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よく晴れた朝

目を瞑ると、耳の感覚が研ぎ澄まされる。

私以外に誰もいない部屋からは何の音も聞こえない。

ただただ静寂があるだけ。

だから余計に。

一生懸命語りかけてきてくる私の心の声が、頭の中に大きく響いていた。


本当に、このまま遠くへ行ってしまっていいの?


◇◇

早めに寝るようにしないと…。

そう思ってベッドに入ったのに。

何度も寝返りを打っているうちに、気付けば窓の外から朝の気配がしてきていた。

私はあまり眠ることができないまま、朝を迎えてしまったのだった。


壁に掛けられた時計を見ると、起きようと予定していた時間より少しばかり早かった。

けれどもう、起きて身支度を整えることにした。

のそのそとベッドから出て寝具の乱れを直す。

それからカーテンを開けた。

朝の日差しに包まれた街は、これから始まる今日という日の活気を期待しているかのようにギラリと光っていた。

空を見上げてみると、当然だけれど光が眩しく感じられた。

今日はよく晴れそうだなと思った。


持ってきた荷物は、着替えを出すくらいでほとんど解いていないこともあって家でやってから再度となる荷造りにも、それほど時間は掛からなかった。

着替えとして、昨日とは異なる雰囲気の洋服を選ぶようにはした。

男装した私のことをルシウス先生みたいに気付いた人はいないと思う。

おまけにそれで、私の家族に連絡したような人はいないと思う。

けれど、念のため。

服装で見つけ出される可能性を限りなくゼロに近づけようと思った。

改めて、洋服を持てる分だけ持ってきておいてよかったなと思う。

その分、バリエーションが広がるから。


お兄様から貰い受けた時には、こんな風に使うことになるなんて思っていなかったなあ。

改めてお兄様の成長期に感謝しないと。

サイズが合わなくなっていなかったら、お古になって私の手元に来ることがなかっただろうから。


ガチャリ

集合時間よりも少し前に部屋の扉を開けてみると、既に廊下にはルシウス先生が立っていた。


「お・は・よ・う」

ルシウス先生は満面の笑みを浮かべて、声を出さずに挨拶をしてくれた。

私も同じように声を出さずに挨拶をする。

まだ他の部屋のお客さんたちが寝静まっている時間だから配慮してのことだろう。


ルシウス先生と私は並んで、廊下を出口へと向かって進んだ。

歩きながら、ルシウス先生が話しかけてくる。

「よ・く・ね・む・れ・た?」

声が出ていなくても一文字一文字を区切って言ってくれるので、唇の形を見ていれば分かった。

この問いに関しては、私は首を横に振って答えた。

すると、

「く・ま・が・あ・る。め・の・し・た」

ルシウス先生は、自分の目の下に手を触れるジェスチャーをしながら言った。


寝不足でそんなにひどい顔になってる?

私が焦った様子を見せると、ルシウス先生は笑いながら言った。

「う・そ」


宿屋さんの出入口にある、受付カウンターの前まで行くと誰もいなかった。

早い時間なのだから無理もない。

だけど、宿泊代の支払いはしなければいけないだろう。

カウンターにはベルが置いてあるので、鳴らして呼ぶのかなと見ていると、ルシウス先生は「朝の出発が早いからと、昨日のうちに払ったおいたんだ」と小声で答えてくれた。


「外に出る前にちょっと待って」

そう言ってから、ルシウス先生は私の後ろで一つに束ねた髪に触れた。

髪を通じてサワサワとした感触が伝わってくる。

先生は何をしているんだろう?

不思議に思っていると、少しの時間の後に声を掛けられた。

「これでいいかな。そこの鏡を見てごらん。髪をおろしても大丈夫だよ」

言われたので、出入口近くの壁に設置されている鏡を見てみた。

すると、昨日自分で切ったのでガタガタになっていた毛先がきれいに整えられていた。

ルシウス先生が魔法を使って整えてくれたのだ。

結ばないと目立つので一つに束ねていたけれど、これならたしかにおろしても大丈夫。

髪をおろしたほうが、顔を隠すことにも使えるので実は都合が良い。


「ありがとうございます。こんな魔法もあるんですね」

「うん、僕も使ったのは初めてだけどね」

ルシウス先生はさらりと爆弾発言をした。

不慣れで変な髪型にされなくて、本当に良かったと胸を撫で下ろす。


「さて。準備もできたし、出発だね」

そうして、私たちは宿屋さんの外へと出た。


ルシウス先生の話によると、船着場は馬車の乗車場とは真反対の方向にあるらしい。

どちらもこの宿屋さんからは、10分ほど歩いたところにあるそうだ。

程よい距離にあると言える。

ルシウス先生は料理のおいしい宿屋だからと言って、ここに連れてきてくれたけれど。

もしかしたら私がどちらの交通手段を選んでもいいように、中間地点にあるこの場所にしてくれたのかもしれない。


船着場に着くと、乗る予定でいる船は既に乗客たちが乗り込み始めていた。

朝一番の便なので、乗る人はあまりいないよう。

今すぐ行かないと、満員で乗れなくなるようなこともなさそうだ。

そのため私たちはまだ乗り込まないことにした。

ルシウス先生との賭けは、乗船締め切り時間の10分前までをタイムリミットとした。

それまでの数分は待機スペースで過ごす。


入る時に室内を見回してみたけれど、まばらに人がいるだけだった。

それもそのはず、この時間にこの船着場に来ている人はもう船に乗り込んでいるのだろうから。

空いているベンチに、ルシウス先生と並んで腰を下ろした。

もう一度注意深く室内にいる人を見てみる。

人数が少ない分、よく見ることができたけれど、知った顔はいなかった。

私を探してくれているとしても、やはりここまではまだ手は伸びてきていないのだと思う。

ふいにがっかりの溜息をつきそうになったのを、私はどうにか堪えた。

そして、横で本を読んでいるルシウス先生に話しかけた。

外なので、“先生”とは呼び掛けないし、名前も呼ばない。

「賭けは私の勝ちですね」

ルシウス先生は本を閉じて、こちらをゆっくりと見た。

「それはどうかな?」

柔らかな笑みを浮かべてそう言う先生に、私は聞き返そうと思った。

けれど、それよりも前に私は後方から呼び掛けられたのだった。

他の誰も呼ばない名前で。

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