試作
朝、ユリがクッキーの試作をしていると、やはり早めにリラが来た。
「おはよう。早いわねー」
「おはようございます!絵を描きたくて早く来ました!」
「それなら良いわ。9:30に来てね」
「はい」
返事はしたものの、ユリが作っているものが気になり、休憩室に入ろうかどうしようかとリラは悩んでいた。
「作るのを見るのは良いですか?」
「見るのと質問と味見は良いけど、用意や片付けは時間までしないでね」
「はい!」
ユリは緑色のクッキーを作っていた。
抹茶みたいな匂いがするけど、クッキーは抹茶アイスみたいなきれいな緑色ではない。
「ユリ様、何を作っているんですか?」
「抹茶のクッキーなんだけど、上手くいかなくてね。・・・もう少し低温で焼いたら良いのかしら?」
釜が低温に向いていないので難しいらしい。
ユリはぶつぶつ言いながら対策を考えていた。
マーレイが野菜類の仕入れを持ってきた。
受け取り、仕分けする。
「ま、とりあえず。今日の仕事を始めましょうか」
「はい!」
「今日は豚カツを揚げてカツ丼を作ります。なので、11:00になる前に豚カツは揚げてしまいます。バットに溶き卵、小麦粉、深いバットにパン粉を用意してください。私は豚肉を切ります」
「はい!」
リラはてきぱきと用意をする。
ユリが豚ロースを1cmくらいに切っているとリラが声をあげる。
「用意できました!次は何をしますか?」
「昨日と同じように玉ねぎを切ってください」
「はい!」
リラは玉ねぎの薄切りを始める。
ちらっと見ると、大分早く切れるようになっていた。
「急がなくて良いから怪我だけはしないでね。でももし怪我したらすぐに言うのよ?」
「はい!」
リラの玉ねぎと、ユリの豚肉を切り終わるのは同時くらいだった。
「三つ葉を昨日と同じくらいに切ってくれる?」
「はい!」
この洋食系のどこに三つ葉があったのかしらと思いながらユリは作業を進めていた。
和食系の材料が意外に揃う。
ここに来て4か月は過ぎたけど、今までに無かったのは葛粉とゼラチンくらいだわ。
あ、メロンもなかったわね。
ユリは忘れているが、抹茶とイチゴとブルーベリーも持ち込んでいる。果物は無いわけではないが、甘味が違い、甘いイチゴは季節外れである。
ユリは豚ロースに衣をつけながら油の温度を見ていた。
「三つ葉、切り終わりました!」
「衣つけるのやってみる?」
「はい!やってみたいです!」
塩コショウ、小麦粉、卵、パン粉の順につけ、1つずつではなく、いくつかごとに一緒に作業するように説明する。
「手でやると大変なことになるから、フォークか箸を使ってね」
「はい!」
豚ロース52枚に衣がついた。
ユリは先にすでに揚げていたが、リラを呼び揚げ方を説明した。
もう少し慣れたら揚げ物も教えるからね。と言って、やり方を見せるだけにした。
きゅうりの浅漬けを作るために、きゅうり20本を斜めに厚めに切ってもらう。
その間にユリはカツ丼のタレを作った。
ボールに小さいレードルを添える。
きゅうりを漬け込み、米をとぎ、炊く。
米のとぎ方を教え、やらせてみると、リラは少し面白がって米をといでいた。
2つめの釜にセットだけした。
ガス炊飯器は便利だ。さすがに、飯盒炊飯や鍋で炊いたことはない。
昨日の夜煮ておいたカレー用の野菜に火を入れ、4箱分のルーを入れ、カレーを仕上げる。持ち込んだルーもそろそろなくなりそうだ。
「そうだわ!リラちゃん、今日のおすすめ書いてみる?」
「良いんですか!書いてみたいです!」
「絵も入れて良いわよ」
「!?」
「内容は、今日のおすすめって書いて、下に、カツ丼 500☆、その下に(豚肉の揚げ物の卵とじのどんぶり) 、少し離して、カレーライス 500☆、また離して、セット プラス500☆、下に(冷茶、アイスクリーム2種盛り)って書いてね」
「はい!」
◇ーーーーー◇
今日のおすすめ
カツ丼 500☆
(豚肉の揚げ物の卵とじのどんぶり)
カレーライス 500☆
セット プラス500☆
(冷茶、アイスクリーム2種盛り)
(とても上手な絵)
◇ーーーーー◇
「できました!」
一瞬読めなかったが、すぐ読めるようになる。
「上手ねー。絵も素敵だし、私が書くより良いわ!」
ユリは、この一瞬読めないのはなんだろうと考えていた。これで三度目だ。
「準備が終わったけどまだ時間があるから朝描く予定だった絵を描いていて良いわよ。11:00には戻ってきてね」
「良いんですか!?」
「休めるときは休む。これ大事よ」
「はい。ありがとうございます」
リラは休憩室に絵を描きに行ったので、ユリはあとで見せてもらおうと思っていた。
朝の続きの抹茶クッキーを、葉っぱ型にして沢山作った。アイスクリームに添えようと考えたのだ。
葉っぱ型なら緑色がきれいに出なくても葉っぱらしいかな?
200枚ほど作った。
11:00になる少し前にリラが戻ってきたのでユリもクッキーを止め、ランチの用意に戻った。
「これだけ食べると少し苦いかもしれないけど、食べてみる?」
「はい。何かと一緒に食べるものなのですか?」
「アイスクリームに添えようと思ってね」
「イチゴのアイスクリームの横にあったら素敵ですね!」
「そう思って作ってみたんだけどね。いまいち色がきれいに出なくてね」
「ユリ様でも上手くいかないことがあるのですね」
「そんなのいっぱい有るわよー」
リラはクッキーをかじりながら何かを思い付いたのか首をかしげていた。
「以前、ホシミ様が持ってきてアイスにした黒いクッキーに似ていますね」
「クッキー&クリームのアイスクリームのこと?」
「はい」
「この抹茶クッキーで、クッキー&クリームを作ったら美味しいかしら?」
「食べてみたいです!」
「夕方作りましょう!」
客が来たので話を中断し、注文を聞いて回った。
3人聞いた時点で厨房に戻り、ユリはカツ丼を作り始めた。
全ての注文を聞いて来たリラに、カレーライスをよそってもらい、 きゅうりを小皿に出して貰った。
「なんか色が足りないからプチトマトも添えておいて」
「はい!」
どんぶりにご飯をよそってもらおうと思ったら、ユメが起きてきた。
「おはようにゃ」
「おはようユメちゃん」
「あ、ユメちゃん、おはようございます」
「手伝うにゃ?」
「ユメちゃん何か食べる?」
「あとで良いにゃ。アイス出すにゃ?」
「あ、お願いします」
そういえば、ユメちゃんはアイスクリームではなく、アイスと言っているのはどうしてかしら?
答えは、以前ユリが言っていたからだが、ユリはそんなことは覚えていない。
もっとも、ユメの言語録にもアイスという言葉がある。箸が使えるのと同じ理由だ。
「あ、アイスクリームに、この葉っぱ型クッキー添えてくれる?」
「わかったにゃ」
ユメはスプーンとクッキーを添えてくれた。
リラがトレーにのせ どんどん運んでいく。
ユリがどんぶりを取ろうとしたら、ユメがご飯をよそってくれた。ご飯はユメに任せてユリはカツ丼を作る。タレと玉ねぎを煮立てて、カツを切って乗せ、少し煮てから溶き卵で閉じる。ご飯にのせて三つ葉を飾る。
リラの手が空いたときに作り方を教えておいた。
良い感じの流れ作業で一巡目は12人前カツ丼が出た。全員セットだった。
そうしてランチタイムが終わる頃、ソウとマーレイが戻ってきた。
「カツ丼まだある?」
「えーと、4人前有るわね」
「何が足りないの?」
「玉ねぎと、三つ葉ね」
「カツはあるの?三ツ葉は要らないけど・・・」
ソウは三ツ葉があまり好きではない。
親子丼の時も、ユリが柚子に変えていた。
「カツは全部で6枚あるのよ。カツカレーができるわ」
「俺、カツカレーにする!」
「カツ丼にゃ」
「カツ丼が良いです!」
「マーレイさんは?」
「カツ丼にしても良いですか?」
「食べたいのを食べてください、ふふふ」
「リラちゃん、作ってみる?」
「はい!」
「覚えているなら先につくって良いわ、心配なら私が先に作るわよ?」
「作ります!」
ユリはユメの分を作り、リラは自分の分とマーレイの分を作った。
ユメがご飯3つと、残っている漬け物を5つに分けて用意してくれた。
カツカレーを2皿作り、テーブルに持ってきた。リラが冷茶を持ってきた。
最後にユメが全員の分のアイスを持ってきた。
良いチームワークだわ。
ユリは二人の動きに感心していた。
食べ始めると、今日もマーレイは感動しながら食べていた。
娘の作ってくれた食事って嬉しいわよね。
ユリはそう考えていたが、リラの母、つまりマーレイの妻は、料理に向かない人だった為、身内が作ってくれるまともな料理に飢えていたのだった。マーレイのトラウマの甘いスープを作ったのは妻だったのである。
美味しくなるように隠し味に はちみつとジャムを1壺ずつ全部いれたらしい。それは全く隠れていない。
教えてくれた友人は、煮物に、スプーン1杯のジャムかはちみつを加えるとおいしくなると教えただけだ。
それを、美味しくなるなら沢山入れた方がと勝手な解釈をしたあげく、煮物ではなく、カボチャのスープに入れたのだった。
「ユリ・ハナノ様、リラに料理を教えてくださり本当にありがとうございます」
「リラちゃんは、筋が良いです。覚えも早いし、やる気もあるし、なによりセンスが良いです」
「本当に、本当にありがとうございます」
マーレイは心の底から感謝していた。




