説教
ソウはクッキーの詰まった箱を持って転移した。
ここはブルー公爵邸、正面玄関。
騒がしい騎士の声に何事かと様子を見に来た執事が見たのは、自身の周りに結界を張り、騎士が近づけずに騒ぎになっているソウの姿だった。
王宮でソウを見かけたことがある執事は、慌てて騎士を下がらせ、戦々恐々としながらソウを案内した。
一番上等な部屋へ案内し、急いで公爵を呼びに行った。
ブルー公爵は外が騒がしいとは思ったが、まさが原因の一端が自分に有るとは思わず妻のネモフィラとお茶を飲んでいた。
すると慌ててノックすら忘れた執事が駆け込んできたのだ。
「旦那様、大変でございます。ソウ・ホシミ様がいらしています」
「なに!なぜ我がブルー公爵邸へ?」
「恐れ多くて伺っておりません」
「仕方ない。私が行ってこよう」
ブルー公爵が顔を出すと、怒りに燃えたソウがそこにいて腰が引けそうになった。
「こちら、ご注文のネモフィラクッキーです。割れ等の予備として315枚入っています。お確かめください。箱や梱包材はお返し願います。商品代金として18万☆、配送代金として50万☆請求します」
いきなりの商人モードに唖然としたブルー公爵は、一番の疑問を訪ねてみることにした。
「あのー、なぜソウ・ホシミ様が、このクッキーを?」
「公爵、あなたが注文したのでは?」
「はい、妻が気に入ったと言う平民が作ったクッキーを、パープル侯爵に手配させましたが・・・」
「あー、誰が作っているのか知らなかったのか」
「平民なのでは?」
「作り出したのは確かに平民の子供だが、その子供が働いているのはユリの店だ」
「なんと!癒しの店アルストロメリア!」
この後ソウは、忙しすぎてユリが倒れたことや、今回は特別に大目に見るがと前置きし、基本的にユリが一人で回している店であること。
クッキーを作った子供「リラ」は従業員になって、まだ一月すら経っていない見習いであること。
予約は店から募集したもの以外、基本的に受けていないこと。
今回はパープル侯爵家をたてて注文を受けたが、間を通したりせず直接来ないと、材料の調達や調整ができないこと。
今後も店としての配達は一切しないこと。
これらをくどくどと説明した。
どうやら指定日はネモフィラの誕生日だったらしく、公爵からのサプライズだったそうだ。
アルストロメリア会から戻ったネモフィラが、平民の女の子が作ったというクッキーをとても嬉しそうに見せてくれて、これが私の名前の花だと聞かされ、作った平民の女の子を応援したいと言っていたことから、言い値で大量に買えばネモフィラもその平民も喜んで一石二鳥だと考えたらしい。
悪意の無い無茶ぶりは平民が疲弊するので、時間的に、能力的に、相対的に可能かどうかだけは確認するようにしてください。と言って、話し合いと言う名のソウの説教は終了した。
この後、公爵はネモフィラからも渋い顔をされ、もし何かあったら、その平民の女の子の後ろ楯になると約束した。
後日談だが、ブルー公爵は、首脳会議でリラの後見人として名乗り出ることとなり、リラ本人の知らぬまま 公然の事実である、非公式後見人になったのだった。
その場にはソウも居たが、口を挟まなかった。
◇◇◇◇◇
「ただいまー」
「おかえりー。クッキーどうなった?」
「無事納品したよ」
「良かった。ありがとう」
リラも嬉しそうにしていた。
全員の苦労が報われた思いだ。
「何か事情は聞いた?」
「夫人は知らなかったようだよ。公爵のサプライズだったみたい」
「そうなのね」
「無理な注文をしないように言ってきたから」
「どうもありがとう」
「はい、これ18万☆」
「あら、即金なのね」
「もっと渡されたけどね。断ってきたよ」
「うん。ありがとう」
「アイスクリーム作るの手伝う?」
「ありがとう!今日はチョコ6回とバナナ4回よ」
「今日は新しい方が少ないんだね」
「バナナが生物で追加できないからね」
「なるほど」
「バナナは袋かフォークで潰して、色止めにレモン汁をかけてから作ってね。あと、少しラム酒をいれると味が締まるかな」
「了解」
今日はユメもマーレイも居ない。
朝から今までリラと2人だけだった。
もちろんマーレイは仕入れの野菜や肉を持ってきたけど、しばらく無理してもらった分、本来の仕事に影響しないように今日は午後からにしてもらった。
今は11:20だが、ランチもアイスクリームも好評で、特にトラブルもない。
ユリが店にいくと客から呼ばれた。
「ご店主、このかかっているのは何ですか?」
「アイスクリームにかかっているのは黒蜜です。販売もしていますよ」
「販売?どうやって?」
「今持ってきます」
ユリは冷蔵庫から150mlの陶器のとって付き壺型容器=ミニワイン瓶に入った黒蜜を持ってきた。
「これ1つ1000☆ですが、空容器をお持ちになれば次回から500☆で黒蜜をお分けします。でも特別に、今は500☆です」
「それください!!」
「あ、私もください!」
「こっちにもくれ!」
「私も買いたい!」
「どうもありがとうございます」
店内の全員に売れた。
そのまま使っている人もいた。
追い黒蜜? 甘党なのねぇ。
この1回しか売り込んでいないのに、コンスタントに黒蜜は売れ続けた。
13:00までのランチだけで95個売れた。1人で5個買っていく人までいて、そしてかなりの人が、追い黒蜜をしていた。
もしかして、黒蜜足りなくなるかしら?
ユリはランチをさばきながら大鍋に黒糖20kgを入れ、リラに容器220個を洗うように頼んだ。隣にお湯を沸かし、洗った容器を湯通しした。
黒糖に水を加え煮溶かし、灰汁を取って煮詰め、あら熱を取ってから150mlレードルとロートを使って容器に詰める。
即漏れる容器があった。
急いで取り除き、きれいに拭いた。
「リラちゃん、手を怪我したりしてない?」
「はい、大丈夫です!」
「入れてみるまで分からないって言うのも怖いわね」
「熱いものだったら嫌ですね」
「ユリも大丈夫か?」
「大丈夫よ。ソウありがとう」
ソウのアイスクリームは順調にできあがり、13:00過ぎにバナナは作り終わった。
試食分をリラに渡すと喜んで食べていた。
「ユリ様、これ、イチゴよりも美味しいです!!」
リラの中では今までイチゴが一番だったらしく、それを覆す好みの味らしい。
「チョコができたら一緒に食べてみると良いわよ」
「!!!美味しくなるんですか?」
「チョコとバナナは相性が良いのよ」
「楽しみです!」
ランチが終了する頃ユメが起きてきた。
「おはようにゃ、あれ?手はどこにゃ?」
エプロンを着損なったらしく絡まっていたため、リラがエプロンを直し、着せていた。
「黒蜜作ってるにゃ?」
「200個作った黒蜜、もう残り32個しかないのよ」
「みんな黒蜜大好きにゃー!!」
黒蜜大好き筆頭の宣言だった。
「さあ、お昼ご飯食べましょう」
「遅くなりました」
マーレイが来て全員揃ったので、みんなでお昼ご飯を食べた。
マーレイによると、今日、同業者で集まりがあり、そのとき出されたお茶があまりにも苦くて困ったが、ふと思い付いて黒蜜を入れてみたら美味しく飲めて、仲間にも分けたら全部なくなったという事らしい。
「役立って良かったわね。その容器に詰める? 新しいの持っていく?」
「又、くださるのですか?」
「マーレイさんに使い道があるなら差し上げるわよ?」
「どうもありがとうございます。あの、可能であれば、仲間にも分けたいのですが、購入しても良いでしょうか?」
「構わないわ。本来1000☆だけど、今だけ特価500☆で、追加は容器を持ってきた人だけ500☆です。って言って売ってね」
「かしこまりました」
「ユリ、商売上手」
「別に誰1人騙してないわよ?」
「『今だけ』は、 いつまで?」
「1200個 捌けるまでかしら?」
それは実質、最初から最後まで500☆という意味なのでは?と全員が思ったが、確かに、誰かが損するわけでも騙しているわけでもなく、容器のリターンが確実になる良い方法かもしれないと思ったのだった。
こうして、1人1本マイ黒蜜が密かなブームになるのであった。




