番外編:結付(5)
更新の間が空いてしまってごめんなさい。
この方が分かりやすいかなと思い、視点がリリアから変わっています。
そろそろ完結させようと思って試していたのですが、ちょっと分量的に入りきりませんでした。
コンコンコン
「どうぞ」
ガチャリ
ノックの音に返事をしてから僕はソファから立ち上がって、扉がゆっくりと開いていくのを眺めていた。
開いた先にいるのはもちろん予想通り。
僕が待っていた人だった。
ここ“王宮内“では初めて見る姿をしている。
「シ…いや、今は先生とお呼びした方がいいのか…。お待ちしていました」
僕が声をかけると、その人物は声を出すことなく口角を少しだけ上げて悪戯っぽく笑いながら部屋へと入ってきた。
パタリと音がして扉が閉まり、部屋に2人きりとなる。
茶目っ気のある表情ですね、と思うけれど…。
“爽やか“で通っているルシウス先生がこんな笑い方をしているところを僕は見たことがない。
だから、その笑い方は「ああ、本当にルシウス先生と同一人物なんだな」と僕に実感させた。
僕にこんな笑い方をしてくるのは……。
僕のそんな考えを感じ取ったのか。
彼は変身の魔法を解いて、本来の姿へと戻った。
ルシウス先生との見た目の違いは、髪の色と長さ、それに瞳の色だ。
どれも繊細に魔力を操れなければできないことだ。
今のように瞬時に変えられることも含めて、さすがの一言に尽きる。
変身の魔法というものは、実は顔の造形や体型を変えてしまうような派手な変身の方が圧倒的に楽なのだ。
乱暴な言い方をすれば、自分がイメージした姿になるよう一気に魔力を送り込めばできることだから。
ただ保つのにも大量の魔力を消費するため、長時間の変身にはあまり向いていない。
「僕が来るって、よく分かったね」
「おかえり。それからお疲れさま。よく分かったねって?分かるよ。とりあえず、座って話そうか」
「フィリオから“おかえり“なんて言われると、何か変な感じがする」
「遠征から帰ってきた時は毎回言ってるよ」
「まあ、そうなんだけどさ。もっとこう、畏った感じで言うよね」
「それはそうだよ。公の場なんだから」
「たしかにそうでしたね。私も公の場ではこのように砕けた言葉で話しかけたりはしていませんし」
いつもの調子で言葉を交わしながら、僕とシリウスはソファに向かい合わせに座った。
「シリウス。メルブルエで黒髪の姿を見るまで、全然分からなかったよ」
言いながら僕は両手を上げて、参りましたの意思表示をした。
それを見てシリウスは、顎に手を当てながら嬉しそうに笑っている。
「それはねえ。親しい人から見抜かれないくらいにしないと、別人として学校に潜り込んでいる意味がないからね」
我が国には王立の魔術師団があり、シリウスもそこに所属している。
魔術師団の仕事は王立騎士団のそれと同様、国を守ることを主としていて、入団するには厳しい選抜試験を突破しなければならない。
精鋭揃いだが、その中でも特に優れた者は魔導師と呼ばれている。
魔導師たちは数人しかおらず、通常とは異なる極秘任務に就くこともあるようだ。
今回のことは極秘任務の一環なのだろう。
ルシウス先生は学校を卒業したばかりの20代前半ということになっていたけれど、実際のシリウスは僕の2歳上だ。
辺境伯の息子でノルモンタニューから王都に出てきているため、普段は王宮の敷地内にある魔術師団の宿舎で暮らしている。
幼い頃から魔法の才に恵まれており、学校を飛び級で卒業すると歴代最年少で入団し、あっという間に階級を上げていって今に至っている。
この話を聞いた時、僕は「歳もそれほど変わらないのに、すごい人がいるのだな」と思った。
それで、どんな人物なのかと興味を持って、宿舎まで会いに行ったのだった。
自分も魔力が強く、小さい頃から様々な魔法を習得してきていたが、彼のそれは僕の想像を超えていた。
「すごい、すごい」と興奮気味に伝える僕に、彼は「殿下もすぐにできるようになりますよ」と言って、丁寧に教えてくれた。
シリウスは任務のない時は王宮内にいるため、すぐに会いに行くことができる。
僕は時間を見つけては会いに行き、魔法を教わったり、他愛無い話をしたりしていた。
僕達は出会ってからすぐに、そんな風にして仲良くなっていった。
「いや、本当に見事だ。変身の魔法に加えて、潜入のための技術も素晴らしいよ」
僕の言葉にシリウスは満足そうに頷いている。
ルシウス先生の時の髪は茶色で長め。瞳の色も茶色。
見る人に柔らかい印象を与える。
一方、シリウスの髪は青みがかった黒で、ルシウスの時より長さが短い。
瞳の色は青っぽいグレーなので、見る人に全体的にシャープな印象を与える。
ここまで印象が異なると、普通の人なら見抜けないだろう。
ただ彼をよく知っている僕なら、この見た目だけの変化だけなら見抜けてもいいはず。
実際、メルブルエであれ?と勘付くことができたし。
ではなぜ、学校では見抜くことができなかったのか。
それは表情や細かい仕草まで気を配り、シリウスっぽさを一切出さなかったこと。
それに加えて、魔力の香りまでも変えていたからだ。
別人として長期間を過ごせる形でのこの変身は“天才魔導師“の呼び名に相応しい、完璧なものだと思った。
「ありがとう。初めて会った時くらいに、たくさん褒めてくれるね。でも、僕はフィリオ“殿下“に言いたいことがあるよ。マーベル公爵家のこと、教えてくれてもよかったのに」
シリウスは笑顔は崩さなかったけれど、少し不満そうな声で言った。
彼がわざと“殿下“と言っていることからも、抗議したいという気持ちが伝わってくる。
「シリウスと同じく“秘術を使う民“の血を引いているということを、だよね」
シリウスは僕の目を真っ直ぐに見て、ゆっくりと頷いた。
「リックをメルブルエまで転移魔法で迎えに行った後、マーベル公爵と話をしてきた。それで、フィリオが僕に言えなかった事情も分かったけどね」
“秘術を使う民“達は、別に隠された存在ではない。
それほど多くはいないけれど、国内にちらほらと存在しているし、いくつかの街には纏まった人数がいる。
それらの街はおそらく、セグレルダンが滅びた時に生き残った者たちが行き着いたところなのだろう。
ノルモンタニューもそんな街のうちの一つだ。
僕はマーベル公爵家のサイラス殿とリックとリリアが“秘術を使う民“の血を引いているのを知っていた。
そしてもちろん、シリウスがそうだということも知っていた。
だから普通であったら、僕が互いにそれを教えていただろうと思う。
でもそうはしなかった。
それはマーベル公爵家が“秘術を使う民“であることを隠していたから。
公爵とリックは自分で魔力の種類を分からないように魔法をかけていたし、まだ自分でコントロールできないリリアには公爵が魔法をかけていた。
“秘術を使う民“は一般的に魔法に優れていることが知られており、公爵家という立場な上にそのような希少な血まで引いていれば、他から妬まれるようなこともあるだろう。
だから隠しているのだ。
僕は昨日、リリアをメルブルエまで迎えに行く前に公爵から聞かされるまで、隠している理由は“それだけ“だと思っていた。
番外編もあと少しです。
ここまで読んでくださっている方、本当にありがとうございます。




