリ先生、こんばんは。よろしくお願いします。しょ、いえ、ユメ様はご一緒ではないのですか?」
「こんばんは。ユメちゃんは明日お菓子ができ上がる頃に来る予定です」
「いらっしゃられないのですね・・・」
「ユメちゃん、夜は早く寝ちゃうので、おうちで寝たいそうです」
「・・・」
「さあ、パイ生地を作りましょう」
「はい」「はい」「はい」
「まずは塊のバターを切って1cm厚くらいの正方形に固めてから一旦冬箱に戻してください」
量ってある塊のバターをカットし、濡れ布巾に包んだ。
「このくらいで良いでしょうか?」
「はい、大丈夫です。次に、作業台か、大きなボールに小麦粉を振るい、中央を空け、水分を入れ、カードか手でだんだんに混ぜていってください」
作業台に直接作るのは怖いのか、全員ボールで作るようだ。
「ベタベタですが、このままで大丈夫でしょうか?」
あ、ボールなのは、見せる時に移動できるようにか!
みんなの方が合理的だったとユリは感心した。
ユリの作業は全員に見せるためなので、作業台で作るのが合理的である。
「しっかり混ざればもう少しまとまりますので、大丈夫ですよ、はい、ひとかたまりになったら濡れ布巾を被せて休ませてください。皆さんもう少しですね」
全員が生地を練り終わった。
「最初に作ったバターを出してきて、麺棒などで叩いて、少し柔らかくしてください。厚さとして2/3位になって構いません」
ドカドカ、ドンドン、バンバン。
「力仕事の時に、憎い相手を思い浮かべてはダメですよー。美味しくなれー!と思いながら作業してくださいねー」
全員から笑いがこぼれた。
「30分位休ませた生地に、十字に切り目をいれ開くように伸して、生地を正方形にしてください」
まとまっている生地の半分くらいまで十字の切り込みをいれた。
それを正方形になるように伸す。
「これで良いですか?」
「はい。上手です。生地に対し、バターを斜めにおき、耳の分を被せバターをきれいに被ってください。しっかりくっつくように留めてくださいね」
正方形の生地に斜めにバターを置き耳をたたんできれいに閉じた。
「体重をかけるように麺棒で伸してください」
のし掛かるように体重をかけ潰していく。
「長くなるように一方行に伸してください」
片側だけに伸ばしていく。
「三つ折にして、次に、90度向きを変え伸ばしてください」
三等分に折り、向きを変えた。
先程よりも長目に伸す。
「四つ折にしたら冬箱で休ませます」
中心を決め、ずらして畳み四つ折りにする。
「そのまま均等に1/4に折るのではないのですね」
「1/8位のところを折り、そこまで反対の生地を持ってきて折り、それを半分に折ると、繋ぎ目が端ではなくなるのです」
「それをしないとどうなりますか?」
「側面の端の方が脹らみ難い生地ができます」
「90度隣側の端の生地はどうなるのですか?」
「最終的に伸ばしたときに、側面側はギリギリまで使いますが、縦側は、端までは使いません」
固く絞った濡れ布巾で包み冬箱に入れた。
「1~2時間後、もしくは明日にもう一度、三つ折りと四つ折りをするとパイ生地が完成です」
「力仕事なのですね・・・」
「あ、これは一番正当な折りパイでして、もっと簡単な速成折りパイと言うのもあります。ただ私は、速成折りパイは苦手なのです。教えるだけでよければ教えます」
「では、今度・・・」
全員お疲れのようである。
「この時間からでよければおやつを持参しましたが、いかがですか?」
「なんですの?」
「今日、お店で売っていた、生クリームの薔薇が入ったゼリーです」
「是非!!」
目がキラキラしたアルストロメリア会のメンバーに、ユリの方が若干引いた。
ココットを出すと更に目がキラキラし、ものすごく喜ばれた。
ローズマリーがサリーにお茶の用意を申し付けていた。
お茶がわくまで質問攻めだった。
「ユリ先生!このゼリー、この薔薇のゼリーは、私たちでも作れますか?」
「お店で、全員にこの薔薇を作る練習をしてもらいました。一番早かった人で15分、一番時間がかかった人で、2日で覚えましたよ」
「リラ先生は、どのくらいでしたの?」
「リラちゃんは、30分くらいで大体花になりました」
「黒猫様もなさいましたの?」
「ユメちゃんは、2時間くらいでしょうか」
「あら?あとお二人いらっしゃいますの?」
「普段ソウの手伝いをしている、リラちゃんのお父さんが、忙しいときはお店を手伝ってくれるんです。結構器用なので、夏のアイスクリームはものすごく助かりました」
2日はホシミ様なのか。ホシミ様が不器用なのか、他の人たちが器用なのか。と、全員が考えていた。
そして、誰もそれ以上聞かなかった。
「あと、今日、突然作ることになった、クロッカンです。パイ生地の余りなどで作るお菓子です」
「こちらは簡単ですの?」
「これは、パイ生地さえあれば、驚くほど簡単です」
お茶が配られ、やっと落ち着いたお茶席になった。
「ユリ先生!このゼリーは、美しい上に、美味しいのですね! 」
「フルーツジュースのゼリーなので、味も良いはずです」
「これは私たちで作れそうですか?」
「薔薇さえ覚えれば」
「教えてくださいますか?」
「はい。かまいません。薔薇の練習セットを持ってきています」
「練習セット?ですの?」
「お店でも、それで練習してもらいました」
ユリのあまりの手回しのよさに、メンバーは少し不安を覚えるのだった。
続きは明日と言うことで解散した。
ユリは残ったゼリーとクロッカンをサリーに、調理場の人たちとみんなで分けてくださいと渡した。
ゼリーを羨ましそうに見ていた新人らしいメイドが、あからさまに喜んで、先輩メイドに叱られていた。
部屋に戻ると、猫足のお風呂に案内され、そばに控えているからいつでも声をかけて欲しいと言われた。
外国映画でしか見たことの無いような豪華な猫足浴槽だった。
んー。使い方がわからない。
正直に告白し、ソウを呼んでもらった。
ソウは笑いながら「ちょっと行ってくる」と家に転移し、お風呂出たら呼んでと部屋へ入っていった。
自宅で風呂に入り、明日着る服を手に持ち、ロングTシャツを着てソウに声をかけた。
「お風呂出ました」
「お!おわった?じゃ行くよ」
即、転移してパープル邸のソウの部屋だった。
部屋にはサリーが迎えに来ていて、そのままガウンを着せられ元の部屋まで案内された。
聞くと、最初から「ユリが無理そうだったら風呂だけ自宅に戻る」と言われていたそうだ。
お手数をお掛け致しました。と、謝りたい気分だった。
「マッサージはどういたしますか?」
「あ」
見ると、マッサージ用と思われる道具を持ったメイドが2人、こちらを期待した眼差しで見ていた。
「お、お願いします」
「はい!!」「はい!!」
診察台のような布張りの台の上に裸でうつ伏せになり、オイルマッサージだった。
本格的なリンパマッサージだと思う。
足先からだんだん上に上がって来るマッサージは、少し強めで、痛気持ち良い感じだった。
しっかり磨かれ、体が軽くなった気がした。
よくお礼を言うと、いつも美味しいお菓子ありがとうございます!と笑顔で返された。
枕が変わったのにも関わらず、ぐっすり眠ることができた。