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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第57話 五回戦

「いよいよ始まりますね」

「そうだね」


 今日も観戦に訪れている皐月と暁羅はバックネット裏のスタンドに陣取って腰掛けていた。


「今日の相手は藤沢奨稜か。藤院程ではないにしろ十分強敵だね」

「はい。油断大敵です」


 京都民の二人でも藤沢奨稜の事は知っている。特別詳しい訳ではないが、一応名前くらいは知っていた。


『第九九回全国高等学校野球選手権神奈川大会第五回戦、鎌倉学館高校対藤沢奨稜高校の試合がいよいよ始まります。実況は私、生島いくしまが務めさせて頂きます。解説には、中部学園大学、帝東大学、三峰パワーの野球部で監督を歴任されてきた木下きのしたさんにお越し頂きました。木下さん、宜しくお願いします』

『宜しくお願いします』


 皐月と暁羅は四回戦の時と同じ様に携帯でテレビ中継を映し、実況と解説に耳を傾けている。


「皐月はこの木下って人知ってる?」

「お名前は存じておりますが、残念ながら詳しい事はわかりません」


 暁羅の質問に皐月は首を振って答える。


 木下は中部学園大学で実績を残すと帝東大学へと移り、その後社会人チームの三峰パワーの監督を務めた人物だ。

 四回戦で解説を務めた佐々岡程ではないが、実績や実力のある名将だ。プロへと羽ばたいた教え子もいる。

 

『試合は先攻の藤沢奨稜の攻撃から始まります。対する鎌倉学館の先発は一年生の市ノ瀬です。市ノ瀬は一年生ながら三回戦ではシード漏れした矢榮高校を相手に完封し勝利投手となっています』

『ガールズ時代の彼女はナンバーワン左腕と謳われていました。三回戦同様注目ですよ』


 藤沢奨稜も矢榮もCシードの常連である。時にはBシードになる時もある強豪だ。数は少ないがAシードになった事もある。どちらも鎌倉学館とは比べるのも烏滸がましい程の実績や実力を有している。


 そんな矢榮を相手に完封を成し遂げた澪はスーパールーキーと言っても過言ではないだろう。なので当然注目度も上がっている。この藤沢奨稜戦での投球内容如何で、矢榮戦の投球内容がまぐれや運だけのものではないと証明されるという見られ方をされている。


『木下さん、藤沢奨稜に注目選手はいますか?』

『そうですね。三年生エースの松田まつだ光帆みつほさんと二年生ながら四番を任されている田代たしろ富巳ふみさんですかね。どちらもプロが注目している選手です』

『なるほど。是非注目して見てみましょう』


 松田は大学進学を希望しているので高卒でプロに行く事はないが、田代は父親を亡くしたばかりなので家族の為に金銭面を考慮してプロか社会人を希望している。


 先攻は藤沢奨稜なので鎌倉学館は守備から始まる。


 ベンチに集まっている鎌倉学館の面々は、早織の鼓舞を受けると各々のポジションへと向かって行った。


 鎌倉学館 スターティングメンバー


 一番 中堅手 V・ヴァレンティナ

 二番 遊撃手 進藤慧

 三番 一塁手 N・セラフィーナ

 四番 三塁手 岡田涼

 五番 二塁手 椎名飛鳥

 六番 左翼手 杉本恵李華

 七番 捕手  守宮千尋

 八番 右翼手 佐伯静

 九番 投手  市ノ瀬澪


 この試合では上位打線を弄っている。四番の涼は変わっていないが、一番、二番、三番、五番を入れ替えている。下位打線は変更なしだ。


 意図としてはチームの中でも特に出塁率の高いレン、セラ、慧の三人により打席が回って来くる様にしている。飛鳥は上手いので何でも出来て計算も立つ。その上勝負強さも持ち合わせている。早織の見解では飛鳥が最も生きるのは二番だと思っているが、クリーンナップでも十分に貢献出来ると踏んで五番に抜擢した。公式戦で試してみたい陣容だったのだ。


 澪がマウンドでの投球練習を終えると、いよいよ試合が開始される。


 藤沢奨稜の一番打者が左打席に入ってバットを構える。


(この人は足が早いけど、打率自体はあまり高くない。打たれさえしなければ怖くはないから四死球には気を付けよう)


 千尋は打者に視線を向けてリードを考える。事前に相手校のデータは脳内にインプットしてあるので抜かりはない。千尋は考えを纏めると澪にサインを出す。


(まずはアウトローにフォーシーム。確りと腕を振っていこう)

(うん)


 千尋のサインに頷いた澪は、千尋の構えるミットを目掛けてサイン通りにフォーシームを投げ込む。

 彼女のサイドスローから放たれるフォーシームは角度が付き、左打ちである打者から見ると自分から離れていく様に感じられるだろう。打者は手を出さずに見送り、ボールはパァンッ! と良い音を響かせて千尋の構えるミットへと吸い込まれていった。


 ストライクゾーンいっぱいに決まったフォーシームはストライクと判定される。球速は一二七キロだった。


 そして二級目にはインローにフォーシームを投げて空振りを奪う。三球目にはアウトローに投じたチェンジアップで再び空振りを奪い三球三振に打ち取ったのである。


 幸先の良いスタートを切ったバッテリーは二番と三番も三振で打ち取り、圧巻のピッチングを披露したのであった。


◇ ◇ ◇


「ナイピッ!」

「球走ってるね」


 ベンチに戻った澪はチームメイトに労われると、徐に口を開いた。


「何か調子良いみたい。思った通りに投げられる」


 澪を自分の左手を見つめると、拳を握ったり開いたりを数回繰り返している。


「確かに構えた所に寸分違わず来ていたよ」


 初回の投球内容を振り返る千尋は、自分が構えた所に寸分違わず投げ込まれていたのを思い出す。


「変化球もキレていたし、市ノ瀬の言う通り調子良いのかもね」


 変化球も鋭い変化で精密なコントロールで投げ込まれていた。

 澪自身も驚く程調子が良いのだろう。もっとも澪は自分の好調振りに驚いていても表情に変化はないのだが。わかる人にはわかる程度の些細な変化だ。


(調子が良いに越した事はないけど、調子が良い故にあまり飛ばし過ぎないようにコントロールしないといけないか・・・・・・)


 あまりに調子が良いと乗りに乗ってペース配分を誤って飛ばし過ぎてしまう恐れがある。

 千尋は女房役として確りとコントロールする必要があると改めて気を引き締めた。


「さぁ皆さん。次は我々の攻撃です。消極的なプレイはいりません。積極的に攻めていきましょう。良いですね?」

「「「「「はいっ!」」」」」


 拍手をする様に両手の平を打ち鳴らして注目を集めた早織が生徒一同に発破を掛ける様に声を掛けると、一同は一層気を引き締めた。


 そして鎌倉学館の初回の攻撃が始まる。


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