ある昼休み(2)
物語の進みがゆっくりめですいません。
もう少しでヒーローが登場します。
私があれこれ考えているうちに、ローレンヌ様は一歩、私の方へ足を進めてきた。
こんな状況に置かれているけれど、面と向かって対峙すると、改めてきれいな人だなと思ってしまった。
同じ学園に通っているとは言っても、学年が違うとなかなか接する機会がないものなので、ここまで近くで見たのは初めてかもしれなかった。
学年が違っていても魔力持ちの学生同士であれば、会う機会はあっただろう。
年齢に関係なく受講する魔法学の授業があるので。
しかしローレンヌ様は魔力持ちではないため、そこでも接する機会はなかったのだ。
明るめの茶色い長い髪は縦ロールに巻かれており、少し吊り目なのでキツめではあるが、間違いなく美人。
お嬢様然としたその姿は男子生徒たちの心をくすぐるようで、学園内に熱狂的な親衛隊が存在するほどである。
対する私と言えば、地味の一言に尽きる。
今日は黒く長い髪を二つに分けて三つ編みをしていた。
朝、「授業を受ける時に邪魔になるから、髪を結んで出かけたい」と私が主張したので、侍女のミナが上の方を編み込みにした三つ編みにしてくれたのだった。
間違いなく彼女の力作だと思うけれど、この黒髪のためにパッと見で分からないのが残念なところだ。
家族は優しい両親とお兄さまと私の4人。
お父様は公爵であり宰相を務めてもいる。王国にとって重要な人物である。
お母様は娘時代には社交界の華ともてはやされた美人。
お父様もライバルが多くて大変だったよ、とよく言っている。
同じ学園に通う1つ上のお兄様は若干17歳でありながら、将来を有望視されている逸材である。
剣術と魔法に優れていて、学業も優秀なため、武官となっても文官となっても、王国にとって欠かせない人物となるだろうと囁かれているのだった。
そして私。社交界の華には…。学業はお兄様の妹として恥じない程度にはね。少しだけ魔法が使える。以上。
素敵な家族がいると、どうしても自分の普通さを痛感させられてしまうのだった。
親衛隊を持つほどの美人と、華麗な家族を持つだけの地味人。
対照的な2人がこのような人通りの多い場所で何やら穏やかでない話をしているのだから、通りがかった生徒たちが注目してしまうのも無理のないことだろう。
私のさきほどの「何をしてしまったか」という問いかけに対して、ローレンヌ様は呆れたような顔をしていた。
そうして、しばらく沈黙した後。
腕組みをしながら話し始めた。
「本当にあなたはいやらしい人ね、リリア。私が階段から落ちるように突き飛ばしておいて、そんなことが言えるのだもの。シラを切ろうとしても無駄よ。こちらには全て分かっていることなのだから」
「え?…」
言われて私は心の底から驚いてしまい、それ以上言葉が出なかった。
ローレンヌ様を階段で突き飛ばした?私が?
学園に入学してから今日これまでに、ほとんど接点もなかった人なのに?
一体、何のため?シラを切ろうとしても無駄?
そんなことをした覚えはもちろん全くないし、しようと考えたことだってない。
それなのに、あまりの言われようにただ呆然としてしまう。
私は陰険なことは好まない。心は清廉でありたいと思っている。
それに、何より大好きな家族に迷惑をかけるようなことはしたくない。私のせいで迷惑をかけるなんて、絶対に絶対に嫌だ。
だから、そんなことするはずがないのだ。
「申し訳ありません、ローレンヌ様。私はそのようなこと、していません。それはいつ、どちらの階段での出来事なのでしょうか」
まずはやっていないことをはっきりと伝えた。
あとは事実確認をしていこうと思う。しっかりと誤解を解かなければ。
すると、今度はラルゴ様が一歩前に踏み出してきた。
ラルゴ様はいつもローレンヌ様と共に行動をしている。武術に長けているので、守る役割を担っているのだろうと思う。
ここのところローレンヌ様の周りは、親衛隊の中に暴走者が出始めたのか何やら騒がしいのだ。
嫌がらせのようなことを受けているという噂があった。
ラルゴ様は苦々しい口ぶりで言う。
「さきほどだ。時間はそう、12時を15分ほど過ぎた頃。場所は教室棟の2階から1階へと降りる東階段。俺は見た。たしかにお前がローレンヌ嬢を突き飛ばして走り去っていくところを。俺は並んで歩くローレンヌ嬢とモニカより先に階段を降りていたから、悲鳴を聞いてすぐに振り返り、落ちてくる彼女をなんとか受け止めることができたのだ。危ないところだった」
ラルゴ様は一旦話を切り、振り返って少し後方にいるモニカ様に問いかける。
「なあ、モニカ。お前も見ただろう、この女のことを」
「はい。たしかに見ました。階段を降りようとしていたローレンヌ様の後ろに突然黒い影が現れて揺れたと思ったら、ローレンヌ様の体がゆっくりと前のめりになって。私はあまりの恐怖に悲鳴をあげたのです。そのあと、すごい速さで廊下の方へ移動する黒い影を見ました。黒く見えていた影は、黒く長い髪を靡かせて走る少女の姿をしていました。あれはあなたよ。リリアさん」
ラルゴ様は頷いて、続ける。
「あの時間はほとんどの生徒が食堂棟に移動していたから人目がない。そこを狙ったんだろう。俺たちの他に目撃者はいないかもしれないが、こうやって間近に見た2人の証人がいるんだ。言い逃れはさせない」
言い終えるとラルゴ様はさらに一歩、私の方へ近づいてきた。
これまでの発言内容に確信を持った表情をしている。
私の方はというと、きっと困惑している様子が顔に出ていると思う。
こんなに確信を持って話されても、さっぱり身に覚えはなかったし、そもそもその時間に教室棟の東階段にいなかったのだから出来るはずもないと思った。
私は12時のお昼休み時間に入ると同時に教室を出て、まっすぐ図書館棟に向かったのだ。
教室棟から図書館棟までは歩いて10分ほどかかる。事件が起きたとされる15分くらいはちょうど、図書館の席について家から持ってきたお弁当を広げたあたりではなかっただろうか。
その時の周りの情景を思い起こしてみる。
図書館はそれほど人気がなく、見知った顔にも会わなかったように思う。知り合いがいれば会釈などをして互いの印象に残っていただろうけど、そうでないのだから誰の印象にも残っていない可能性が高い。
早く本を読みたくて、急いで10分ほどで食べ終え、図書館の当番の先生のところに貸出許可をもらいにいったのが25分くらい。事件のあったとされる15分から10分後になるから、先生では私の無実は証明するには弱い。
どうしよう。ここまで確信を持っている相手に、私の否定の言葉だけで通じるだろうか。
けれど、やっていないものはやっていない。
私は更に近づいて圧をかけてくるラルゴ様の目をしっかりと見て答えた。
「私はそんなことしておりません。その時間、私は図書館におりましたので、物理的に不可能です」
ラルゴ様の瞳に怒りが滲み出す。
「なっ、そんな嘘、誰が信じるか。それを証明できるのか。あんな場所にわざわざ行った理由はなんだと言うんだ?この時間の図書館にはほとんど人がいないから、証明する人がいなくてもおかしくないことが分かっていて言っているんだろう。ありもしないアリバイを作って逃れようとするなどっっ」
あまりの怒りにそれ以上喋れないようだった。
私はいつも図書館でお昼を食べているわけではない。普段なら食堂棟でお友達か、お兄様たちと食べている。
しかし今日、お兄様は学園にいない。要請があって、お父様と一緒に今朝早くから王宮へと出かけているから。
お友達もいない。風邪を引いたようで1人は一昨日から、もう1人は昨日からお休みしている。
図書館自体に飲食の持ち込み禁止の規定はないのでお昼を食べることはできるが、ほとんどの生徒たちはそれを好まない。
場所が遠いから貴重な休み時間を移動に消費してしまうし、授業以外で本に囲まれるなんてゾッとするとのこと。
そのため、よほどの本好きの変わり者くらいしかお昼休みの図書館にはいないのだ。
私はよほどの本好きの変わり者だから、放課後の図書館には入り浸っている。たしかにお昼休みは食堂棟でみんなと取るので今までに行ったことはなかったけど、いてもおかしくないはず。
でもそんなことを今のラルゴ様に言っても通用しない気がした。
普段お昼を一緒に食べている、お兄様たちの“たち“の方は学園にいる。
彼は私たち兄弟の幼なじみで、お兄様の親友で、私の…。
実は今日、私が図書館でお昼を過ごした理由は、その方からの提案があったからでもあった。
「え?リックがいないのは知っていたけど、君のご友人も?そうなのか…。ごめん。僕も用事があって、お昼を一緒に食べられないんだ。そうだ、図書館に行くのはどうだろう。君は本好きだし、あそこの雰囲気をとても気に入っているだろう?」
1話あたりの長さはどのくらいがいいのか、文字の詰まり方はどうか、試行錯誤中です。