弟子
ランチのあと、サリーに案内されてアルストロメリア会の厨房に戻ると、すでにリラと料理長が来ていた。
ユリは荷物の中から親子丼鍋をだし、サリーにまだランチを食べていない人がいるかを聞いた。
「私もこれからです」
「私もまだです」
サリーと料理長は、まだ食べていないらしい。それなら作ったものが無駄にならないわねと、卵と鶏肉と玉ねぎを頼んだ。
生物は持ってこなかったが、タレは合わせて持ってきたのだ。
まな板と包丁を借りて玉ねぎはリラが、鶏肉はユリが切った。
作るなら3人前作って欲しいと言うので、材料は3人前だ。
どんぶりを説明し、似たようなサイズの器にご飯が欲しいと言ったら、ご飯がなかった。
仕方ないので、親子丼の具だけ作ることにした。
きっとパンと食べても美味しいと思う。たぶん。
「次回は用意しておきます」
「私も失念してました。うちは今ほとんどご飯なもので」
どうせならと料理長もひとつやってみることになった。
親子丼鍋を渡すと、クルクル回して確認していた。とっての位置が予想外で面白かったらしい。
親子丼鍋は取っ手が上向きに縦についている。
「まずはタレを鍋にいれて、玉ねぎと鶏肉を煮ます」
料理長も同じようにやってみる。
「煮すぎないタイミングで、軽く溶いた溶き卵の3/4くらいを白身が多めに入るように入れます。少し煮たら火から遠ざけ、残りの卵を加え一呼吸おいてからご飯にのせて出来上がりです」
卵がまだ生のうちに火から遠ざけたら料理長がぎょっとしていた。
親子丼の具を渡されたサリーが早速食べてみる。
「美味しいー!卵がフワッとして鶏肉が柔らかくて、味がとても好きな味です!」
「うわ!これは旨いな、すぐにでも出したいな」
「呼ばれて来ましたが、役得です!!」
3人目の試食をする人は執事だった。
いつも苦労を掛けている気がするので少しでも報われるなら良いことだ。
ちなみに、ユリの作ったものは料理長に渡し、料理長が作ったものは執事が食べ、リラが作ったものはサリーが食べた。
「ランチの揚げ物の残りありますか?」
「はーい!ありまーす!」
影で見ていたらしい。若い料理人だった。
「揚げ物を1.5cm幅に切って先ほどと同じように玉ねぎと煮ます。本当は、もう少し甘味の薄い配合が良いのですが、今日はこれで作ります」
揚げ物を持ってきた若い料理人が覗き込む。
「溶き卵を1つ加え、少し煮てから火から遠ざけます。ご飯があればご飯にのせて出来上がりです」
ワクワクした目で出来上がったものを見ながら若い料理人は尋ねる。
「食べて良いですか?」
「どうぞー」
ユリがすすめると勢いよく食べだす。
料理長が、あ!と言ったような気もしたが、聞こえなかったのか、聞いていなかったのか。
「うわ!これ旨い!柔らかくなって食べやすくなった!」
「ちょっと寄越せ!」
「じゃあそっちくださいよー。うわー!鶏肉旨い!旨すぎる!」
渋々差し出した料理長が、良いぞ。と言う前に、若い料理人は さっさと手を出していた。
反応が分かりやすくていいわぁ。ふふふ。
ユリは大満足だった。
リラも作った物を誉められて嬉しそうだった。
「ロールチキンはどうします?」
「材料は鶏肉だけですか?」
「調味料と鶏もも肉だけです」
「作れるならお願いします」
「リラちゃん、一緒に教えるの手伝ってください」
「はい!」
「一緒にやるにゃー!」
ユメも手伝ってくれるらしい。
ユリは凧糸を出した。
「綿だけでできた料理用の糸です」
「あ、おい、手の空いてるの全員つれてこい。あと人数分の鶏もも肉な」
「はい!行ってきます!」
すぐに戻ってきた。
「あと3人来ます。鶏肉持って、来ます」
「大きめの底が平らなフライパン用意してください」
「はーい!」
仕事は大丈夫なのだろうか?執事もずっと見ている。
「鶏肉持って来ました!」
両手に鶏肉をぶらぶらさせて持ってくるのはどうかと思う。
あ、料理長に怒られてる。
やっぱりよくないわよね。あはは。
「では、皮を下にして広げてください。丸めたときに同じ太さになるように、足りなそうな所に、多い場所から移動させます」
「ここが多いにゃ」
「こっちに乗せた方が良いと思います」
ユメとリラも頑張って指導してくれている。
「塩胡椒をしたら、皮を少し引っ張る感じで丸めます。糸をかけ、形を整えていきます」
「巻き始めと巻き終わりは同じ場所になるので、考えて巻いてください」
「巻けたらフライパンで表面を焼いていきます。均一に焼けるように、少しずつ回して焼いていきます」
「ほどほどに焼き色がついたら出汁と味醂と砂糖と醤油を入れて蓋をして、中まで火を通します。出汁は水でもチキンスープなどでも良いです」
「少ししたら蓋を開け、水分を飛ばし、照りが出るまで回しながら煮詰めます」
「美味しそうな照り色になったら火を止め糸をほどき、巻き目を下向きにして、トングで挟みながら包丁で食べやすい大きさに切り分けてできあがりです」
切ったものを皿に乗せると、皆次々に手を出して持っていく。
「うわ!これ旨!鶏肉ってこんなに旨かったのか!」
「なんだこれ!鶏肉だけだよな!?」
サリーと執事ももらって食べている。
「美味しぃ!鶏肉って美味しいのねぇー!」
「旨味が濃いのですね。素晴らしいです!」
リラとユメももらってたべている。
「やっぱり美味しぃ!」
「美味しいにゃ!」
「同じ鶏だとは思えない!柔らかくて旨味がたっぷりでこれはすごい!」
いつのまにか来た副料理長だった。
丸めることで身を焼きすぎず、肉の水分が逃げないため柔らかくて旨味たっぷりで美味しいのである。
「これお店では出していないので、貴族の人は誰も食べたこと無いかもしれません」
「そうなのか!?」「なんですと!」
料理長と執事が同時に叫んだ。
「よし、明日にでも出そう!」
「リラちゃんはいつ食べたんだい?」
若い料理人が質問した。
「夜ご飯です」
「賄いですよ。私が食べたかったので」
「賄いにこれが出るのか!?」
ユリが答えると料理長が驚いていた。
更にユリが説明する。
「賄いは、ランチと同じだったり、ランチが売り切れると違うものだったり、その時によってです」
「おやつも出るにゃ!」
「アイスクリーム、いっっっぱい食べました!」
ユメとリラも話を盛り上げた。
すると、思い出したようにサリーが料理長に話しかける。
「そうだ!料理長、アイスクリーム作る『アイス箱』買ってください!私でも使えるんですよ!料理長も作りたいですよね!」
「うーん」
ミートミンサーが、予想よりも更に高かったことで料理長は渋っていた。
ネックは値段かしら?と思ったユリが助け船をだす。
「たしか、2万☆くらいで販売するってコニファーさんが言ってましたよ」
「ユリ様、2万☆なのですか!?」
「外装が凝っていないタイプはそのくらいらしいです」
「自分で買います!」
「手に入らなかったら声をかけてください。うちには優先で入りますので」
サリーは自分で買うらしい。
料理長も欲しそうだった。
「あ、お嬢様!」
サリーの声に振り返ると、ラベンダーが立っていた。
後ろにローズとピアニーもいる。
「ユリ先生、次回予定をよろしいでしょうか?」
「はい。何かご希望は有りますか?」
「まだ誰も見たことがないデザートが良いと言った意見と、アイスクリームの説明の際に伺った『ミルフィーユ』と言うお菓子が良いと言う意見がございました。又、ユリ先生が決められるものなら何でも良いと言う意見もございます」
「ミルフィーユは、もう少し涼しくなってからが作りやすいです。では、フルーツパフェ、いえ、フルーツプリンパフェを作りましょう。用意するものは、あとで書いて渡します」
「楽しみにしております。あと、こちら預かって参りました。お確かめください」
ユリにいつもの小袋と、ユメにパウンドケーキを渡された。
「ありがとにゃ!」
「ユリ先生、リラ先生にもお渡ししてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
「リラ先生!こちらお納めください」
名前を呼ばれ小袋を渡されたリラはおろおろしてユリに助けを求めてきた。
「ありがとって、受け取ったら良いのよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
「又、来週お願い致します」
「はい、よろしくお願いします」
ラベンダー達が立ち去るとリラはホッとしたのか座り込んだ。
「リラ、中、見ないのにゃ?」
「あ、そうだ!なんだろう?」
小袋を開けたリラは固まったまま、ギギギと、音がしそうな様子でユリの方を見た。
「大金貨が入ってます。これはきっとユリ様のです」
「それはリラちゃんのよ。あのクッキーを教えたことの価値なのよ」
この後しばらくリラは呆けていた。
1時間くらい緊張しながらクッキーを作って見せただけのつもりだったリラにしてみれば、10万☆は理解できない金額なのだろう。
各人の名前のクッキーを作ってきたことで一気に人気が高まり、実は、更に高額の報奨を出すつもりだったところ、普段のユリに合わせてこの金額になったのである。
10万☆でも呆けているのに、最初の予定金額を渡したりしたら、倒れかねないのである。
ちなみに、最初の金額は、100万☆、主にネモフィラの出資である。さすが元第一王女、現公爵夫人である。
これを期に、非公式ではあるが、ブルー公爵家がリラの後見人になるのであった。