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温かな夕餉(2)

「お茶、ありがとうございます」

「もっと飲む?」

ルシウス先生はニコッと笑って、ティーポットを持ち上げた。

私は首を横に振る。

「まだあるから言ってね」

ルシウス先生はティーポットをテーブルに静かに置いた。


「うーん、なるほど。そんなことがあったんだね」

私は頷いた。

ルシウス先生は腕を組みながら、ぽそりと言った。

「リリアさんが図書館から教室に戻る時、僕が一緒にいてあげられてたらなあ…」


私はここでハッと思い出した。

そうだ、ルシウス先生に聞きたいこととお願いすることがあるんだ。


「あの、先生。お聞きしたいことがあるんです。先生は私が何時頃から図書館にいたかご存知ないですか?もしかして、入ってきたところを見ていたりしませんか?」

ルシウス先生がどうか見ていてくれていますように。祈るような気持ちで、先生の返答を待った。


先生は少し首を傾げた。

「うん?見ていたよ。昼休みの図書館はあまり人が来なくてカウンターは暇だからね。自分の生徒が来たら、ついつい見てしまうんだよね。リリアさんは12時10分過ぎに来た。午前中の授業が終わって、すぐに教室を出てきたんだね。図書館に来てからは窓際の席に座って、お昼を食べ始めたでしょ。サンドイッチだったよね…って。言ってて思ったんだけど…。ここまで見てると、ちょっと僕、気持ち悪くない?」


ルシウス先生の言葉を聞いて、私は思わず泣き出してしまった。

それを見て、ルシウス先生は謝りながら立ち上がった。

「ごめん、ごめんね。決してずっと見つめていたわけじゃないからね。あ、入ってきてから座るくらいまでは見てたけどね。でも、お昼を食べてる辺りとかはカウンターに他の生徒が来たりもしてたし…。たまたま見ただけなんだよ、たまたま…」

私は首を横に振った。

「ふふっ」

「えっ?リリアさん?」

私は立っているルシウス先生を見上げて、目をしっかりと見て言った。


「いいえ、いいえ。違うんです…。謝らないでください、先生。この涙は嬉し涙ですから。先生が見てくれていたことが嬉しくて泣いてしまったんです。今は少し笑ってしまいましたけど、なんだか感情があっちこっちにいってしまって…心配させてしまいましたよね。先生は悪いことをしてないのに、言い訳をたくさん考えさせてしまったりもして…本当にごめんなさい。ローレンヌ様の事件が起きた12時15半頃に私が図書館にいたのを見ていてくれて、ありがとうございます。それで先生、お願いがあります。リックお兄様に聞かれたら、今の話をしてもらえますか?」


ルシウス先生は安堵のため息をついて、椅子にドンっと腰を下ろした。

「ああ、よかったー。ほんと、よかったよ。僕の行動を気持ち悪いな怖いなと思って泣いちゃったのかと思ったー」


私は笑顔で首を横に振る。

「いいえ、先生。先生のこと、まさか気持ち悪いだなんて思うわけないじゃないですか。学校の先生で人気No.1なんですよ?何やっても、だいたいかっこいいんですから。転んだりしても多分かっこいいですよ?それに気持ち悪い視線を向けられてたら、いくら私でも気が付きます。先生は私のこと、一度もそんな目で見たことないじゃないですか」


「そんなにたくさん褒めてくれてありがとう。これはリリアさんのお願い、たくさん聞かなきゃだね。別に褒めてもらってなくてもリックくんに聞かれたらこの話はさせてもらうけどね。アリバイの証明ってことかな?」


「はい、私の不名誉は公爵家の不名誉になりますから。私が公爵家の人間じゃなくなればそれで解決というわけじゃないなと思ってて。家を出るだけじゃなくて、やはり晴らしておきたいんです」


「うん?無実が証明されるんだから、リリアさんは家を出る必要ないでしょ?」


私は俯いた。

「いいえ。無実だと分かってもらえても、やっぱり私は家を出ます。出ますというか、もう帰りません。このまま、私は私の存在を消そうと思います…」

最後の方は消えてしまいそうなほど、小さな声になってしまった。

すると、ルシウス先生は立ち上がって、私の側に回り込んで隣の椅子に座り直した。

そして、肩にそっと手を置いた。


「どうしてそんなに悲しいことを考えているの?何かできることもあるかもしれないから、もしよかったら理由を僕に聞かせてくれないかな」

ルシウス先生はそう言うと、ぽんぽんと優しく肩を叩いた。


私は俯いたまま、話を続けた。

着ているお兄様の古着のズボンの腿の辺りをギュッと握る。


「私、フィリオ様のことをお慕いしてるんです。それはもう小さい頃からずっと。誰よりも幸せになってほしいと願っています。でも、フィリオ様の隣に誰かが並んで立っているところを見たら、どうしたって悲しい気持ちになってしまうと思うんです。幸せを願っているのに、悲しいと思うなんて…。私、そんな気持ちを持ちたくないんです。だから、フィリオ様の姿を直接お見かけする機会もないほどの遠くの地へ行ってしまいたいんです。風の噂でフィリオ様の幸せな様子やご活躍が伝わるくらいの遠くの地へ。そこで私はフィリオ様が知ってくれているリリアを辞めて、名も無き一国民として、フィリオ様の幸せを願い続けようと思っています」


「ねえ。リリアさんは婚約者だよね。どうして自分ではない誰かが、フィリオ王子と結婚すると思っているの?今回の件で婚約破棄されると思っているの?でもそれならリリアさんはやっていないんだから、僕も証人になるし、ちゃんと晴らせるでしょ。だから、そんな、リリアさんが思っているようなことにはならないんじゃないのかな」


ルシウス先生の声はどこまでも優しい。

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