心馳せ
「おかあさま、また、ごほんをよんでいるの?」
「あら、リリア。目が覚めちゃったのね。お膝の上にいらっしゃい」
「うん」
おかあさまは、わたしがおひるねをすると、ごほんをよむ。
いろんなごほんをよんでいるけれど、あおいろのおはなのごほんが、いちばんおおい。
「リリアも一緒に読む?」
「うん」
わたしはおかあさまのおひざのうえにすわって、いっしょにごほんをよむのがだいすき。
でもね。いっつもとちゅうまで。
おかあさまのやさしいおこえをきいてるうちに、ねむたくなっちゃうの。
「おかあさま、おはなのごほんがすきなのね」
「うふふ、そうよ。この本が大好きなの。お父様もそうなのよ。そのおかげで私たち出会えたようなものだもの」
「であえた?」
「そう、出会えた。お父様がこの本を読んで、お母様の住む街にお越しになったの。そうでなかったら、私たちは出会えなかったかもしれないわ」
「ふうん」
「とっても素敵なところよ。いつかリリアも連れて行ってあげるわね」
「うん。いく」
「だからね。そういう意味でもこの本は特別なの。特別に大切」
「リリアもおはなのごほんだいすき。たいせつよ」
「うふふ、そうね。じゃあ今日も読みましょうね。『魔法はどこからやって来たのか。それを知ることは難しい…』」
夢を見ていた。
遠い遠い昔の夢。
ゆっくりと目を開けると、見覚えのない天井があった。
自分の部屋の天井とは違う。
じゃあ、ここはどこなの…?
どうしてこんなところで寝ているんだっけ?
ぼーっと考えていると、声を掛けられた。
「あ、起きたかな。大丈夫?リリアさん」
この声は…。
私は急いで起き上がった。
「ああ、そんな。急に起き上がらない方がいいよ。大丈夫?クラクラしない?気を失ってたんだから、無理してはだめだよ」
声の主は優しく言いながら、私がいるベッドの側までやってくると、隣のベッドに腰を掛けた。
そして、心配そうに顔を覗き込んできている。
私は違和感を感じながらも、まずは現状把握を優先することにした。
「先生…?ここは、どこなんですか?」
「ここ?宿屋さんだよ。リリアさんが倒れてしまったから、横になれる場所をと思ってここに。他の馬車だって来るだろうし、乗車場の道端で寝かせるわけにいかないからね」
「宿屋さん…」
「そう、メルブルエの宿屋さん。急に倒れた時は驚いたよ。でも、僕が倒れてしまうほどにリリアさんを驚かせてしまったんだよね。ごめんね」
ルシウス先生は申し訳なさそうに言った。
それに対して、私は首を横に振る。
先生だって私が倒れることは予測できなかったと思うし、謝ってもらうなんて。
私の方こそ申し訳ないと思った。
「いえ、こちらこそです。倒れたりしてすいません。ご迷惑をおかけしました。私をここまで運んでくださって、ありがとうございます」
私がこの場所にいる理由は分かったので、次に目覚めてから気になっていた違和感について尋ねることにした。
「それで。あの…先生。髪が…」
ルシウス先生の髪色は茶色のはず。
それなのに、目の前にいる先生は私と同じ青みがかった黒髪をしているのだった。
「あ、これ。これはね。魔法で髪色を変えたんだよ。リリアさんは意識がなかったから、僕が背負って連れてきたんだけどね。その時に怪しまれないよう『弟は疲れて眠っちゃったんですよ』と言ったんだ。茶色のままでもよかったんだけど、パッと見た時に髪色が一緒の方が信じてもらいやすいかなと思ってね。それにしても、リリアさんが男の子に変装してくれてて助かったよ。意識のない女の子を連れてってなると、話は変わってくるよね。あ、でも実際は女の子なわけだから…同じことなのか?大丈夫、本当に変なつもりはないから安心してほしい」
そう言ってルシウス先生は少し焦った様子を見せた。
私はそんな心配はしていなかったので「そうか、そういうこともあるのね」と心の中で思った。
「とはいえ、相手が私だからね。そんなことあるはずないでしょ」とすぐに思い直す。
「大丈夫です。先生が私のことを思ってしてくれたことだって、ちゃんと分かりますから。安心してますよ。髪の色はそういうことだったんですね。見慣れないので、なんだか別人みたい」
私がそう言うと、ルシウス先生はホッとした表情を見せた。
「よかった…」
私はニコッと笑ってみせる。
ルシウス先生も笑った。
「髪色が違うだけでも、そんなに違うもの?」
ルシウス先生はサラサラの黒髪をかき上げて、わしゃわしゃさせながら言った。
「違いますね。いつものほわっとした印象から考えると、なんだかシャープな印象というか…」
「え…。やっぱり怖く見えてる?似合ってないかな」
「いえいえ、そういうことじゃなくて。優しげな印象は、髪色が茶色でも黒でも受けますよ。どちらも似合ってます。なんていうか凛としてるというか、冴え渡るというか、そんな感じで…」
茶色よりも黒い方がカッコよさに拍車がかかってます、という言葉は飲み込んだ。
今カッコいいと言われても、反応に困るだろうし。
「よかった。実は本当の髪の色はこっちの黒の方なんだ。それが似合ってないとかだと悲しいからね。いつもは魔法で茶色に変えてて…」
「え、なんで?」
ポロリと言ってしまい、すぐに口元を押さえた。
驚いて先生に対してずいぶん、くだけた話し方をしてしまった。
それを見て、先生は首を横に振ってから言った。
「別にため口でも大丈夫だよ。ここは学校内じゃないから。なんでかと言うとね。学校の教師用のローブの色が黒でしょう?それでこの黒髪だと暗い印象になるんだよ。魔法学の授業は難しいこともたくさん勉強するし、生徒たちに少しでもマイナスイメージを持って欲しくないなと思っていて…。それで茶色に変えてるんだ。明るい印象の先生から教えてもらってると、難しい内容も頑張れそうじゃない?」
まさかそんな理由だとは。
おしゃれのため?とか、などと考えてしまった私が恥ずかしい。
「そういうこともあるかもしれないですね」と答えた。
でもルシウス先生が黒髪のままだったとしても、私たち生徒は魔法学に対してマイナスイメージは持たなかったと思う。
ルシウス先生を暗くて怖い人だなんて思わないはず。優しい気遣いに溢れた人なんだから。
「だいぶ元気が出てきたかな。ところでリリアさん、お腹空いていない?」
ぐー。
そう問われたらタイミングよく、私のお腹がなった。恥ずかしくなる。
顔が熱くなり、俯きながら答えた。
「ハイ…。空いているみたいです…」
お昼休みから本当に色んなことが起きていて、自分でも1日の出来事とは思えなくらい。
だから、お腹の空き具合なんて気にしてる余裕がなかったのだ。
なんで今ここで鳴ったの?と思ってしまうけど、聞かれたことによって急に空腹スイッチが入ったのだろうと思う。
「じゃあ、お願いして部屋にご飯を運んでもらおう。実はこの宿屋はメルブルエでも評判の宿なんだけどね。料理がおいしいことで有名なんだよ。元々、この宿の姉妹店のレストランにリリアさんを連れていってあげようと思ってたんだ」
「ありがとうございます」
「いやいや。僕もお腹空いてるし、それは全然。それでさ、食べながら話そうか。リリアさんがどうして家を出てきたのか、教えてほしい」
ルシウス先生には、こんなにご迷惑をかけてしまっている。
もう話すしかないだろうと思った。




