夏板
約束の水曜日。
開店前に、トロピカルの店主は従業員を二人連れてやってきた。
荷物が多いので運搬要員のようだ。
「いやー、楽しみにしていたんですよ!!」
来店するなりハイテンションのトロピカルの店主は、いかに来店が楽しみだったかしばらく語っていた。
まあ、それでも納品された製品は素晴らしく、期待の何倍も優れたものだった。
ヤカンを置く用に80度で注文した上置き型夏箱は、80度、85度、90度、95度、100度が切り替えられる。
つまりこのままで沸かせるのだ。保温のみではなく、沸かした上で保温ができる。まるで電子ポットのようだ。外見は、厚みこそだいぶあるが、電磁プレートに良く似た感じの物だ。
使用魔力は、50p(80度3時間保温)・50p×2(80度7時間保温)、10p(100度 湯沸かし)
ユリとしてはとても経済的である。
6台に魔力充填してもなんともないユリだからこそ、経済的で便利なのだ。
注文した70度の小型夏箱はダイヤル付きで、5度刻みに20~80度まで使える優れものだった。容量は、ココットを9つ平置きできるサイズである。
これなら、低温チャーシューも、パンの発酵も、温泉卵も色々作れる!
使用魔力は、
100p(24時間50度の時) 100p×3(24時間80度の時、フル充填)動力源スイッチ付き
パープル侯爵邸で教えてもらったものよりだいぶ進化していた。
「思っていた以上の品ですね。優秀なのですね」
「ありがとうございます!!」
「もしかして、100度以上のものも作れるのですか?」
「技術的には可能ですが、使い道がありません」
「可能なんですか!180度、200度とか作れます?」
「できますけど、使い道有るんですか?」
「沢山あります!貴族に売れますよ!」
「え!本当ですか!?」
「上置きの鉄板を温める方式にすれば汚れも落とせるし、上置きの鉄板の種類を作れば万能調理器具ができます!」
「開発にご協力いただけるのですか?」
「作ってくれるなら協力しますよ!」
ユリはホットプレートと、たこ焼き器と、ワッフルメーカーを作ろうとしていた。
「今日は時間がないので、とりあえず、ランチでも召し上がっていってください」
「お!待ってました!」
ついてきた2人も役得とばかりに喜んでいた。
一、二番人気のハンバーグとミニグラタンのランチと、冷茶を出す。
グラタンは、2階のキッチンに有るオーブントースターで焼いてきたのだ。
「これが夢にまで見た癒しの店のランチセット!」
ん?また、癒しの店って言われてるわ。
ユリは訂正こそしなかったが、少し残念に思っていた。
そもそもこの店を「アルストロメリア」と正しく呼んでいるのは、ごく少数である。
「うまい!!」
「噂通りだ!!」
「これで自慢できる!」
なんだか大変なことになってそう。
ユリの知らないところで一人歩きしているらしい評判が、勝手に加速するのである。
「アイスクリーム召し上がります?」
「是非!!!」
今朝、小型アイス箱で2種類作っておいたアイスクリームをだす。
「一番人気のラムレーズンアイスクリームと、二番人気のチョコアイスクリームです。特別に作りました」
「なんと!」
「これは想像以上のうまさだ!!」
「コニファーも、頑張ってるんだな・・・」
食事が終わり、テンションの高いまま話し合いに入った。
「名前なんですが、なんか良いのありますかね?」
「箱じゃないですものね。夏箱の板タイプで夏板とかどうですか?」
「それでいきましょ!夏板!」
あっさり決定してしまった。
「おはようございます!」
リラが出勤してきた。
そうなのだ、この人たちは9時前から来ているのだ。
ユリが朝ごはんのあと、たまたまお店に降りたら、すでにドアの前にいたのだ。
その時間はなんと8時前である。
どんだけ楽しみにしていたのだろう。
「それで、おいくらになりますか?」
「権利を売ってください!」
「夏板のですか? それなら要りませんよ。私が作れる訳じゃないですし」
「えええ!!! 利益を請求しないのですか?」
「しませんよ。だからいくらか教えてください」
「利益分でお釣りが来ますので、お代は要りません。夏板追加購入の場合、3割引という事でよろしいでしょうか?」
「そちらが損しないなら、もうそれで良いです」
ユリは交渉を諦めた。
コニファーの時に悟ったのだ。
ユリは少し、いや大分疲れたが、無事納品された。




