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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第53話 吐露

 鎌倉学館野球部の面々が各々思い思いに過ごしている頃、藤院学園野球部の面々は敗戦の悔しさを胸に抱えながら過ごしていた。


 主将である高橋は部員達の前では気丈に振る舞っていたが、寮の自室に戻ると糸が切れたかの如く力尽きてうつ伏せでベッドへと倒れ込んだ。同室である後輩は気を遣って席を外している。


「はぁ~・・・・・・」


 ベッドに身を沈めてからどれ程時間が経ったか。始めは虚無感から脱力していた身体をベッドに沈めていたが、時間が経つにつれて一日の出来事が鮮明にフラッシュバックされ、悔しさから徐々に身体に力が戻っていく。


 高橋は仰向けに態勢を変えると、両目が隠れる様に右腕を顔に乗せた。まるで流れてくる涙を隠す様にだ。


「私の、私達の高校野球はもう終わりか・・・・・・」


 脱力していた身体には次第に力が戻っていき、両手の拳を力強く握り締めるに至る。


 するとその時、部屋の扉をノックする音が高橋の耳に届く。高橋は腕を少し顔の上側へとずらし、腕の隙間から僅かに視線を扉へと向ける。


「私よ。今良いかしら?」


 高橋の耳に届いた声は、この三年間幾度となく耳にした声色だ。間違う筈がない。


「映美か」

「えぇ。そうよ」


 高橋が確認する様に呟いた名前を訪問者は肯定した。


「あぁ。ちょっと待ってくれ」


 高橋は訪問者の了承の意を扉越しに耳にすると、ベッドから腰を上げて訪問者に対して失礼のない様に最低限の身嗜みを整える。身嗜みを整えると言っても、三年間寝食を共にした仲なので互いに気にしないのだが、そこは淑女の嗜みという奴だ。普段野球ばかりしていて淑女という言葉から縁遠い生活を送っているからこそ、疎かにしない様に些細な事でも気を付けているのだ。

 自分の格好と部屋の様相を確認すると、部屋の扉を開いて訪問者を迎え入れる。


「すまん。待たせたな」

「大丈夫よ。私こそ突然来て申し訳ないわ」


 扉の先から姿を現したのは小野だ。

 小野は部屋の敷居を跨ぐと、慣れた手付きで高橋と同室である後輩のオフィスチェアを引いて腰かける。


 高橋は自分のベッドに腰掛けると小野へ視線を向ける。良く見ると小野の目元が若干赤くなっているのが見て取れる。

 小野の目元を見て、もしかして自分の目元も腫れているのか? と疑問に思い少し恥ずかしくなった高橋は、

軽く目元を拭ってから誤魔化す様に小野に用件を尋ねた。


「特にこれて言った用はないのだけれど、何て言うか、ちょっと様子を見にね」

「そうか」


 高橋の相槌を最後に、お互い向き合ったままの状態で暫し沈黙が流れる。気恥ずかしさに耐えかねたのか、話題を見つけたのか、小野がおもむろに口を開いた。


「私達の高校野球も今日で終わりね」

「・・・・・・あぁ、そうだな」


 高橋や小野達三年生は夏の県大会を敗退した時点で野球部を引退する事になる。高橋はその現実を受け入れる様に相槌を絞り出した。


「悔しいわね」

「・・・・・・」

「正直私は怪我をした時点で諦めがついていたから、そこまで気落ちしていないのよね」


 小野は春季大会後に怪我をして選手として活動する事を断念し、高校最後の年は裏方としてチームを支える事になった。当時は落胆、絶望といった感情が心中を渦巻いて苦悩したが、葛藤の末に裏方として縁の下の力持ちになった経緯がある。だからこそ彼女は、裏方に回った時点で既に気持ちの整理を済ませていた。


「今思うと心のどこかに驕りがあったのかもしれない」


 覇気のない呟きを口にする高橋は天井を見上げて物思いに耽る。


 藤院学園は全国的にも名の知れた強豪校だ。対して鎌倉学館は今年から力を入れ始めたとはいえ、最近まで部員不足に悩ませれ試合も碌に行えず、実績もない学校だった。


 如何に慢心や過信をせず、相手を見下さない様に心掛けていても、心の隙間に油断が生じていたとしても仕方のない事なのかもしれない。彼女達はまだ精神的に未熟な高校生なので尚更だ。


「すぐには無理かもしれないけれど、切り替えてこれからの事を考えましょう」


 彼女達は高校三年生だ。引退したとなれば当然進路について真剣に向き合わなければならない。


「そうだな。映美は大学に行くんだろ?」

「えぇ」


 小野は怪我を治して大学で野球を続けるつもりである。元々声を掛けてくれていた大学もある。怪我の影響で手を引かれる可能性もあるが、彼女は学業面でも成績優秀なので然程問題はないだろう。一般入試も視野に入れている。


「由子はプロ志望届けを出すの? それとも大学に進学?」


 小野の質問に暫し思考を巡らす高橋は、考えを纏めると思いの丈を口にする。


「進学しようと思う」

「そうなの?」

「あぁ」


 高橋は元々高卒でのプロ行きも視野に入れていた。事実複数のプロ球団からもスカウトは訪れている。

 それと同時に大学に進学する事も選択肢の一つとして考えていた。


「県大会で優勝とは行かずとも、せめてベスト四くらいには入らないとプロのスカウトも二の足を踏むだろう。最悪手を引くかもしれない」

「そうね」

「だから大学で確りと結果を残して実力を証明しようと思う」


 今のままプロ志望届けを出しても恐らくどこかのチームに指名されるだろう。特に地元のチームは熱心にスカウトしてくれている。だが、今のままだと恐らく指名されても下位指名になる可能性が高い。最悪指名漏れする事もあり得る。もちろん三位以内で上位指名される可能性もあるが、結果は神のみぞ知る事だ。


 志望届けを出して挑戦してみるのも良いが、元々進学も視野に入れていた事もあり、高校では納得の行く結果を残す事が出来なかったので、大学で払拭する方に天秤が傾いている。


「まぁまだ時間はあるから確りと考えてみたら良いと思うわよ。先生や監督、ご両親とも相談してね。球団の方に話を訊いてみるのも良いと思うわ」

「・・・・・・そうだな」


 プロ志望届け提出期限までまだ数ヵ月時間はある。それまで悩めるだけ悩めば良い。人生を左右する選択だ。そう簡単に決められる事ではない。ましてや彼女はまだ高校生の少女だ。人生経験も豊富ではない。小野の言う通り先人の言葉に耳を貸すのも大事な事だ。


 二人はそのまま夜が更けるまで高校生活の思い出や、将来の事など話題に興じて過ごす。

 小野のお陰で気を紛らわせ、少しだけ切り替える事が出来た高橋の顔には僅かにだが笑みが戻っていた。


 藤院学園野球部寮には、後悔、落胆、不甲斐なさなどの暗い心情や、先輩達の分まで次こそはやるんだっ! と言った先を見据えた頼もしい心意気など、様々な感情が渦巻いていた。


 そして数多ある野球部と同じ様に、藤院学園野球部にも新体制へと移行する時がやって来たのだった。



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