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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第54話 恩返し

 鎌倉学館の寮の一室から賑やかな声が聞こえていた。

 その部屋の相様は、参考書や文庫本など数々の本が確りと整理整頓されており、部屋の主の性格が窺える。


「それにしても、正直藤院に勝てるとは思わなかったよ。もちろん勝つつもりで臨んでたけどね」

「そうね。実力も実績も大違いだものね。その気持ちはわかるわ」


 恵李華の本音に同意を示した真希は、テーブルに置かれたカップを手に持つと口元へと運び、紅茶を口に含む。


「二人の言う事もわかるけど、強い方が勝つ訳じゃない。勝った方が強いんだ。私達は相手より強かった。それだけだよ。もちろん相手の油断や、私達に運や勢いが味方したのもあるけど、それを含めて実力だからね」


 穏和な表情を浮かべながらも確固たる意思を内包した言葉に、他の四人は自然と納得させられてしまう。 


「さすがに飛鳥は言う事が違うね」

「そうね。だけど飛鳥の言う通りよ」


 飛鳥の言葉に頷く攸樹と静の言葉に続いて恵李華も口を開く。


「うんうん。折角ベスト一六まで来たんだから、少しでも上を目指そうよ」


 膝立ちになって宣言する恵李華の言葉に一同が笑みを浮かべると、飛鳥が気持ちの籠った眼差しで面々を見回すと口を開いた。


「勝ち上がって一つでも多く試合をする事が出来れば、それだけ主将と春香さんのアピールチャンスが増える。それで少しは恩返し出来るよ」


 涼と春香は大学進学を目指している。勿論大学でも野球を続けるつもりだ。だが、残念ながら二人には高校野球での実績は殆ど皆無と言っても過言ではない。二人にあるのは今大会での活躍に限る。今まで部員不足だったので仕方ないが、大学からのスカウトについて考えればあまり期待は出来ないだろう。


 大学で野球をする上で少しでも環境の良い大学に進学するのが道理である。勿論、進学する上で何に重きを置くかによって進学先を決めるので野球が全てではないが、野球面の環境が良いに越した事はない。


 大学野球には現在二六のリーグが存在しており、リーグによって実力、実績、人気、注目度などが異なる。リーグによっては下部リーグなどもあり、激しい入れ替え戦を繰り広げている。


 野球をする理由はプロを目指す事が全てではないが、大学まで野球を続けている者の大半は恐らくプロを目指しているだろう。そうでなければ将来の事を考えて野球は高校を最後に一区切ひとくぎりつけると思われる。


「確かに裾野を広げる上でアピール出来る場は少しでも多い方が良いわね」

「大学野球はリーグ毎に実力も異なるしね」


 真希と静の言う通り、大学野球と言っても一括りに出来るものではない。リーグによって違いがあるのだ。


 仮にプロを目指しているのならば、やはり実力、実績、人気、注目度のあるリーグや大学に進学したいところだ。下部リーグとの昇降格のあるリーグならば、一部リーグに在籍している大学がプロを目指す事だけを考えれば一番良いだろう。


 大学選びはそれだけではない。野球部関連の施設は勿論だが、学びたい学部や、偏差値、キャンパスライフ、学費、保護者の考えなど、様々な要因を考慮した上で決めなくてはならない。学費などはスカウトによる待遇次第で優遇されたりもするが、その為には厚待遇でスカウトされなければならない。


「大学から話が来るにしろ来ないにしろ、待遇が良いに越した事はないもんな」


 攸樹は腕を組んで納得した様に相槌を打つ。


 大学によって違いはあるが、スカウトにはランク分けすると大まかに四段階ある。上から学費全額免除、学費半額免除、免除なしだが合格前提、セレクション招待だ。勿論大学によっては学費何割免除などもあり、セレクションを受けた選手の中から学費免除の待遇を得る者もいるだろう。


 ランクも学費だけではない。ランクが高ければその分監督の注目や期待も集まり易くなり、試合で起用される機会も増える。


 なので一般入試で進学するのも選択肢の一つだが、大学スカウトも可能性を広げる上では重要だ。


 だからこそ飛鳥は、涼と春香が少しでも大学スカウトへアピールをする機会を増やす為に一つでも勝ち上がる事で、高校生活を送る上でお世話になった恩返しが多少なりとも出来ると考えたのだ。


 それにスカウトは大学だけではない。プロは勿論、社会人や独立リーグの目もある。有望な選手なら海外のスカウトも視察しているだろう。


「やっぱり先輩達高卒でプロは厳しいかな?」


 涼と春香にプロになってほしいと思っている恵李華が飛鳥に尋ねると、飛鳥は間髪入れずに答える。


「厳しいけど、不可能ではないよ」

「ほんとっ!?」


 飛鳥の言葉に恵李華はテーブルへ身を乗り出して期待の眼差しを向ける。


「うん。今年甲子園に行って活躍出来れば可能性は上がるし、仮に甲子園に行けなくても県大会の活躍次第では指名される可能性もあるよ。それに支配下は無理でも育成枠もあるからね」


 高校でずっと無名でも、三年時の夏の甲子園での活躍次第で一気に注目度が上がり、そのままの勢いでドラフト一位指名を受ける事もある。甲子園に出場出来なくてもドラフトで指名される可能性も残されているのだ。


 プロ野球のスカウトマンは強豪校だけを視察している訳ではない。誰が見てもわかる様な逸材は放って置いてもスカウト対象だ。金の卵を発掘してこそスカウトの腕の見せ所というものだ。


 それに飛鳥の言う通り、ドラフトには新人選手選択会議と育成選手選択会議がある。

 新人選手選択会議で指名された選手は支配下登録されるのに対して、育成選手選択会議で指名された選手は支配下登録されず、まずは支配下登録を目指す事になる。


「とは言え高卒でのプロ行きが正しいって訳でもないから、あくまで可能性の一つだよ」

「そうだよね。学歴はあって困る物でもないしね」


 乗り出した身を引っ込めて絨毯へ腰を下ろすと、恵李華は徐々に冷静さを取り戻す。


 高卒でのドラフト上位指名確実と言われている選手でもプロ志望届けを出さずに大学へ進学する者も少なくない。大学で力を付けてからプロへ行く、将来の事を考えて学歴を残しておきたいなど理由は様々だが、選択肢は千差万別だ。どれも正しい選択であり、出来る限り自分が後悔しない道を選ぶ事が重要である。


「決めるのは先輩達だから、私達に出来るのはささやかながら手助けする事だけだよ。試合に勝つ事でね」


 テーブルを囲んでいる五人の少女に共通している事は、涼と春香の二人を慕っているという事だ。

 二人が部員不足で試合も行えない状況でも、腐らず直向ひたむきに練習に励む姿を五人は見てきている。それだけではなく、部活でも学校生活を送る上でも世話になっていた。


 五人にとって涼は姉御肌で頼れる存在、春香は優しいお姉さんの様な存在である。時には厳しく、時には優しくしてもらい支えられてきた。真希や攸樹の様に親元を離れて寮で生活している――現在は一般寮から野球部寮へ転居している――ものには身近に年上の頼れる存在がいるのはとても心強い事だ。


「飛鳥の言う通りだね」

「そうね。私達に出来る事は試合に勝つ事よ」

「うんうん」


 攸樹が力強く頷くと、追随する真希と静のまなこにも気合いが籠っているのが見受けられる。


「みんなっ! 私達にどこまで出来るかわからないけど、先輩達の為にも頑張ろう! 一試合でも多くやれる様にっ!」


 突如立ち上がって拳を握りしめながら力強く宣言する恵李華に若干面食らう四人だったが、飛鳥が笑みを浮かべて立ち上がる。


「ははっ。恵李華、言われなくてもはなからそのつもりだよ」


 そう言うと飛鳥は右手の拳を突き出すと、すぐに意図を察した恵李華も右手の拳を突き出した。拳を突き出す二人を見上げる三人は互いに顔を見合わせると、笑みを浮かべて頷き合い、同じ様に立ち上がって拳を突き出す。そして五人は各自の方向から互いの拳を突き合わせると飛鳥が口を開く。


「さぁ。見せてやろう。私達、鎌倉学館野球部の力を!」

「「「「おうっ!」」」」


 飛鳥の言葉を合図に五人は突き出した拳を上空へ掲げ、改めて心を一つにする。


 同じ目標を志す者同士が一致団結するとどの様な結果を生み出すのか、鎌倉学館野球部の行く末を見守っていこう。


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