心の隙間
モニカは本来魔力を持っていないはずなのに、どうして魔法が使えるのかを尋ねた。
自然な状態で後天的に魔力が備わることは、まずないことだ。
だから黒の丸薬が関わっているであろうことはほぼ確実だが、本人の口から聞きたいと思った。
◇
その日も私は、ローレンヌによって参加させられたパーティー会場で隅の方に1人で立っていた。
ローレンヌは自分が参加するパーティーには、必ず私を一緒に連れて行きたがった。
どうせ自分を引き立たせるためにでしょう、
そうは思っても断ることはできなかった。
そんなことは起きたことがなかったけれど、
「誰にも声を掛けられなくても、モニカといれば楽しく時間を過ごせる。モニカがいれば安心」
ローレンヌがいつもそんな風に言うから。
遠くの方で殿方に囲まれるローレンヌを見ながら、早くお開きの時間にならないかな、そう思っていた時。
私は初めて男性から声を掛けられた。
その人は知らない間にグラスを2つ持って、私の隣に来ていた。
見たことのない人だった。
そのパーティーは裕福な商人が主催した割と大規模なもので、参加者にはこの国の貴族や商人だけでなく、異国の商人までいるものだった。
彼はやはり異国から来た商人だと名乗った。
「こんなにかわいらしい方とお話できるなんて。この国まで来てよかった」と彼は言った。
そんなわけない、お世辞だろうと思いながらも褒められ慣れていない私は舞い上がってしまった。
彼は私の話を聞いてくれた。
「先ほどから見ている令嬢は知り合い?」と聞かれた時は、やはり彼もローレンヌ狙いなのかとガッカリしたが、そうではなく。
「あなたを見ていたら、視線の先に彼女がいたので知り合いなのかなと思っただけだよ」と言ってくれた。
これまでローレンヌではなく私を見ている人などいなかったから、それで一気に心を許した。
聞かれるままに、色々答えた。
自分のこと、ローレンヌとのこと、家のこと、この国のこと。
私が知ってることは答えた。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、パーティーの終わる時間が来てしまった。
名残惜しく思いながらもその場を去らなければと考える私の手に、彼はそっと何かを握らせた。
そして耳元で囁いた。
「これは僕が取扱うとっておきの商品です。悩めるあなたが少しでも生きやすくなりますように」
それだけ言うと、彼は人混みに消えた。
思えば、名前もどこからきたのかも聞けていなかった。
優しい彼はどこの誰なのだろう。
あとで主催者に尋ねてみたけれど、参加者があまりにも多かったために分からなかった。
夢のように現れて、消えてしまったあの人。
渡されたものを見てみると、光沢のある黒い粒状のものが入った小瓶だった。
何かの薬かしら?
ラベルには「1日に3粒まで」とあるだけで、特に効能などは書いていなかった。
“少しでも生きやすくなりますように“と言っていたことから、リラックス効果のあるものなのだろうと思った。
優しくしてくれたあの人が変なものをくれるはずがない。
そう思ったので、憂鬱な気分の時に飲んでみた。
すると、どういうわけか魔法が使えるようになっていた。
夢の薬だと思った。
使ううちに、1粒あたりの持続時間が3時間ほどだと分かってきた。
もっと長い時間使いたくなって、飲む量が増えていった。
そして飲む量が多いほど、使える魔力も増えることが分かった。
瓶には「1日に3粒まで」とあるから最初は怖かったけど、それ以上飲んでも特に変化は感じられなかった。
だから大丈夫だと思って飲み続けた。
◇
やはりモニカの魔力の源は黒の丸薬だった。
分かっていたことだけど、ショックだった。
これを使ってしまうなんて。
モニカに黒の丸薬を知っているかと尋ねてみると、知らないと答えた。
買うことも売ることも飲むことも禁止されている危険な薬だということ、そしてそれはモニカが男から受け取って飲んでいた薬のことだと伝えた。
モニカは驚き、事の重大性に気付いて動揺していた。
モニカに黒の丸薬を渡した男は、知っていただろう。この薬の怖さを。
昔出回った時にはなかった用量の表記があるということは、改良されたものなのだろうか。
用量を守れば、薬の副作用は出ない…?
それでも何の説明もなかったから、モニカはその用量を破って飲んでしまっているし、副作用が出ている。
知っていたら簡単に飲むはずがない、恐ろしい薬なのだ。
いくら魔法が使えるようになるとしても、それと引き換えに死んでも狂ってもいいからなんて思う人間は稀だろう。
モニカへの学校内での取り調べは一通り済み、身柄は咎人が入れられる塔に移されることになった。
ここから先は国としての取り調べが行われ、処分が下されることだろう。
ローレンヌがモニカをパーティーに誘わなければ
主催者が参加者の身元をしっかりと管理していれば
モニカが男と出会わなければ
薬を飲まなければ
せめて得た魔力を良い方向に使っていれば
現状は変わっていたかもしれない。
いくつもの分岐点があるように思えた。
考えだしたらキリがないことだけれど。
リリアのこともそうだ。
僕があの場に駆けつけた時、一言声を掛けていれば
護衛騎士にあの場で無実を証明させていれば
泣きながら走り去った後、すぐに追いかけていれば
今もリリアは僕の隣にいたことだろう…。
リックに対して、僕の目から見た今日の出来事の説明を終えて、再び自分の不甲斐なさを思った。
「本当にすまない…」
リックは話を始める前にもそうしたように、僕の左肩をポンポンと叩いた。そして、
「聞かせてくれてありがとう。今日僕がいない間に起こったことに憤りは感じてるけど、フィリオに対しての怒りはないよ。僕の思った通りだ。フィリオはリリアに何かしたわけじゃないよ。そもそも根本的な行き違いがあったから、起きてしまったことなんだと分かったよ」
と言った。
「根本的な行き違い?」
僕が問い掛けると、リックはゆっくりと頷いてから頭を下げた。
「話を聞いて、父上にかなりの責任があると僕は思った」
「マーベル公爵に?そんな、頭を上げてほしい」
何のことかさっぱり分からず、頭を下げたままのリックの肩に手を添えて体を起こすように押した。
リックは頭を上げると、
「フィリオの行動をリリアが誤解したのには、そもそもの原因がある。その原因は父上が作った」
と言った。




