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番外編:結付(4)

何か、私が考えているより、もっと大きなことがあるのかもしれない…。

自分で知りたいと思って切り出したことなのに、どうしようもなく不安になってしまった。

手先が冷たくなっていくのを感じて、見ると小さく震えているのが分かる。

怖い。知ることが、とても怖い。


その様子を見てか、お兄様は「大丈夫だよ」と言いながら私の震える手を優しく握ってくれた。

温かさに少しホッとして、自分の手元に落としていた視線を上げると、そこには私を安心させるように微笑むお兄様の顔があった。


「リリア、行こう」


落ち着きを取り戻した私は頷いて、お兄様と一緒に自分の部屋を出た。


怖がっているだけでは駄目だもの。


廊下に出た時、私達に頭を下げているミナが見えた。

態度には出ていないけれど、さきほど鋭い声がかけられたことを気にしているかもしれない。

私のせいで巻き込んでしまったごめんね、と心の中で謝る。

あとできちんと、私からも「気にしなくて大丈夫よ」と伝えなければ。

昨日からミナにも心配ばかりさせてしまっていると思った。


お父様の執務室へと向かう途中も、お兄様は私の手を離さなかった。

小さな頃のように、お兄様と屋敷の廊下を手を繋いで歩く。

何も言葉は交わさなかったけれど、手から伝わってくる温もりが「大丈夫だよ」と言ってくれているようだった。



「お兄様、手を…」

お父様の執務室の前に着いたので、私はお兄様に声を掛けた。

なぜならば、お兄様は左手に本を持ち、右手は私と繋いでいる状態だったから。

両手が塞がっているので、このままでは扉をノックできない。

でも、お兄様は「このままでいいよ」と言って手を離さなかった。

そして、本を持った手で器用に執務室の扉をノックして、お父様の「どうぞ」という返事の後に、これまた器用に扉を開けたのだった。


普段執務室に入ると、お父様はたいてい執務机のところにいらっしゃる。

けれど今日は、いつもの場所には座っておらず、その手前にある応接用のソファの方に座っていた。

お父様はチラリとこちらを向いて扉のところに立つ私達を見て頷くと、すぐに視線を元から向けていたであろう書棚の方に戻した。


お父様の座るソファと向い合わせにソファが置いてあり、その間にはローテーブルがある。

ローテーブルの上には花の刺繍の本が置いてあった。

お父様が私とお兄様をお部屋に呼んだ理由も、おそらく私が知りたいと願っている“秘術を使う民“に関することなのだろう。

お兄様の手に微かに力が入ったことが、繋いだ部分から伝わってきた。


「失礼します」

挨拶と共に軽く礼をして、お兄様と私は部屋の中へと入った。

私がお兄様に続いて後から入ったので、そのまま扉を閉める。

当たり前のことをしただけなのに、お兄様は、小さな声で「ありがとう」と言ってくれた。


お父様が座るソファの方へ一歩二歩と進んでから、お兄様が切り出した。


「父上、申し訳ありません。先にお話しさせていただきたいことがあります。父上も先ほど会ったルシウス先生が…。あの方は学校で僕たちに魔法学を教えてくれている先生なのですが、リリアにこの本を」


そう言って、お兄様はすぐさまローテーブルの上に持ってきた花の刺繍の本を置いた。

お父様の本の横に、ルシウス先生の本が並ぶ。

ルシウス先生からもらった本の方が新しいから、紺色がより鮮やかだ。


お父様の視線がゆったりと本へ向けられる。

私達はお父様の言葉を待った。


一呼吸置いてから、お父様はこちらを向いた。

微笑みながらまず私を見て、それからお兄様の顔を見る。


「うん、分かっている。そのことも含めて話をしようと思って2人を呼んだんだよ。リックにはだいぶ心配をさせてしまっているようだね…。いつもありがとう。だけど彼は大丈夫だ。ルシウス先生は“シリウス“だったよ」

お父様の表情も声もとても穏やかなものだ。


それを聞いた私達は、同時に同じ言葉を発してしまった。


「「え?」」


ただ、同じ反応でもそこに込められた意味合いは異なっている。

私は疑問の、お兄様は驚きの、反応だった。


ルシウス先生はシリウスだったよ。

シリウス…?とは。何かの団体の名前だったかな。

たしか、どこかで聞いたことがあるような…。


「シリウスって…。あのシリウス様でしょうか?天才魔導師と呼ばれている…」


お兄様の言葉で、私も「あっ」と気付く。

そうだ。“シリウス“は何かの団体名ではない、人の名前だ。


「そうだよ。“その“シリウスだ。だから、リックの感じている心配については問題ないだろう?とりあえず2人とも、まずは座りなさい。話は長くなるからね」


「そうでしたか。通りで…。いや、でも…」


お兄様は、納得できた部分とそうでない部分が混在しているようで、思案顔をしている。


「うん、リックが感じている違和感は想像できるよ。その辺りも話すから、とりあえず座りなさい」

もう一度促されて、私達はお父様の向かい側のソファに腰を下ろした。

その間もお兄様はずっと手を握ってくれている。


「何から話そうかな。まずは…」

お父様はゆっくりとした口調で、私達に語り始めた。


かつてこの大陸には、セグレルダンという国が存在した。

争いを好まない平和な国だったという。


他国間で戦が起きた場合も、中立の姿勢を崩さなかった。

それほど大きくはない国なのだが、巻き込まれることなく、どうして中立であれたのか。


それは、セグレルダンが優れた魔法国家であったからだった。


だがある時、セグレルダンは滅びることとなった。それも一夜にして。


国が滅びたことから、その時のことを詳しく記した文献は残っていない。

優れた魔法国家であったのに、どうして滅びてしまったのか…。

それから国の正確な位置さえも、現代では分からなくなってしまっている。

一体、どこにあったのか…。


全てが謎に包まれている。


秘術を使う民は、このセグレルダン人の末裔だ。

読んでくださっている方、ありがとうございます。

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