結
「これか……!」
掘り進めるうちに現れたのは、長い黒髪。
ここまで来れば、もう警察に通報して、任せてしまっても良かったはず。でもスコップを動かす手が止まらないのは、一種の怖いもの見たさなのだろうか。
理由はともあれ、その直後。
「ははは……。通報なんてしなくて助かった。いい笑い物になるところだったな」
僕の口からは、乾いた笑いが飛び出していた。
黒髪の下に続いていたのは、人間の死体でなく、プラスチック製の人形だったのだ!
「なんだよ、驚かせやがって……。ほら、現実はこんなものさ」
悪態をつきながら、問題の人形を最後まで掘り出す。
アジサイの根本からの出土品は、結局、たいそう可愛らしい人形だった。大きさは三十センチくらいで、赤い着物を着ている。明らかに日本人を模しているのだから、いわゆる日本人形というやつだろうか。
「あーあ。こんなに汚れちゃって……」
自分の汗を拭っていたタオルで、人形の顔を拭いてやる。物言わぬ物体に過ぎないはずなのに、気のせいか、人形が喜んでいるように見えて、なんだか微笑ましい気分になったが……。
気のせいではなかった。
「ありがとう。ようやく見つけてくれたのね」
人形が口を開いて、人間の言葉を発したのだ!
「暗い中に一人にされて、寂しかったわ。さあ、一緒に行きましょう」
ギギギ、と人形の腕が動いた。
その瞬間、見えない何かに心臓をギュッと掴まれたかのように、僕の胸が強烈に痛くなる。
直感的に、これが心臓麻痺の感覚なのだ、と理解できた。
最期の一瞬、僕の頭に浮かんだのは「物にも魂が宿る」という概念。持ち主と長く過ごした人形には、まるで生き物のように魂が生まれるのだろう。持ち主から捨てられれば、人間と同じように悲しみ、恨むのだろう。
そんな考えだった。
でも人形は人形だ。人間とは違う。
玩具屋に並んだ同一製品の人形が、人の目ではどれも同じに見えるように、いくら持ち主への想いが強くても、人形の方では、人間である持ち主を個体識別することは出来ないらしい。
元の持ち主と間違って、僕を死の淵に引き摺り込む人形。まるで他人事のように、その人形のことを哀れに思いながら……。
僕の意識は、無へと霧散するのだった。
(「特別なアジサイの花」完)