握飯
「ユリ、戻ってみないか?」
「何処へ?」
「もとの国。あ、帰ると言う意味じゃなく、観光で2~3日な」
観光感覚で戻れるの? 私も?
来る時見たのは、術者が6人がかりで大きな門を出し、しかもとても辛そうだった。
「ソウ以外が戻れるの?大ががりな転移装置が必要なんじゃないの?」
「あーうん。ユリも魔力あるし、大丈夫だと思う。カエンも無事帰れたし」
カエンちゃん・・・そうか、無事帰ったのね。
「そっか。ユメちゃんはどうするの?」
「ユメか。・・・たぶんついてくるんじゃないかな」
ユメちゃんに行く意味があるかしら?
一緒に行きたいけど、無理矢理つれていくのは違うと思うし・・・。
「あ!箸が使える記憶!?」
「ユメが一緒に来たいなら連れていくけど、ユメが来ないなら日帰りで行こうと思う」
「うん。それなら行ってみたい!」
朝ご飯のあと、ソウから里帰りを提案された。
一週間何もせずボケッと過ごしてもしょうがないし、どこかには出掛けるつもりでいた。
それが元の国なら、買いたいものを買ってこようと思う。
ソウが受け取ってくれなかったから、元の国のお金もまだあるのよね。
そうだ!買いたいものをまとめておかなきゃ。
ユリは買い物リストを作ることにした。
机に向かって紙にまとめてみる。
ワンコインショップで買いたいもの。
食品問屋で買いたいもの。
手芸用品で買いたいもの。
足りない食器で揃えたいもの。
思い付くままに書いていった。
買い物リストのあとは、やっておきたいことを考えた。
来るときは思い付かなかったことや、忘れていたこと、思い出して後悔していることなど。
特に、両親のお墓参りのことなど。
両親の命日にお墓参りにすら行けないことをすっかり忘れていた。
昨年7回忌だった。
そうか、今年の命日で丸7年も経つんだ。
ユリが高校3年生の冬、両親は自動車事故に巻き込まれて亡くなった。
親戚付き合いをしない人達だったので、ユリは親族がわからず、葬儀には親類を呼べなかった。そして兄弟のいないユリは天涯孤独となった。当時支えてくれたのは、ソウと、当時の商店街の役員達だった。
ユリは大学進学をやめ、お店を存続させることを選んだ。
支えてくれたその人達も、数年後には後継者不足で一人又一人商店街から居なくなり、ユリが騙されたあの頃には、お世話になった人は誰も残っていなかった。
ソウの育ての親のホシミ夫妻は、商店街が入れ替わる頃に不便を感じて大型店の有る郊外に引っ越したが、ソウは元の家に残り、大学に通いながらもユリのそばに居続けた。
卒業後ソウは就職し、元の家に独り暮らしをして、いつもユリのそばにいた。
そして今に至る。
コンコンコン
「ユリ居るにゃ?」
「はい、どうぞ」
ユメがドアを開けて入ってきた。
「どうしたの?お腹すいた?」
「ユリ、里帰りするにゃ?」
「あら、ソウから聞いたの? ユメちゃんはどうする? 一緒に行ってくれる?」
ユメが驚いたようにこちらを見た。
「一緒に行っても良いにゃ?」
「当たり前じゃない。用事があるなら無理にとは言わないけど、できれば一緒に行きたいと思っているわよ?」
「一緒に行きたいにゃ! 一緒が良いにゃ! ユリ、ありがとにゃ」
ユリは優しげにニコッと笑い、ユメは安心したようにフワッと笑った。
「ソウには言ったの?」
「まだ言ってないにゃ」
「一緒に言いに行きましょう」
「わかったにゃ!」
二人でソウの部屋に行った。
「ソウ、里帰り、3人で行きましょう。それでいつ行く予定?」
「今日は午後ちょっと用事があるから、明日からなら」
ユメを見るとユメが言った。
「いつでも良いにゃ!」
「なら、明日の朝、ご飯食べたら行きましょう。それで大丈夫?」
「良いよ」
「持っていくものとか、注意することはある?」
「財布の中身を入れ換えることと、しっかり休んでおくことくらい」
「ホシミ家や、カエンちゃんのところには行くの?」
「予定はないけど、行きたい?」
「行っても良いならご挨拶はしたいかな」
「わかった。予定しておく」
「お願いします」
ソウの部屋を出てユメとリビングに行った。
「ユメちゃん、何か食べる?」
「おにぎり食べたいにゃ」
「中身のリクエスト有る?」
「何でも良いにゃ!」
「一時間くらいかかっても大丈夫?」
「大丈夫にゃ! 何か手伝うにゃ?」
「なら、ご飯が炊けてからお手伝いお願いします」
「わかったにゃ!」
ユリは米を研ぎ、炊飯器のスイッチを押した。
おにぎりの具になりそうなものを探し、新生姜の佃煮の他、缶詰のツナのマヨネーズ和え、昆布の佃煮、冷凍に有る焼き豚を用意した。
ふと思いだし、外に行くと穂が出て葉が固くなってしまった大葉をたっぷり取ってきた。
よく洗ってから水分を取り、細かく刻み、みりん、砂糖、味噌を加熱して加え、大葉味噌を作り、夕飯用に肉じゃがを作っておいた。
ご飯が炊けたので、ユメに声をかけると、エプロンをして待機していた。
やる気満々のユメを微笑ましく思い、ユメ用に低いテーブルに全てを用意した。
とりあえずひとつ作って見せた。
濡らした手に塩をつけ三角形に握る。
真似して作ってみるが、ユメが納得する形にならないらしく、落ち込んでいた。
ユリはラップフィルムを持ち出して、そこにご飯をのせ、丸みの有る三角形に薄く伸ばした。
中央に逆三角形に具をおき、三つ角を折りたたみ、ラップフィルムのまま握って見せた。
ユメは目を輝かせて同じようにやってみると、ユメが思い描く三角形のおにぎりが手にも着かずに上手に出来上がった。
「上手にできたにゃ!」
「良かったわね。そのままでも良いし、海苔を巻いても良いわよ」
ソウが様子を見に来た。
「何やってるの?」
「作ったにゃ! 三角にゃ!」
「ユメが作ったのか? 凄いなちゃんと三角だ」
「ソウも作る? 私が作っちゃって良い?」
「俺は三角にできないから作ってもらえる?」
「別に、丸でも俵型でも海苔巻きでも良いのよ?」
「尚できない。ユリは誰に習ったの?」
「おにぎり?・・・特に誰にも習ってないわねぇ・・・外で売っているおにぎりが三角だったのを見て、そうしようと思ったからかな?」
「お袋さんじゃないの?」
「母のおにぎりは梅干しのみで真ん丸だったわ。そういえば、高校に入ったばかりの頃、母に三角の作り方を教えた気がする」
「えー!」
できている物が実際あるんだから、自分が頑張ればどうにかなるでしょ。というのがユリの考え方だ。
人に押し付けずに自分でする分には特に迷惑もかけないので、構わないだろうと考えていた。
ただそれを見た人が、自信を喪失したり、嫉妬するということは理解していない。
何でも初手から器用にこなすユリに、マウントを取られた気になる人種も居るのだ。ユリにそんなつもりが微塵もなくても。
基本的に親切で器用なので、先輩に可愛がられ、後輩には慕われるが、同級生や同僚からは敬遠されることがあった。
美男子で人気の高かったソウを追いかけ回す女子たちには、蛇蝎のごとく嫌われ、認識外の相手から一方的な悪意にさらされることも多かった。そんな苦労をしたこともあり、来るものは拒まずだが、去るものも追わない。
他人の人生には責任は持てない。
だからこそ、友達を作らなくなった。
頼れば親切で、いつもニコニコしているけど、いつでも一人で生きていけそう。それが周りからのユリの印象だった。
二人は両思いで有ることは誰が見ても明らかなのに、ユリからアプローチすることはない。それを踏まえて、ソウは万が一にも断られる恐れでアプローチできていない。
一緒に住んでいるにも関わらず。
おにぎりが出来上がり、食べることになった。
ユメはラップフィルムを使った三角形のおにぎりを作ることで手の形を覚え、ラップフィルムを使わなくても何とか三角形のおにぎりが作れるようになった。
ユリ曰く、大きい方が簡単なので、小さいおにぎりが作れるなら大きいのも作れるわ。ということらしい。
大葉味噌のおにぎりを食べたソウが喜んでいた。
「紫蘇の味噌。これ、塗って焼いても旨そうだよな」
「味噌焼おにぎり?」
「うん! 今度作って!」
「良いけど、毎日おにぎり?」
「毎日でも良いにゃ!」
「なら、夕飯は焼きおにぎりとおかずにしましょう」
ユメは、ツナのマヨネーズ和えが一番美味しかったらしい。
焼き豚は二人とも喜んでいた。
この後、ソウは出掛けていき、ユリはユメと二人で明日のお土産として、パウンドケーキと黒猫クッキーを焼いた。
部屋に戻り、二泊分の着替えを用意して鞄に詰め込んだ。
何処かに泊まるだろうから着替え以外は要らないわね。
ユメちゃんはどうするのかしら? 着替えは無いみたいだし、リュックに黒蜜と黒猫クッキーなのかしら?
ユリは今日焼いたクッキーを、緩衝材を敷いた小さな缶に入れユメに渡した。移動で壊れないように考えたのだ。
残りは小分けにしてタッパーに入れユリが持っている。毎日渡せるように。
そろそろ夕飯の支度をしようとリビングに行くと、ユメが待ち構えていた。
せっかく作れるようになったので、おにぎりを作りたいらしい。
「焼おにぎりの予定だけど、全部焼おにぎりで良いのかしら?」
「ツナのも欲しいにゃ!」
「具は作るから、ツナのおにぎりはユメちゃんが作ってくれるかしら?」
「わかったにゃ! 任せるのにゃ!」
炊いたばかりのご飯を三等分にし、一つをユメに渡した。
一つにおかかと醤油を混ぜ、小さな三角に握ってから胡麻油を引いたフライパンで焼き目をつけた。
残りの一つは白いまま握り、軽くフライパンで焼いてから味噌を塗り、オーブントースターで焼いた。
昼間作っておいた肉じゃがを温め、作り損なっていた葛切りを作った。アイスクリームのお客さん自作の日に葛を水につけたまま忘れていたのだ。
予告通りの時間にちょうどソウも帰ってきて、夕飯になった。
「うわ!冷凍焼おにぎりにそっくり!」
焼きおにぎりの見た目なんて、そんなに種類の有るものでもないと思うけど、ソウが喜んでいるから、ま、良いかとユリは思ったのだった。
「電子レンジがあれば、『いつでも食べられる焼おにぎり』なのよ。それで、こっちがリクエストの味噌焼おにぎり。こっちはユメちゃんが作ってくれたツナマヨおにぎり。肉じゃがもあるから好きなものを食べてね」
おかか醤油の焼おにぎりも、大葉味噌の焼おにぎりも、大好評だった。




