番外編:結付(8)
更新までに時間がかかってしまい、ごめんなさい。
リリアは今、誰と一緒にいるのか…。
あの昼休みに起きたことから、全てがひと続きになっているのだとしたら…?
ある可能性を思い背筋が寒くなる。
「父上、発言することをお許しください」
僕の隣に座り、ここまで静かに話を聞いていたリックが口を開いた。
「構わないよ。リック」
マーベル公爵は頷きながら答えて、身振りで話すように促した。
僕は話を聞きやすいように、少しだけリックの方へと体を向けた。
「ありがとうございます…。まず、ジョアンおじ様が魔導師のディオンと同一人物であったことに驚いております。そして更に、その生存を父上が認識していたということにも驚いております。当時ほどの規模ではありませんが、現在でも捜索が続いている事案ですから。どうしてこのような、皆を騙すようなことになったのか?一体何が起きているのか、聞かせていただきたいと思っています」
リックは一息にここまで話すと、一旦言葉を切って深呼吸をした。
僕はリックの言葉により、ジョアン侯爵に纏わることが彼にとっても初めて聞く内容だったのだと知った。
マーベル公爵は、話の初めに「“フィリオ様“にお伝えしなければならない」と言った。
だから実の息子で後継者でもあるリックは、当然知らされているものだと思っていたのだった。
気持ちを落ち着けるためであろう深呼吸を数度繰り返し、リックが再び話し始める。
「ですが。今、最優先に考えて話し合わなければならないことはリリアの行方のことではないのですか?先ほどまでの話から、リリアは何者かに狙われる可能性があるのですよね。ジョアンおじ様が、大事件を起こして姿を隠さなければならないほど危険な相手から。そして今、リリアは謎の人物と行動を共にしている可能性が高い。一刻も早くリリアの無事を確認する必要があるのではないですか?父上がお話しになっていることは、その後ではいけないのですか?僕はリリアのことが心配で…」
リックの声は不安な心情を表すように、段々と小さなものとなっていった。
僕も全く同じ気持ちだった。リックが言い出していなければ、僕が言っていた。
ジョアン侯爵の件は重要な話であり、リリアにも関わること。それは必ず知りたい。
けれど今はまず、一刻も早くリリアの無事を確認したかった。そのためとなる行動に移りたかった。
僕が視線を向けると、マーベル公爵は右手を額に当て苦悶の表情を浮かべていた。
「父上」
「マーベル公爵」
僕とリックが呼び掛ける声は、ほとんど同時だった。
声に反応したマーベル公爵は瞼をゆっくりと上げ眼を開いて、僕達の顔を交互に見た。
「ああ、また私は…。どうしてこう…。本当に申し訳ない。与えられた任務は熟ていると思うのですがね。リリアのことになると、どうしてなのか、こう口下手になってしまうというか…」
マーベル公爵はボソボソと話した後、出し抜けにガバリと頭を下げた。
「フィリオ様、リック。不安にさせてしまって本当に申し訳ない。今のリリアに命の危険は迫っていないと思います。2人にはまず、この結論を伝えてから話を進めるべきでした。根拠としては、先ほどから話しているジョアンです。彼はリリアを脅威から遠ざけるために行動しているのです。今回のことがもし、その脅威が迫ってきての結果であれば、ジョアンからこちらに必ず連絡があるはずですから」
「リリアに命の危険はない」という言葉に少しの安堵を覚えた僕とリックは、頭を下げるマーベル侯爵を前にして顔を見合わせた。
声には出さないけれど、お互いの表情には「やれやれ」という感情が出ている。
あの“鬼“とまで形容される宰相が、リリアのこととなると形無しである。
マーベル公爵の話は続く。
「謎の人物が誰かまでは分かっていませんが…。私はおそらく、ジョアンの、と言いますかディオンの部下の誰かなのではないかと考えています。
であれば、その人物は魔術師団に所属していますからリリアが隣街へ行こうとしていることを何らかの方法で察知することができ、1人で行かせるのは危険なため同行してくれているのではないかと。
私もまさかリリアが王都を出ていこうとまで考えるとは全く思っていませんでしたから、大変驚いております。
あの子はまだそれほど遠くの街まで行ったことがないですから。
ただ行先がメルブルエならば、そこが目的地ということもないように思います。リリアはあの街に土地勘はありませんから、留まる理由もないでしょうし。
メルブルエは中継地点であると考えます。あの街は交通の要衝ですから。
であれば、その先にどこへ向かおうとしているのかという話になりますが、私にはそれがどこか分かるような気がします。
あの子は恐らく、ノルモンタニューに行こうとしているのだと思います。
我が公爵家を出る決意をしたあの子は、生まれ育った王都からも出て行かなければならないと考えたのでしょう。
父親の故郷を離れなければならないと考えた時、母親ライラの故郷であるノルモンタニューを思い浮かべても不思議ではありません。
どちらにせよ、リリアがメルブルエに着いた時間には陸であれ海であれ、全ての交通手段の運行時刻は過ぎています。だから今夜はメルブルエに滞在するしかありません。
出発は馬車か船の運行が始まってからということになります。
今すぐにでもメルブルエへ駆け付けたいという気持ちは痛いほど分かります。
生命の危険はなくとも、リリアが酷く自分を責めているのは手紙から読み取れましたから。すぐにでも『それは誤解だ』と教えてあげたい。
けれど、あの街へ夜間に向かうには道がよくないこともあり、それなりの準備が必要となります。
今のように秘密裏に捜索を進めるのは難しくなります。
私達が今取れる最善策は、馬車と船の運行開始時刻までにメルブルエへ行くこと。
そうすれば、乗車場か港に現れるリリアを見つけ出せると考えます。
だいぶ急ぐことにはなりましょうが、夜明けと共にこちらを出れば間に合うはずです」
リックに指摘されたことにより、“らしさ“を取り戻したマーベル公爵の述べた仮説は納得できるものだった。
「マーベル公爵の考えはよく分かった。その内容も納得できる。ありがとう。ではリック、夜明けと共にメルブルエに向かうこととしよう。僕達の速さならば間に合わせられるだろう」
「そうだな。必ず間に合わせよう」
2人で視線を合わせて、意思を確認し合った。
僕とリックは乗馬の技術向上のため、普段からよく2人で遠乗りに出掛けていた。
馬同士の相性も良いことが分かっているし、お互いの癖なども把握している。
こういった失敗が許されない緊急の場面でも実力を問題なく発揮できるはずだ。
夜明けと共に発つとなると、王宮へ帰っている時間はない。
今夜は当たり障りのない理由を付けて、マーベル公爵邸に滞在させてもらう必要がある。
幼い頃から付き合いがあることにより、何度も滞在した経験があってよかった。
そんなことを考えていると、マーベル公爵から声が掛かった。
「フィリオ様、そのことなのですが…。先ほどの話の続きを聞いていただけますか。あの子の抱えている事情を知っても、それでもリリアを迎えに行ってくださるのか」
説明をお任せしたら、公爵の台詞がとても長くなってしまいました。
校長先生の話って長いよね。でも大切な話だから聞いておかないとね、というような気持ちで優しく見守っていただければ…と思っています。




