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番外編:結付(9)

更新に間が空いてしまってごめんなさい。

いつもより長めです。

先ほどの話…。

僕は迷うことなく頷いて「聞かせてください」と答えた。

本来なら、立場上「聞かせてもらおう」と言うところだろう。

けれど、今この時に“大切な人の父君”に向かって、そんな風には言いたくなかったのだ。


リリアのことを大切に思う者同士、共にありたいと思ったから。


僕の通常とは異なる言葉遣いに気付き、マーベル公爵はハッと目を見開いた。

そして、緊張した面持ちでテーブルの上に落としていた視線を上げて僕の顔を見た。

目と目が合う。

だから僕はもう一度言った。さらに一言添えて。

「聞かせてください。サイラス殿」


僕はリックやリリアと交流を始めてから、自然にマーベル公爵のことをサイラス殿と呼ぶようになっていった。

それは大切な2人が愛情を込めて「お父様」と呼ぶのを見ていて、その人を家名で呼ぶことになんとも言えない居心地の悪さを感じるようになったからだった。

他人行儀で冷たく、なんだか自分だけが遠いところにいるような気持ちになったのだ。

実際、僕はこの家の子どもではないわけだから、家族としての一体感の中に入ることはできない。

けれど、せめて近いところにはいたいと思った。

歳を重ね、これからは公の場で会う機会が増える、というタイミングで呼び方と言葉遣いを変えたけれど、本当の意味でサイラス殿と呼べる日を心待ちにしている。


「そんな風にフィリオ様から呼ばれるのは、いつ以来のことだろうか。公務に就く前、幼き頃のことを思い出しますね」

サイラス殿は目を細めながら言った。

張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。


ここまでにサイラス殿から聞いた話は非常に衝撃の大きいものだったが、今から聞く話は更にそれらを上回るのかもしれない。

けれど、例えそうだったとしても、それがどんな話だったとしても、僕の心は…。


サイラス殿は咳払いを一つして、静かに頷いてから話し始めた。

「時が満ちたら。リリアが魔力を制御できるようになったら、私は全てをお話しするつもりでおりました。隠したままにはしておけないことですから。そして、フィリオ様がこの事情を知っても尚、リリアを娶ってくださるのか。そのことを問わなければいけないと考えていたんです」


話の腰を折ることのないよう僕は静かに相槌を打つに留めて、サイラス殿の話の続きを待つ。


心の中では…。

問われるまでもない。

リリアにどんな事情があったとしても、僕は必ずリリアを選ぶよ。

選ばないという選択肢は僕の中に存在しないんだ。

そう叫んで。


サイラス殿は突然すっと右手を上げて、僕とリックの方に手の平を向けた。


「フィリオ様、私の右手をよく見ていてください。リックにも初めて見せるね。よく見ているように」


僕達の顔を交互に見ながら話すサイラス殿の表情はひどく真剣で、話が続くものと思っていた僕達2人は驚いたけれど何も問うことはできなかった。

ただただ頷くことしかできない。


何の説明もなしに、サイラス殿はこれから何をしようとしているのだろうか。

全く分からないまま、僕達は固唾を呑んで見守った。


僕達2人の視線を集めたサイラス殿は無言で手をひらひらと動かして、こちらに表裏を見せるような動作を繰り返している。

この動作は「何も持っていないし、隠してもいませんよ」ということを僕達に見せているのだろうなと思う。

まるで手品を披露するかのような動きだ。

そんな訳はないのだが…。


何度かその動作を繰り返してから、サイラス殿は右手を自分の目の高さまで持ち上げた。

そして、唐突にグッと強く握るとゆっくり目を閉じ、何やら聞き慣れない言葉を詠唱し始めたのだった。


何かが、始まったのだ。

背筋を正して注意深く見つめる。

しかし、これといった動きはそれ以上起きなかった。

しばらくは何の変化もないまま、時が流れていく。


サイラス殿は優秀な宰相である。

そんな彼が色々と考えを巡らせた結果、事前説明をせず、そのままを僕達に見てもらった方がいいと判断したことなのだろう。

だから、こちらから敢えて問いかけることはしない。

静かに様子を見守り続けた。


サイラス殿が詠唱を始めてから、どれくらい経っただろうか。

それまで何の変化もないように見えていた彼の右手に、細やかな変化が現れた。

淡い光が集まり始めたのだ。

よく見ようと思い身を乗り出すと、同じタイミングでリックも前のめりになった。


サイラス殿の周り、何もなかった空間に、どこからともなく小さな光の粒が現れ、それがふわりふわりと漂いながら右手に吸収されていく。

それは僕が生まれて初めて見る光景だった。


光の粒が増えていくことに比例して、香りにも変化が起きた。

いつものサイラス殿の魔法から感じられる香りに、花の香りが混ざるようになり、徐々に花の香りの方が強くなっていく。


心地良い香りに煌く光の粒たち。

僕は花畑にでもいるような、そんな気持ちになった。

とてもとても美しい光景だった。


これは魔法だ。

ということだけは分かる。

けれど、それしか分からないのだから何も分かっていないのと同じだ。

似た魔法も思い付かない。

そのため、どういった種類のものなのか見当もつかない。


こうやって考えている間にも、目の前で謎の魔法がじわりじわりと展開されていった。


サイラス殿の魔法のレベルは高いと思う。

魔術師団に入るほどではないと本人は言うが、そもそも魔法に優れる秘術を使う民であるから、難易度の高いものもすんなりと使える印象だ。

そのような人物でも、ここまで時間が掛かる代物だ。

扱うのによほど苦労する魔法なのだろう。

一体どれほどの、どのような作用をもたらすものなのだろうか。

そんなことを考えた時、ふと気付いた。


魔法を見せるという話もなくサイラス殿が始めたため、今の僕もリックも、ただただ無防備に見ている状態だ。

これは少々まずいことかもしれない。

ここまで扱いが難しいものならば、暴発の可能性だってあるのだから。

もしこの魔法が、当たるとダメージを受けるような性質を持つものならばとんでもない事態になるだろう。

サイラス殿からの殺気は特に感じられないし、こちらに攻撃を仕掛ける理由もない。

さすがにそういったものなら一言説明もあるはずとは思う。

けれど未知のものに対する警戒心は、どんな時でも怠ってはいけないとも思う。

僕は念の為、周囲に最低限の防御を施しておくことにした。

そのタイミングでリックが僕の肩に触れたので、彼も僕と同じように考えていたことが分かった。


時間の経過と共にサイラス殿の額には、うっすらと汗が滲んできている。

どうやら、この魔法は魔力だけでなく体力も使うようだ。


それから程なくして、詠唱が終わった。

全体の時間は時計を見ていたわけではないから正確ではないが、体感として10分弱といったところだろうか。

現れた光の粒は全てサイラス殿の手の中に吸収され、もう漂ってはいない。

部屋の中にも特別変化したところは感じられない。

サイラス殿は、一体何をしたというのだろうか。

何も言わずに次の展開を待っていると、サイラス殿は僕達からよく見えるよう手を伸ばして、ゆっくりと握っていた右手を開いていった。


手を握る前には、確かに何もなかった。

何度も確認している。

だから、今も何もないはずなのに…。

サイラス殿の開いた手の中には、白く小さな丸い玉があったのだ。

微かに花の香りがする。


「サイラス殿、それは…?」

「父上、それは…?」

僕とリックは、同時に声を発した。


サイラス殿は手の平で白い玉を転がすようにしながら答えた。


「我々の民は『スノーボール』と呼んでいます。秘術の一つになります。たしか同じ名の菓子があったかと。少し見た目も似ていますし食べることができますので、隠語の意味もあって我々はそう呼んでいるのです」


“食べられる“ “魔法“?

耳馴染みのない言葉の並びだ。


サイラス殿の話は続く。

「これを食べることによって得られる効果は…。魔法を使えるようになることです。本人の魔力の有無に関わらず。もちろん永久にという訳ではないのですがね」


「「えっ」」

僕とリックは驚きのあまり声をあげてしまった。

それもそのはず。その特徴は…。


「フィリオ様とリックの言わんとすることは分かっております。そうです。あの悪名高い『黒の丸薬』と同じではないか、ということですよね?」


僕は大きく頷いた。隣にいるリックも何度も何度も頷いている様子だ。

読んでくださって、ありがとうございます。

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