第36話
第36話
神楽 「そうですねえ。貴女は『囚人のジレンマ』という言葉を聞いた事がありますか?」
妹 「えーと確か、」
「お互いに協力するのが一番良いのに、結局は裏切り合うって話ですよね」
神楽 「はい。以前、私は『選択』について お話をしましたが、今回はその応用です」
「この場合、『協力』という選択が、」
「『裏切り』よりも高いコストを支払わなければならない点に注意して下さい」
女の人「それで『ナッシュ均衡』で安定するんですね」
神楽 「はい」
妹 「えぇ?でも それって変じゃないですか?」
「それだと、世の中『裏切り』ばっかりになっちゃう」
神楽 「大事なのは此処からです」
「『協力』は大きな代償と引き換えに、大きな『流れ』を生みます」
「それ故、最も効率が悪い」
「これに対して、」
「互いの『裏切り』は対価を必要とせず安定しますが、『流れ』は生み出しません」
「つまり、『ナッシュ均衡』は『選択』ではないのです」
鈴音 「『選択』する事と『流れ』を生む事」
「そして、『無駄』が生じる事とは同列なんですよっ」
妹 「うーん。でも、やっぱり何処か矛盾してますよね?」
鈴音 「ええ。何故ならそれが『自己矛盾』、所謂『ジレンマ』なんですから」
「だから今は、これが『3つの関係』だという事だけ覚えておくと良いわよ」
「・・貴女は、こういうの得意そうですね?」(鈴音は姉の方を見る)
女の人「それって、」
「『0の概念』や『自由の理念』、『自己の意識』なんかがそうですよね?」
鈴音 「ふふふ」「油留木」
油留木「はい。信頼に足る御方だと判断しました」
「私の得意とする能力は、『幻覚』と『感情変化』」
「相手が望むモノ、足りないモノを瞬時に読み取って交渉に持ち込みます」
「でないと『WIN-WIN』なんて実現しませんから」
妹 「ああ、頭痛くなってきた・・」
〈鈴音は妹に顔を近付ける〉
鈴音 「貴女、私との会話で似た話があったの、覚えてる?」
妹 「えっ?」
「もしかして、『三者の関係は常に利がある訳じゃない』って話ですか?」
鈴音 「ええ。貴女も少しは分かるようになったわね」
妹 「うー」
油留木「それでは、私はこの辺で失礼します」
「私は神代のメンバーだから長居は禁物です」
女の人「他のメンバーにバレたりはしないんですか?」
油留木「その時は、神楽にスパイしに行ってたって言うから大丈夫っ」
〈油留木は扉の前まで歩いて行くと〉
「失礼します」
油留木が退室した後、全員がテーブルに着く。
神楽 「今日から『補佑』の『連鎖玉』を製作します」
「皆さんの力が必要になりました」
風雅 「規格を統一する為、見本を持参した」「これがそうだ」
〈風雅が右手を広げると、ソフトボール位の光玉が現れた〉
鈴音 「ではまず、私から確認しますね」
風雅の左隣に居る鈴音が右手を出すと、
光玉は風雅の右手から一瞬で消え、鈴音の掌の上で浮遊し始める。
妹 「鈴音さん、早っ」
鈴音 「貴女も すぐに出来るようになるわよ?」
「・・はい。次は貴女の番ね」
〈左隣の妹が右手を出す〉
〈光玉は高速で移動し、妹の掌まで来るが、一瞬ではない〉
妹 「うぅ・・」
〈光玉は姉・神楽・御影・朱雪の順に回り、最後に風雅が回収:朱雪以外は一瞬〉
神楽 「では、作業場へ案内します」「御影さん、お願いしますね」
御影 「はい」
神楽 「風雅さん、今日は ご苦労様でした」
風雅 「これが私の役目だから」
<地下1階:広さ150平米の部屋:無数の光玉が部屋中を漂っている>
〈扉が開き、神楽と妹が入ってくる〉
都筑 「神楽様、此方の準備は整いました」
神楽 「そうですか。それと、支部の経過はどうですか?」
角星 「全ての支部で予定通りとの報告が入っています」
妹 「ちょっと、私、こんなに沢山は無理ですよぉ・・」
神楽 「ご心配には及びませんよ」
都筑 「私の力があれば、貴女の力を10倍に出来ます」
角星 「目的が『反動の相殺』に限定されるのなら、私の力で更に10倍に増やせる」
妹 「なぁーんだ。それなら何とかなりそうですね」
都筑 「はい。これで万事解決です」
<地下2階:同じく広さ150平米の部屋:何も無い空間>
女の人「・・取り敢えず、『連鎖玉』で埋めましょうか」
御影 「はい」
朱雪 「お二方とも、冗談キツいですぅ」
………次の日(火曜日)………
朝。洗面所から出る姉と、3メートル離れた所にいる制服姿の妹。
妹 「お姉ちゃん、おはよう」
女の人「おはよう」
妹 「今日から『耐性』の訓練をしない?」
「鈴音さんの話を聞いていて思ったの」
「私達は、どんな能力者とも戦えるようにならないといけないって」
女の人「そうだね。神代のメンバーは手強そうだし・・」
妹 「それじゃあ、まずは『蹉跌』から」
姉妹は、お互い人差し指を立てて、野球ボール位の光玉を飛ばし合う。
光玉は ぶつかる事もなく、ゆっくりと互いの胸元にヒット。
そして2秒間の沈黙の後、
妹は続けて光玉を撃とうとするが、指先の玉は壊れて光に変化してしまう。
一方、姉が出した光玉は壊れずに真っ直ぐ妹へ向かい、再び胸元にヒット。
女の人「はい。私の勝ち」
妹 「ええっ、もう一回だよぉ・・」
………ダイニングキッチン:何時もの食事風景………
妹 「ねぇお姉ちゃん、鈴音さんが独りで1000個も作ったってホント?」
女の人「らしいね。私と御影さん二人合わせて500個だったから、鈴音さん相当だよね」
「ちなみに、朱雪さんは10個だったよ」
〈そこへ〉
母親 「鈴音さんは普段、力を隠しているようですね」
「あの時の彼女と同じ力を感じましたから」
妹 「えっ、それって、神代と同じ力を持ってるって事でしょう?」
女の人「そうだね。鈴音さんが味方になってくれて良かったね」
妹 「うーん、このままの関係が続いてくれれば良いんだけど・・」
………3日後(金曜日)午後5時頃:神楽の本部………
広めの個室にパソコンが一台備え付けてあり、鈴音がモニターの前に座っている。
ドアがノックされ、姉と制服姿の妹が中に入ってくると、
鈴音 「あら、もう済んだの?」
妹 「はい。鈴音さんの調子はどうですか?」
鈴音 「今の所、オークションで大きな動きはないみたいね」
女の人「鈴音さんは、オークションではどんな風に振舞うんですか?」
鈴音 「そうね。こんなのはどうかしら?」
〈鈴音は ある履歴を見せる〉
妹 「これはどういう意味を表してるんですか?」
鈴音 「まず、開始価格が1000円。そこにターゲットが入札」
「そこで私が4000円で入札したの」
女の人「それ、相手も同じ額ですよね」
鈴音 「ええ。続けて、私が6000円で入札」
女の人「あれっ、次は相手も6000円ですね」
「その後、相手がもう一度入札して、結局そのまま落札してる」
「鈴音さん まるで相手の行動が読めるみたい・・」
鈴音 「入札者の中には特定のパターンを持っている人も居るから、」
「頃合を見て、仕掛ける時もあるんですよ」
「例え額は低くても、相手に不審を抱かせる事」
「人間って、一度そういう状態に陥ると、中々抜け出せないモノですよね?」
妹 「鈴音さん、ちょっと怖い・・」
鈴音 「これは能力者と戦う時にも有効ね」
〈鈴音が姉の方に顔を向ける〉
「貴女、」
「相手に揺さ振りを掛ける技も覚えておいたほうが宜しいんじゃありません?」
女の人「ふふっ、そうですね」
………次の日(土曜日)午前9時過ぎ:神楽の本部………
神楽 「皆さんのお蔭で無事に『連鎖玉』を用意する事が出来ました」
「いよいよこれからが本番です」
妹 「私と御影さん・・」「お姉ちゃんと朱雪さん・・」
女の人「鈴音さんと風雅さんは先に行ってるんですよね」
御影 「はい」
朱雪 「風雅様は安心ですけどぉ、鈴音様は少し怖いですぅ」




