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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第49話 球速

 九回裏のマウンドにはレンの姿があった。この回からクローザーとして出番が回って来たのである。


『鎌倉学館は選手の交代がありました。代打で出場した可児に代わり、ヴィルケヴィシュテがマウンド登ります。彼女は今大会初登板です。一体どんな投球ピッチングを見せてくれるのでしょうかっ!』

『投手時のヴィルケヴィシュテさんについてのデータはありません。恐らく藤院学園も同じでしょう。これは対応するのは難しいですよ』


 観客席では一人の少女が身を乗り出していた。


「ようやくです」

「そうだね。でもレンさんがクローザーって相手からしたら最悪だよ」


 皐月は瞳を輝かせてレンの姿に魅入って内心高揚しているが、暁羅の眼は確りと溢れ出るオーラを視認していた。


 皐月は野手としてのレンを観る事も好きだが、投手としての姿を観るのも好きなのである。そもそもレン至上主義者である彼女にとっては、どんなレンであっても神々しく映るのだが。


「いずれにせよ、この試合はもう決まりましたね」


 皐月とて野球は最後までどうなるかわからないスポーツだとわかってはいるが、彼女にとって世界はレン中心に回っていると疑う事なく本気で思っているので、レンが登板した時点で試合は決まったも同然だと当然の様に思っていた。


 そんな皐月の姿を見て暁羅は何を言っても無駄だと身に染みてわかっているので何も言わずに肩を竦めるにとどめた。


◇ ◇ ◇


 マウンドで投球練習を行うレンの姿を観察する藤院学園ベンチでは、今の内に少しでもデータを収集しようと注視していた。


「あの投手だったの!?」


 レンの事を全く投手と認識していなかった藤院側は驚きに包まれているが、高橋や小野を中心に冷静に分析すべく話し合っていた。


「彼女は今大会一度も登板していなかったわ」

「そうだね」

「今まで隠していたって事かな?」


 手元のデータを再確認して告げる小野の言葉に頷く高橋の横から両手を後頭部で組んでいる平瀬が呟く。


「いえ、隠せるに越した事はないとは思っていたでしょうけど、恐らく登板する必要がなかったのね」

「クローザーが必要な場面がなかったって事だね」

「えぇ、そうよ」

「なるほど」


 小野の説明に補足を加える高橋。二人の説明に納得した平瀬は再びレンに視線を向ける。


「それにしても速いなぁ~。何キロ出ているんだろう?」


 首を傾げて疑問を口にする平瀬の横から小野が推測を述べる。


「恐らく一四〇キロは出ているわね」

「へ~。全国トップクラスじゃん。しかも彼女一年でしょ?」

「えぇ。一年生よ。速い上にコントロールも悪くなさそうね」


 淡々と告げる小野と、マイペースを崩さない平瀬の二人に近づいて快活に笑いながら声を掛ける者がいた。


「はっはっは。面白いじゃないか。丁度この回は私にも打順が回って来る。好投手と対戦する方が燃えるからなっ! はっはっは」


 両手を腰に当てて笑う佐藤の声にベンチにいる者達の視線が集まる。それぞれ動揺や困惑、驚きといった相様を呈していた者達も、佐藤の笑い声が耳に届いたのだろう。


「そうさ。球が速かろうが、好投手だろうが関係ない。私達は負けない。私達は藤院学園だ。学校の期待やスタンドにいる娘達の分まで背負って戦っている。必ず逆転して、学校に勝利の報告をするぞっ!」


 丁度ベンチが静まったタイミングを見計らって、高橋は一同を鼓舞する様に発破を掛ける。高橋の言葉に気を引き締めた面々は、円陣を組んで気合いを入れて攻撃に臨むのであった。


◇ ◇ ◇


 投球練習を終えて、いよいよレンの初登板である。


(何か今日は肩が軽いな。球が良く走る)


 肩を回して自分の調子が良いと判断したレンは、小細工なしに真っ向勝負する事に決めた。そしてそれは千尋も同じであった。


(今日は一段と球が重い。フォーシーム中心で攻めよう。それで十分打ち取れる)


 先頭打者である高橋が左打席に入る。

 千尋は一瞬高橋へ視線をを向けると、直ぐ様レンへサインを出す。


(フォーシームね。了解)


 サインに頷いたレンは腕を振りかぶって投げ込む。

 レンが投じたフォーシームは、インローに構える千尋のミットに吸い込まれていった。高橋は初球を見送り、千尋はフォーシームを確りと捕球する。良い音を響かせたフォーシームはストライクとなった。


 すると球場はどよめく。


「一四二キロだっ!」

「速いっ」

「全国トップクラスよっ!」

「彼女まだ一年生よね!?」


 計測された急速に驚いたのだ。無理からぬ事だろう。全国に行けば毎年何人かいるが、県大会で無名校の一年生が計測したのである。中々見れる事ではない。


『ヴィルケヴィシュテが投じたフォーシームは何と一四二キロですっ!』

『いやはや、凄いですね』

『これは驚きましたっ。しかも彼女はまだ一年生です』

『一年生のこの時期に既に一四〇キロを越える球を投げられるというのは恐ろしいですね。最近は高校生でも一四〇キロを投げるのはそれほど珍しくなくなりましたが、それでも大抵は三年生時に計測されます』

『そうですね。二年生時に計測されるのも珍しいですよね』

『はい。彼女の将来は一体どうなるのか楽しみですね』


 いくらレンでも常に一四〇キロを出せる訳ではない。クローザーという短く限られたイニングだからこそ、ペース配分を考えずに全力で投げる事が出来るのだ。

 仮に先発だと一四〇キロを出せても数回限りであり、体力も持たずに先発としての役目を果たせずに終わるだろう。


 先発というのは長いイニングを投げるのが前提なので、常にペース配分を考えて力をセーブして投げるものだ。もちろん勝負所では全力で投げるが。


 力をセーブしても抑えられるからこそ先発を任せられるのである。なので好投手は先発か抑えに回される事が多い。後はセットアッパーもだろう。所謂、勝利の方程式を任せられる投手陣だ。

 もちろん適正もあるので、好投手でも中継ぎで輝く者もいるが。


 二球目はインハイにフォーシームのサインを千尋は出す。


(仮に打たれても、簡単には前に飛ばされない)


 良く走っており、尚且つ重いフォーシームならバットに当てられても簡単にはヒット性の打球にはならないと千尋は判断した。


(了解)


 サインに頷いたレンはサイン通りにフォーシームを投じる。

 ストライクゾーンに入っている球に対し、高橋はバットをスイングした。高橋が振ったバットはボールを微かに捉えるも、千尋から見て八時の方向へのファールとなった。


(二球目でもう当てて来るのか。さすがに強豪校の四番を張るだけあるか)


 千尋は高橋に対する認識を改め、警戒レベルをさらに一段と引き上げる。


(だけど次で決める)


 次の三球目で勝負を決めるつもりの千尋がサインを出すと、レンは飄々とした表情で頷いた。

 そしてレンはアウトローへスプリットを投げ込む。

 千尋の構えるミットへ向かっていく球を高橋は打ちに行くべくバットをスイングしたが――


(っ!? フォーシームじゃないっ!)


 ボールはバットの手前で急激に落ちて行き、虚しくもバットは空を切ったのだ。


(くっ。・・・・・・スプリット? 急速は?)


 空振り三振に喫した高橋は一瞬悔しさを滲ませると冷静になり、急速を確認して自分が空振りした球について分析していた。


(・・・・・・一三六キロのスプリット? そんなものフォーシームと見極めるのは困難だ。しかも初見なら尚更)


 高橋はネクストバッターである佐藤に一言二言告げるとベンチへと戻って行った。


『四番高橋は空振り三振に倒れましたっ!』

『最後のスプリットはフォーシームとの球速差が殆どありませんでしたね。あれは中々打てませんよ』

『見極めが難しいという事ですか?』

『はい。そうです。見極めが難しいので、フォーシームだと思ってバットを振ったらスプリットだった何て事になりますからね』

『なるほど。これは藤院学園には厳しい展開かっ!?』


 表情を変える事なくポーカーフェイスを保っているレンへ千尋はボールを返球する。


(ますは一人。焦る事なく一人一人確実に行こう)

(もちろんさ)


 互いに確りと意思疏通出来ているバッテリーは、ネクストバッターである佐藤へと意識を向けた。そして、五番を任されている好打者と相対する。


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