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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第50話 役割

 佐藤は好投手と対戦する事に嬉々としながら右打席に入る。

 彼女はとにかく試合を楽しむタイプの選手だ。特に自身の打席を最も楽しんでいる。相手が好投手であればある程燃えるのだ。


(一年の時点でこれ程とは。私が後二年遅く生まれていれば、もっと対戦する事も出来たのかもしれないな)


 レンと千尋のバッテリーはサイン交換を行っている。


(とはいえ、今はそんな事を気にしても仕方ないな。今はこの打席を楽しもう)


 佐藤のスタイルは一見すると無責任に見えるが、彼女は決して無責任ではない。チームスポーツである野球は個人のエゴよりもチームに如何に貢献するかが尊ばれる。しかも佐藤の場合は三年生なので尚更だ。最上級生としてチームを引っ張る事を求められる。


 その点、佐藤はチームの事よりも自分が楽しむ事を優先している様に見受けられるが、実際は違う。彼女は同級生の中でも特に責任感の強い部類だ。


 佐藤自身の持論では、最高のパフォーマンスは楽しんでこそ発揮されると考えている。辛い時こそ、苦しい時こそ楽しむべきだと、後輩達やチームメイトの前では常に楽しんでいる姿を見せているのだ。

 その事をチームメイト達も確りと理解しているからこそ、佐藤は信頼されているのである。


 強豪校たる所以なのか、藤院学園の面々はレギュラー陣を筆頭に自然と役割分担をこなしている。


 主将である高橋は、練習態度、日常生活、実力、実績、人望、人格などによって絶対的リーダーとしてチームを引っ張り纏めている。自分にも他人にも少々厳しいところはあるが、だからこそ慕われている。


 副主将である平瀬はチームの緩和材だ。後輩達とも一番親しく接しているのは彼女で、後輩からすれば一番接しやすく、相談などもしやすい存在だ。所謂、中間管理職とも言えるかもしれない。


 佐藤は上記の通りであり、朝居は投手陣と捕手陣の事を常に気に掛け纏めており、川岸はエースとして責任感を持って、普段からストイックに過ごして投手陣の手本となっている。


 小野は情報、分析面でチームを支え、後輩達の育成にも力を注ぎ、長野と伊藤は良きお姉さんとして慕われている。


 この様に意図的にではなく自然と各々が役割分担をこなしているのだ。だからこそ強豪であり続けられるのだろう。


◇ ◇ ◇


 サイン交換を終えた鎌倉学館バッテリーが投球を始める。レンは初球にスライダーをアウトローに投じた。

 鋭い変化を見せたスライダーはストライクゾーンの外に外れてボールとなる。佐藤はバットを振る事なく見送っていた。


(んー。スライダーもあるのか)


 レンが今日初めて投じたスライダーを確認した佐藤は、データが一つ増えたとベンチへ視線を向ける。


 二球目はフォーシームをインローへ投じて空振りを奪い、三球目はインローへサークルチェンジを投じて再び空振りを奪う。


(今のは・・・・・・、チェンジアップ?)


 チェンジアップとサークルチェンジの違いは下記の通りだ。


 チェンジアップは直球より回転が少なく球速も遅い為、沈む軌道になる。回転の向きがバックスピンから傾いて横回転が加わっていれば右か左に曲がりながら沈むが、変化よりも直球と同じ腕の振りで投げて打者に直球と誤認させる事が重視される。直球と同じ腕の振りから遅い球が投げられる事により、ボールが失速しているように感じられるのだ。


サークルチェンジは人差し指と親指で輪――サークル――を作り、中指から小指でボールを保持する握り方が特徴的なチェンジアップである。握りがOKサインにも似ている事からOKボールとも呼ばれる。人差し指と親指で作る輪の形は人差し指と親指の先端をつけて大きな輪を作る形や、人差し指を親指の根元につけて小さな輪を作る形など投手によって違い、個人差はあるが握りの構造上シュート回転がかかりやすく、利き手の方向へ微妙に曲がりながら落ちる場合が多い。


 チェンジアップは沈む球、サークルチェンジはシュート回転しながら沈む球といった認識で良いだろう。


(結構球速差あるな)


 佐藤は一度打席を外し、数回素振りをしてイメージトレーニングを行う。満足した佐藤は、一度大きく深呼吸をしてから再び打席に入る。


 四球目はアウトローへフォーシームを投げ込むと、佐藤はバットをスイングした。バットはボールを捉えたが、振り遅れており一塁側へのファールとなった。

 これでカウントはワンボール、ツーストライクだ。


 そして五球目、レンはサイン通りにインハイへフォーシームを投げ込んだ。

 千尋の構えるミットへ勢い良く向かっていくフォーシームは、ノビがあり浮き上がるが如く吸い込まれていく。佐藤は鋭いスイングでバットを振るが、ボールはバットの上を通過していった。

 千尋は若干中腰になってボールを捕球すると、良い捕球音が辺りに響く。すると球審が勢い良くストライクの判定を告げた。


「ナイスボールっ!」


 千尋がレンへボールを返球していると、佐藤はベンチへと下がって行く。


(・・・・・・ボール球だったか?)


 佐藤は五球目のフォーシームはボール球だったかと思案するが、三振した事実は変わらないので今は考えるのを止める。


(三振してしまったのは仕方ない。後悔ない様に全力で勝負出来た。良い勝負だった。だが、試合はまだ終わっていない)


 この試合、この大会が例え高校生活最後になったとしても後悔のない様に納得のいくプレイをする事を心掛けていた。だが、当然試合はまだ終わっていないので諦めるのは早い。最後までどうなるのかわからないのが野球の醍醐味だ。


 佐藤はネクストバッターである朝居に一言二言告げるとベンチへと戻って行った。


 そしてレンが次に相対する朝居が右打席に入る。


(私達はまだ終われない! 私達は藤院学園なのよっ)


 意地と気合を胸中に滾らせて打席に立つ朝居は鋭い視線をレンへと向ける。


 藤院学園野球部には多大な期待が懸けられている。強豪校たる所以かもしれないが、学校からは勿論、OGや後援会、理事会などから期待を掛けられて優遇もされている。なので当然結果を出さなくてはならない。監督や選手達には相応のプレッシャーが圧し掛かっている事は容易に見極められる。


(睨まれている・・・・・・。まぁ仕方ないか)


 朝居に鋭い視線を向けられているレンは軽く肩を竦めて嘆息する。それも仕方のない事だ。藤院学園側からすればレン達は優勝を阻む壁でしかない。それも突然台頭してきた高校だ。胸中複雑だろう。


(さて、残りワンナウト。気を引き締めていこうか)


 試合終了まで残りワンナウトだ。最後まで気を抜かず、集中力も切らさないで千尋のサインを確認する。

 そしてサインに納得したレンは頷き、一呼吸吐いてから投球モーションに移行した。


『面白そう』『次も読みたい』

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