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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第59話 相性

 チャンスの場面で打席が回って来た慧は早々に追い込まれていた。

 カウントはワンボール、ツーストライスだ。


(何かタイミングが合わない・・・・・・)


 慧は打席上で軽く首を捻る。


『木下さん、進藤が首を傾げています。何かあったのでしょうか?』

『そうですね。恐らくタイミングが合わなくて苦戦していますかね』

『なるほど。タイミングですか』

『えぇ。打者にとっても投手にとっても相性がありますからね。相性が悪いと中々思い通りに行かず、そのまま調子を崩してしますこともありますから要注意ですよ』


 木下の解説通り投手にとっても打者にとっても互いに相性という物が存在する。

 投手からすると相性が良いと全然打たれずに抑えることが出来る。逆に相性が悪いと良い球を投げているのにも関わらず何故か良く打たれる。

 打者からすると相性が良いと球が良く見えたり、打球を捉えると高確率でヒットになったりする。逆に相性が悪いと何故かとことん打てない。タイミングが合わないのか球筋が合わないのか、何故か打てないのだ。


 そして慧にとって藤沢奨稜のエースである松田は頗る相性の悪い相手だったのだ。


 結果、松田が投じた四球目のチェンジアップで空振り三振に倒れてしまった。

 三振に倒れた慧は首を捻りながらベンチへと戻って行く。


『進藤が空振り三振に倒れました! これで鎌倉学館はワンナウトになりました』

『こればかりは仕方ないですね、相性が悪いのは。ですが、相性が悪いながらどう立ち向かうかが重要です。こういった状況でも自分が出来ることを精一杯こなすことこそ重要ですから』


 相性が悪く、中々安打(ヒット)は期待できない。そんな状況でも不貞腐れずに自分がチームに貢献出来ること見つけ、確りと役割をこなすことこそ選手に問われる真価だろう。


『特に進藤さんの場合は打球を前に飛ばしさえすれば安打ヒットに出来るかもしれませんし、今日は二番を任されていますから状況によっては手堅くバントでも良いかもしれませんね』


 慧の足なら打球を前に飛ばしさえすれば安打ヒットに出来る可能性は高い。走者ランナーがいると併殺のリスクも付きまとうのが難点だか。

 安打ヒットは無理でも手堅くバントで走者ランナーを進塁させるのも一つの手だ。

 まだまだ慧がチームに貢献出来る余地は残されている。


 慧はネクストバッターであるセラに一言二言声を掛けるとベンチへと戻った。


「相手の投手ピッチャーどうだった?」


 ベンチに戻った慧へ涼が松田のことを尋ねた。


「何かタイミングが合わなかったです。見た感じ打てないって訳でもなさそうなんですが・・・・・・」

「そうか」


 問いに答える慧は再び首を捻り、悔しさを内包した表情で続きの言葉を紡ぐ為に口を開く。


「・・・・・・正直今日は打てる気がしないです。すみません。なので今日は最低限自分が出来ることに徹します」


 慧が表情を改めて宣言する様子を見て、涼は鼓舞するように慧の背中を軽くはたく。


「そうだな。自分に出来ることを精一杯やろう。野球はただボールを打つだけの単純なスポーツじゃないからな」


 そんな慧の様子を横目で見守っていた早織は大丈夫そうだと安堵して打席に立つセラへと視線を戻した。


◇ ◇ ◇


 セラは初球を見送っていた。

 カウントはワンボールだ。


(最低でもレンを三塁に進塁させたいわね)


 レンを本塁ホームに還せれば一番良いが、最低でも三塁へ進塁させたい。

 セラは状況を整理して、自分の役目を明確に定め気を引き締める。


 二球目は際どい所に来たアウトローへとフォーシームを見送るも、判定はストライクだった。


 そして三球目、セラは少し高めに浮いたスライダーに狙いを定めてバットを振った。

 ボールを確りと捉え、打球は外野へと飛んでいく。だが、センター方向に飛んで行った打球は失速し、中堅手が捕球体勢を整えた。失速した打球を助走をつけて捕球した中堅手が、助走の勢いに乗せて三塁へと送球する。


 中堅手が捕球した直後にレンはタッチアップを敢行していたのだ。

 そしてレンは悠々セーフとなり、三塁に進塁した。


(抜けると思ったのだけれど、思ったよりも球が重かったわね)


 セラは打球が外野を越すと思ったが、想定していたよりも松田の投じた球が重かった為、失速してしまったようだ。


(まぁ、最低限の仕事は出来たから良しとしておきましょう)


 走者ランナーを進塁させる事が出来たので及第点だろう。


 そして、次の打者は今日も四番を任されている涼だ。

 いつも通り右打席に入った涼はバットを構える。


 しかし、意気込んで打席に入った涼は早速初球のフォーシームを打ちに行ったが、打球は鈍い音を鳴らしてサード方面に転がって行った。


(うげっ!)


 全く手応えのない感触に、涼は自分が盛大に力んでしまったことを自覚する。


 打球を三塁手がやや前進して確り捕球すると一塁へ送球した。

 結果涼はサードゴロとなり、スリーアウトとなったのだった。


◇ ◇ ◇


「あぁ~。あれは力んだわね」


 ベンチで見守っていた春香は肩を竦めて溜め息を吐く。


「力まないようにってちゃんと言ったのに、もう仕方ないわね」


 事前に注意していたのにも関わらず力んでしまった涼を見て苦笑する。


「進藤さんのことを鼓舞したら、自分が力んでしまったってところかしら」


 慧のことを鼓舞した分、自分がやってやろうと意気込んで力んだのだと推測するが、それは事実だった。

 もっとも、涼本人は恥ずかしいので口が裂けても吐かないのだが。


 涼は責任感が強い。それは良いことなのだが、残念ながら今回は裏目に出てしまった。

 プロでも力んでしまうことは多々ある。

 大事なのはこの後に影響しないように気持ちを切り替えることだ。


(さて、何て声を掛けようかしら)


 春香は涼がベンチに戻って来た時に掛ける言葉を思案する。

 涼のことは春香に任せておけば大丈夫だろう。その辺りのことは早織も心得ているので春香に任せて干渉はしない。信頼しているのだ。


 そうして鎌倉学館の初回の攻撃は幕を閉じたのであった。


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