咖喱
15:00になってもすぐには満席にならず、ユリ一人でも特に問題はなかった。
ソウが、アイスクリームを作り、リラとユメとマーレイは基本的にクッキーを作り、アイスクリームができた時だけデッシャーや詰め込みを手伝う。
ユリがクッキーを焼いている時と、アングレーズソースを作っている時だけユメがお店を見て、客からの質問があるとユリを呼びに来る感じだった。
「ご店主!今日のアイスクリーム、ブルーベリーとマロンって書いてあるマロンってなんですか?」
「マロンは、栗、Chestnutです」
「あー、栗なのか!たしかに栗の味だった!」
栗は通じるけど、マロンは通じないのね?
そういえば、リラちゃんの名前もライラックと同じって思われなかったし、カシスとかも通じないのかしら?
今度ソウに聞いてみましょ。
その後もマロンの質問が多かったので、ユリはメニューをマロンから栗に書き直した。
メニューは、口頭で言ってリラちゃんに書いてもらった方がトラブルが少なそうね。
クッキーもアイスクリームも順調に売れて、トラブルもなく、アイスクリームの当日分は、閉店間際に売り切れた。
ただ、予約分が1つだけ、引き取りに来なかった。
面倒だけど、次回ブルーベリーまで保存しましょう。
未回収の予約券は・・・・・・3番、あー、お名前不明さんねぇ。取りに来ないかもしれないわね。
営業終了後に、まだアイスクリームが2回残っていたので、ユリは6回目のアイスクリームの詰め込みを手伝ったあと、カレーを温めに行った。
7回目、ラストのアイスクリームをみんなで詰めて、今日の仕事が全部終わった。
みんなのお陰で、19:00前にアイスクリームの製造を終わらせることができた。
「お約束の、バターチキンカレーです!」
「いつものカレーと全然違うんですね」
「ユリ、ナンは作れないの?」
「タンドリー釜が無いから、ナン擬きしか作れないわね」
「そうなんだ」
「そもそも、インドの人は、あまりナン食べないらしいわよ?」
「え!?」
「あの形も、本場では丸いって何かで読んだわ」
「えぇ!!」
「食べて良いにゃ?」
「はい、どうぞー」
ソウはよほどショックだったのか、しばらく固まっていた。
「美味しいです!いつものカレーよりも食べやすいです」
「これは初めて食べるにゃ!食べたことないにゃ!」
あ、ユメちゃんってインドカレー店には行ったことがないんだ。と、ユリとソウは思ったのだった。
「トマト味が辛いのって美味しいですね」
珍しく、味の感想をマーレイが言っていた。
「俺はもう少し辛くても良いかな」
ソウが言うとユメとリラが反対する。
「これ以上辛いと食べられないにゃ!」
「私も丁度良いです」
「そこが難しいのよね。辛いの苦手な人も居るし、何か辛味調味料でも置きましょうか?」
「タバスコ買ってくる?」
「似たようなので良ければ、作ってみるわ」
「え!タバスコって、作れるの?」
「似たようなものならね。以前作ったことがあるわよ?」
以前作ったと聞いてソウは考えていた。
するとユリが、
「あー、でも、ミルミキサーか、フードプロセッサーが無いと辛いかもしれないわ。すり鉢ですると、被害が大きいのよねぇ・・・」
被害? 何だろう?ソウは思い付かなかった。
「被害って?」
「触った手が腫れる、痛む、水で洗っても取れない。手を舐めるとずっと辛いのよ! 間違って触った場所も腫れる、痛む。目や顔に跳ねたりしたら大惨事。対処法は、使い捨て手袋、メガネやゴーグル、トイレは絶対に先に行っておくこと、肌についた場合は、油で洗うか、アルコールで拭き取るか、食器用洗剤の原液で洗うか。こんな感じよ」
「ユリ、経験者?」
「まあ、そうね」
「じゃあ、ユリ、指導してよ。俺が作ってみるから」
「USB充電タイプのミルミキサーを持ち込まないなんて、ちょっと予想外だわ ふふふ」
機械を持ち込むべきか、言った以上作るべきか、ソウは悩んでいた。
尚、辛味調味料を買ってくる案は、店には出せないので却下である。
「ユリ、材料は?」
「生唐辛子、お酢、塩、ニンニクね」
「あー、すぐ揃うんだ」
「色をきれいに鮮やかにしたいなら種を取るけど、多少白っぽくても辛い方が良いならヘタだけ取ればOKよ」
どうやらソウは作る気のようだ。
「今からやってみるかな」
ソウは外に唐辛子を見に行った。
「マーレイさんとリラちゃんは、よほど見たいのでなければ、帰った方が良いわよ?」
ユリは親切で言ったが、リラは何でも見たいらしい。
「見ていて良いですか?」
「私も見ていても良いですか?」
「構わないけど、覗き込んだりしないようにね。目や喉がやられるわ」
一人で外を見に行ったソウが戻ってきた。
「赤いのと青いのがあるけど、どれ取ってくれば良い?」
「青いのは大きい物を。赤いのは柔らかい物を。どっちでも作れるわ」
「どっちが簡単?」
「青い方かしらね。柔らかいから」
唐辛子の収穫は、みんなで行って沢山とってきた。
どうすんだろコレ、というくらい。
外は暗いので明かりを持っていき、柔らかいつもりで取った赤い唐辛子でも、お店に戻ってきて明るいところで見ると大分乾燥している物もあった。
乾燥気味のものはそのまま乾燥させて違うものに使うことにしましょう。
激辛よりも見た目の色を鮮やかにしたいので、まずは青唐辛子を縦に切ってヘタと種を取り除く。
小さいスプーンをつかって、丁寧に種だけを取り除く。ワタの部分は、旨味と辛味があるらしいのでなるべく残す。
大量に有るのでそのうちスプーンが面倒になって爪で種を落とすと後で酷い目にあう。
種を取り除いたら重さを量る。
唐辛子の半量~同量のお酢、唐辛子50gあたり1カケのニンニク、唐辛子の2~3%の塩。
これらをフードプロセッサー等の機械にかけるか、すり鉢でする。
(すり鉢の場合、お酢はすり終わってから)
液体状になったら清潔な瓶にいれ2週間以上冷蔵する。好みで濾してできあがり。
ユリは少し違うものを作っていた。
青唐辛子を刻んで、すり潰して、30%の塩を混ぜて冷凍。生の柚子を沢山手にいれたら柚子胡椒を作るつもりなのだ。
以前丼物に乗せた柚子は、乾燥柚子である。
何をしているか聞いてきたリラに少し説明すると、マーレイが青柚子を探してみると約束してくれた。
みずみずしい感じの赤い唐辛子を使って、ヘタだけ取り除き荒く刻み、すりおろしたニンニクと一緒にすり鉢ですりつぶし、お酢を合わせ瓶にいれた。
これが一番辛い出来上がりになるだろう。
使えるのは2週間くらい先になる。
器具を洗うことになりリラが素手で片付けようとしたのを見てユリが慌てる。
「あ!リラちゃん!素手で持ったら危ないわ!」
リラの動きが止まる。
「ユリ、どうやって洗うの?」
「まず、ソウは手を油で洗うか、アルコールで拭くか、食器用洗剤の原液で洗うかして、洗う人はゴム手袋をして洗い物をしてください」
ソウは食器用洗剤の原液で手を洗い、ユリに訪ねた。
「ユリ、コレで良い?」
「手を舐めてみて辛くなければ落ちているわよ」
「え?」
ソウは自分の手を舐めてみた。
「んー。あ!まだ辛い!」
爪の間や回りが辛かったらしい。
作るのに参加していないユメやリラも真似して手を舐めてみた。
「辛い!」
「作ってないのに辛いにゃ!水飲むにゃ!」
「ユメちゃん!リラちゃん!水はダメー!」
ユリは、牛乳をコップに入れて持ってきて、ユメとリラに渡し説明する。
「水を飲むと更に辛くなるのよ。油分があるものなら緩和されるわ」
ユメとリラは牛乳を飲み、こわごわと説明を聞いていた。
「さらされていたお肌についているかもしれないから、アルコールを浸した紙で拭いておくと良いわよ?」
ユリが、帰った方が良い。と言っていた意味を、身を持って体験したリラだった。