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微睡

「僕の顔に何かついてるかな?」


ルシウス先生は、本から目を離してこちらを見た。

熱心に本を読んでいるから分からないかと思っていたら、ルシウス先生は私が見ていることにしっかりと気付いていたようだった。


目がばっちり合ってしまっている以上、ここで変な嘘を言ってもバレてしまいそうだ。仕方がない。

「いえ。きれいな横顔だなと思って、ただ見ていただけです」

私は取り繕うことなく、思ったままを口にした。


ルシウス先生は一瞬きょとんとした表情を見せて、それから声を抑えて笑った。

「ふふ。何を言うかと思えば…。君でもそんな冗談を言うことがあるんだね。でも、褒めてくれてありがとう」

「ふふ…」

私もルシウス先生の楽しそうな表情に釣られて、少し笑ってしまった。

別に冗談で言ったわけではなかったけれど、「いえ、先生の横顔は本当にきれいですよ」などと改めて言うのもそれはそれで変な話なので、そのまま何も言わないでおいた。


「その本、持ってきたんだね」

ルシウス先生は私の手元にある本を見て言った。

「そうなんです。まだほんの少ししか読めてなかったし、なんとなく持っていこうかなと思って」

私はそう言いながら、本の中で読めた部分を摘んで“ほんの少し“の該当箇所をルシウス先生に見せた。

すると、ルシウス先生は「本は旅の友になるからね。とても良いことだと思うよ」と言って穏やかに笑った。


ルシウス先生はかっこいいだけでなく、優しい人でもある。

いつもこんな風に、ちょっとしたことでも褒めてくれるのだった。

私はそれほど魔力を持っていないので魔法学クラスで目立つ方ではないのだけれど、そんな私の様子もよく見てくれていて、褒めポイントを見つけてくれていた。

人気があるのも当たり前の話だなあと思う。


「さて。読書の時間はそろそろ終わりだね。ここから先は少し道が険しくなるでしょう?乗合馬車は普通の馬車より揺れるんだよね。本を読んでいたら、たちまちに酔ってしまう」とルシウス先生は言った。

私は頷いて、本を鞄に戻した。


私は乗合馬車に乗ることだけじゃなく、隣街に行くこと自体も初めてなので、もちろんそんなことは知らなかった。


そうなんだ、ここからは先は揺れるのね。

危なかった。


ルシウス先生が今、この先の道の事情を話してくれていなかったら、私はそのまま本を読んでいて酔っていただろうと思う。

元々私は馬車の揺れが苦手な方で、酔ってしまうこともあるのだ。

いつもはどうしているかというと、外を眺めたり、お話ししたりで気を逸らすようにしてやり過ごすことが多い。

フィリオ様かお兄様が「眠ってしまうといいよ」と声を掛けてくれることもあった。

この乗合馬車にこれから訪れる揺れは、いつも感じているよりも強そうな気がする。

おそらく眠ってしまうのが1番だろうけど…。


そんなことを考えていると、先生が声を抑え気味にして話しかけてきた。

「他の人たち、みんな寝ようとしてる。静かにしていた方がいいだろうから、僕らもそうしてしまおうか」

考えていることが分かったのかと思って、一瞬焦った。

けれど、そう言われて見回してみれば他の乗客たちはみんな眠る体制に入っていた。

大人の男の人でも寝てしまおうと思うほどの悪路のようだ。恐ろしい。


寝ている人がいる中で話しているのは迷惑だし、外を見ようにも辺りは薄暗くなり始めていてあまり見えない。

それならたしかに眠った方がいいのかもしれない。

でも、このように知らない人たちの中で無防備に眠っていいものだろうか。少し考えてしまう。


私が返事をしないでいると、ルシウス先生は重ねて言ってきた。

「大丈夫。僕も終点まで行くから、ちゃんと起こしてあげるよ。だから、起きたら車庫だったみたいなことは心配しなくても平気だよ」

ルシウス先生は私が寝過ごしてしまうことを心配していると思ったようだった。


ルシウス先生の中で私は一体、どんな生徒に見えてるんだろう。

そんなに抜けているように見えているんだろうか。

「そんな。いくらなんだって、そこまで起きないほど眠り込んだりしないです。ただこういう場所で、無防備に眠ったりしていいのかなって。そう思っていただけです」

とりあえず否定した。


ルシウス先生は少し笑って「冗談だよ」と言った。

それから「僕が一緒だから、そこは安心してくれていいからね」と言って、頭にポンと手を乗せてくれた。


ルシウス先生に対して、今の私は警戒心を抱いている。

それは、私が家を出てきたということに気付かれてはいけないから。

でもそれがない通常の私であれば、ルシウス先生のことを信頼しているのだ。

ここまで言ってもらって頑なに拒否するのも悪い気がして、私は眠るようにしようと思った。


「それもそうですね。ではお言葉に甘えて、眠ることにします」

そう言って目を閉じた。

これからのことが不安で眠れるわけがないと思っていたので、実際は眠るフリのつもりだった。


けれど、お昼過ぎからずっと緊張状態にあった私は疲れがピークに達していたようで、目を閉じると一瞬で眠りに落ちていったのだった。

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