番外編:結付(10)
更新に間が空いてしまい、本当にごめんなさい。
「それは、当然と言えば当然のことなのです。黒の丸薬は…」
「ちょっと待って。当然の…こと?」
サイラス殿からの予想もしていなかった言葉に、僕は話を遮るようにして思わず問い返してしまった。
サイラス殿は口を「は」の形にしたまま、動きを止めている。
当然のこととは、どういう意味なのだろう。
サイラス殿は黒の丸薬について何を知っているというのか。
そもそも黒の丸薬には謎が多い。
もちろん各国で調査は進められているが、誰が、どこで、どのように作った物なのかも未だに分かっていないのだ。
辛うじて分かっていることと言えば、摂取すると「どうやら“魔力の置き換え“が起こるようだ」ということだけである。
現象が分かっているのみで、仕組みも解明されていない。
“魔力の置き換え“は魔法を学んだことがある者ならば、一度は聞いたことがあるであろう闇属性の魔法だ。
古典魔法と呼んでも差し支えないそれは、数ある闇属性の魔法の中でも禁忌とされているものの一つであるので、現代では使用された例がほとんどなかった。
その為、黒の丸薬が出回り初めた頃は、何が起きているのかさえも分からなかったのだという。
禁忌とされている理由は「危険だから」という、大変シンプルなものだ。
文字通り魔力を“別のもの“と置き換える作用があるのだが…。
その置き換える“もの“が問題なのである。
“魔力の置き換え“が、魔力と置き換えるもの。
それは生命力である。
使用した者はこの魔法を無効化するまで、自らの命を対価として望む魔法を使うこととなる。
魔力と生命力とを置き換えることが、どれほど危険で恐ろしいことか…。
それはわざわざ言うまでもなく、容易に想像できることだろう。
魔法の歴史書によると、この魔法は大昔の戦乱の中で生み出されたのだという。
確かにそういった極限状況でもなければ、「魔力の代わりに生命力を使う」などという考えは浮かばないように思う。
魔法の使いすぎによって保有する魔力が底をついた時は、待てばいいのだけなのだ。
必ず回復するのだから。
また、元から魔力を持たない者が魔法を使えるようになるために…などと言うことも、平時では考えられない。
代償が大きすぎる。
回復を待つ余裕も時間もない、なり振りなど構っていられない、戦時であるからこその“最終手段“だったのだろう。
そんな危険な魔法が「黒の丸薬を摂取する」という行動をしただけなのに、本人の意思と関係ないところで勝手に使用状態となるなんて。
作成した者は、とんでもない物をこの世に生み出したと思う。
さらに恐ろしいことに。
黒の丸薬によって実行された“魔力の置き換え“は、無効化することが事実上不可能なのである。
魔法というものは本来、魔力を持った者が呪文を唱えたり、心の中で念じたりすることによって実行される。
だが黒の丸薬には、それがないのだ。
魔力も持っておらず、唱えたり念じたりもしてないのに“魔力の置き換え“が強制的に実行されている状態なのだ。
そんな、魔力も本人の意思も介在せずに実行状態となった魔法を無効化する方法など、無いに等しい。
唯一無効化できる可能性があるのは、黒の丸薬を作成した者だけではないだろうか。
それすらも、できるか定かではないが。
黒の丸薬を作成した者は、どうしてこのような恐ろしい物を作り出したのだろう。
目的は何なのだろう。
世の中を混乱させるため…?
サイラス殿は、僕からの問いかけにしばらく動けなくなっていたが、ゆっくりと頭を下げて、そのままの状態で言葉を発した。
「私としたことがまた…。申し訳ない。語弊がありましたね。言い直しをさせてください。
これから私がお話する推測が正しければ『当然のこと』と言える、と表現すべきでした…」
「謝らなくて大丈夫。それよりもどのような推測なのか、それを聞かせて」
僕が声を掛けると、サイラス殿は下げていた頭をゆっくりとあげた。
目が合ったので、「謝らないで」の意味を込めて僕は口角を意識的に少しだけ上げて、首を小さく横に振った。
サイラス殿は目を伏せて短く息を吐いた。
それから大きく息を吸って頷くと、再び話を始めた。
「『黒の丸薬はゼロから作り出されたものではなく、モデルが存在する』と私とジョアンは考えております。そのモデルこそが、このスノーボールなのです。
モデルなのですから、似ていて当然ですよね。だから先ほど私は『当然のこと』と言いました。
なぜそう考えたのかについては、順を追ってお話していきます。
まずは黒の丸薬とスノーボールの比較から、始めさせてください。
効果の面では似ていると言ったこの2つですが。
ある決定的な違いがあるのです。
それこそ天と地ほどの違いがある。
黒の丸薬は、使用することにより、体や心を蝕まれてしまう、という重大な副作用があることはご存知ですね?
黒の丸薬は“魔力の置き換え“ですからね。決して、夢の薬などではない。
一方、スノーボールはどうかというと。
こちらには副作用が一切存在しません。
ただ魔法が使えるようになるだけ。
摂取から一定期間が経過すると、効果は雪のようにスーッと静かに消えていきます。それで終わり。
依存性もありませんので、何度摂取しても全く問題ありません。
さて。ここで1つ、2人に問題です。
スノーボールの存在が世間に知れ渡ったとしたら。
一体どうなると思いますか?」
サイラス殿からの突然の問いかけに驚いたが、僕とリックの声は重なった。
「「大変なことになる…」」
摂取しただけで、誰もが自由に魔法を使える。
しかも何の危険性もない。
そんな夢のような物があっていいのか。
黒の丸薬が出回った時以上の騒ぎになることが目に見える。
世界は「我が我が」と、求める人で溢れ返ることだろう。
小さな取り合いが起き、それがやがて大きな争いとなっていく、というところまで想像できた。
僕は思わず隣にいるリックの方を見た。
するとリックもこちらを見ていた。
視線がぶつかる。
お互いに言葉は交わさなかったけれど、表情から同じ様なことを考えていることが分かり頷き合った。
サイラス殿の話は続いた。
「その通りです。実際、この秘術がセグレルダン滅亡の引き金となりました。
滅亡の理由は謎とされていますが、実は我々の民は理由を知っているのです。
“秘術中の秘術“として親からスノーボールを継承する際、合わせて滅亡に纏わる話も聞かされますから。
同じことを繰り返すことのないようにと」
何とかこの話で完結させようとしたのですが、長くなってしまい…。
読む方も大変だろうと思い、分けることにしました。
読んでくださっている方、ありがとうございます。




