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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第60話 トラブル

 鎌倉学館は二回表の守備につく。

 この回の先頭打者は二年生ながら四番の田代たしろ富巳ふみだ。田代は右打席に入る。


 マウンドに立つ澪が初球に投じたのはスラーブだ。

 スラーブをアウトローへと投げ込むと、ストライクゾーンの際どいコースへと吸い込まれていく。

 

 田代はバットを振ることなく見逃した。

 判定はストライクだ。


 ボールを捕球した千尋は澪へボールを返球すると、二球目の配球を熟考する。


(この人には甘く入ったら打たれる)


 田代は二年生ながら四番を任されているだけあって優れた打者だ。プロや大学、社会人のチームなどからもスカウトが視察に訪れる程だ。

 甘いコースに入ったら打たれてしまうのも道理だろう。


 だからこそ千尋は冷静に思案している。


(インコースには強いけど、一球くらいは投げておきたい)


 田代はインコースを得意にしている。アウトコースも非凡に対応するが、インコースの方が高打率を残している。


(ボールでも良いから厳しいところにスクリューを)

(うん)


 千尋がサインを提示すると、澪は頷いて投球フォームに移る。

 確りと腕を振って投げ込まれたスクリューは、インローへと向かっていく。


 千尋の構えるミットに寸分違わず吸い込まれていくボールに対し、田代はバットを振る。

 田代のバットはボールを捉えるも、一塁側へのファールとなった。


 一瞬ヒヤッとした千尋だったが、ファールを見届けて気付かれないように安堵した。


 三球目はフォーシームでアウトハイに明らかなボール球を挟んで、四球目はアウトローにチェンジアップを投じた。田代はチェンジアップにタイミングをずらされるが、何とかタイミングを合わせてカットし、打球は三塁側のファールとなる。


 これでカウントはワンボール、ツーストライクだ。


 そして五球目は――


(スライドパームを低めに、ボールで良い。思いっきり来て。絶対に逸らさない)


 澪は千尋のサイン通りスライドパームを投げ込んだ。


 打者の手元で急激な変化を見せたスライドパームは、ストライクゾーンに入る手前で既に低めに外れており、ストライクゾーンに差し掛かるところで地面に当たりワンバウントした。

 ワンバウントした難しい球も千尋は難なく捕球する。


「ストラーイクッ! バッターアウト!」


 そして判定はアウトだ。

 惜しくも田代は空振りしていたのだ。


(思わず振ってしまった・・・・・・)


 あまりのキレに手を出してしまった田代は、悔しそうな表情を浮かべて一度溜め息を吐く。


(仕方ない。切り替えよう)


 溜め息を吐いて気持ちを切り替えた田代はベンチへと戻って行った。


(良し。まずはワンナウト。次も確り抑えよう)

(うん)


 アイコンタクトを交わすバッテリーは、気を緩めることなくネクストバッターと相対する。


 ネクストバッターである五番打者が右打席に入る。

 彼女は三年生の好打者だ。


 一球目はアウトローにフォーシームを投じる。

 今日は相変わらず絶好調のようで、千尋の構えるミットに寸分違わず吸い込まれていく。ストライクゾーンぎりぎりに決まったフォーシームに打者は手が出ず見逃してしまう。

 結果はストライクの判定だ。


 二球目に投じたスラーブは内に外れてボールとなるも、三球目のフォーシームはインローに決まってストライクとなる。


 そして四球目、アウトローに投げ込んだチェンジアップにタイミングをずらされた打者が空振りして三振となった。

 これでツーアウトだ。


 危なげなく抑えていくバッテリーは続く六番打者もサードゴロに打ち取った。


『市ノ瀬はこの回も藤沢奨稜打線を三者凡退に抑えましたっ!』

『素晴らしいですね。調子の良さが窺えます』

『市ノ瀬には引き続き注目していきましょう!』


 興奮気味の実況と冷静な解説。

 澪は現在の一年生世代でナンバーワン左腕と謳われている実力を遺憾無く発揮している。ここまで一年生ながら完璧な投球内容を見せている彼女の姿に注目が集まるのも道理だろう。


 そうして二回表の守備を終えて、互いに無得点のまま試合は進む。


◇ ◇ ◇


 トラブルは何の前触れもなく突然起こるものだ。

 怠ることなく万全の準備をしていたとしてもトラブルは起こってしまう。どれだけ努力をしていようが、善行を積んでいようが、トラブルは無慈悲に訪れる。


 鎌倉学館の二回裏の攻撃は残念ながら三者凡退に終わってしまうが、三回表の守備では再び澪が完璧な投球で三者凡退に抑えた。

 三回裏の攻撃は八番の静がセカンドゴロ、九番の澪が三振に倒れ、一番のレンが左中間への二塁打ツーベースヒットを放つも、後続の慧がショートフライに倒れてしまった。


 そして、鎌倉学館の四回表の守備で問題が起こった。

 この回の先頭打者である一番打者が放った打球がピッチャー返しとなり、鋭い打球が澪の右足に直撃したのだ。


 澪の足に当たって転がったボールは三塁手の涼がすかさず捕球し、一塁へ送球してアウトになった。涼のフォローで走者ランナーを出すことなく済んだが、マウンド上で澪が右足を押さえている。


「タイムっ!」


 打者がアウトになったのを確認した千尋がすかさずタイムを要求してマウンドへ駆け寄ると、それを合図に内野陣もマウンドへ集まった。


「足、どう?」


 足を押さえていてもあまり表情に変化のない澪の姿に、冷静さを装いながらも内心気が気ではない千尋は、様子を窺うように尋ねた。


「んー。一度ベンチに戻る」

「そうだな。それが良い」


 返答を聞いた涼が頷くと、澪に肩を貸してベンチへと下がって行った。


 ベンチへと下がる二人の後ろ姿を見送る四人はマウンドで渋い表情を浮かべる。


「右足かぁ~。なんともなければ良いけど」

「どうかしら。軸足だから厳しいかもしれないわね」


 溜め息を吐く慧と、肩を竦めるセラ。

 右足は左投げの澪にとっては軸足になる。軸足には投球する際に体重が伸し掛かる。普段でも負担が掛かるので、負傷した足では尚更過酷だ。


(違う球種を要求すれば良かった? それに別のコースなら・・・・・・)


 自分が別の配球をしていれば避けれたのではないかと思考の渦に潜ってしまっている千尋に飛鳥が声を掛ける。


「こればっかりは仕方ないよ。誰のせいでもない。それより大事なのは過去のことより先のことだよ」


 千尋の肩を軽くはたいて鼓舞すると、飛鳥は一年生組三人を見回してから続きの言葉を紡ぐ。


「どちらにしろここで無理をする必要はないよ。先生もそう判断するだろうしね。私達がすべきなのは確りと守って、点を取ることだよ。今はそれに集中しよう。ね?」


 最初は真剣な表情で話していた飛鳥だったが、最後には笑みを浮かべて促すように話終えた。


 飛鳥の言葉に三人は各々返事を返してベンチの様子を窺うのであった。


『面白そう』『次も読みたい』

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