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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第44話 グリーンライト

 八回表の攻撃は九番の春香から始まる場面だが、早織は春香に代打を出し攸樹を打席に送る。攸樹が相対するのは、この回からマウンドに上がっている齊藤だ。齊藤は三回戦で先発しているので連投になる。


『佐々岡さん。藤院学園は齊藤をマウンドに送りました』

『彼女はもう一人のエースですからね。実力は申し分ないですよ』

『対する鎌倉学館も宮野に代わって武内を打席に送ります』

『武内さんは今大会代打成功率一〇割ですので、藤院バッテリーは気を付けなければいけませんね』


 右打席に入った攸樹がバットを構える。


(武内は今大会二度代打で起用されて二回戦ではコールドを決めるタイムリーを、三回戦ではサヨナラホームランを放っている。甘く入ったら確実に安打ヒットにされると思った方が良い。要注意ね)


 打席に立つ攸樹に視線を向けて思考を巡らせている朝居は、考えを纏めると齊藤にサインを出す。サイン交換を終えると齊藤は投球モーションに移行する。

 齊藤が初球に投じたのフォーシームだ。アウトローに投じたフォーシームを攸樹は見送る。見送った球は外に外れてボールとなった。


 二球目はインローにカットボールを投じてくる。

 攸樹はバットを振ってボールを捉えるが、手元で変化したカットボールに芯を外されて三塁側へのファールとなった。


 三球目はアウトロー投じたチェンジアップの緩急にタイミングをずらされ、攸樹は空振りしてしまう。


 四球目はフォーシームでアウトローの外に外れるボール球を投げてきた。


 そして五球目、朝居は齊藤が最も得意にしているスライダーを要求する。サインに頷いた齊藤が腕を振りかぶってスライダーを投げ込む。

 インローに投げ込まれたスライダーは朝居の構えるミットに吸い込まれる様に精確な軌道を描いているが――


(スライダー! 待ってたよっ!)


 攸樹は迷いのない鋭いスイングでボール捉える。速く鋭い打球は三遊間を抜けてレフト前へと飛んで行き、レフト前ヒットとなった。


(良しっ! 狙い通り)


 一塁ベースを踏み締め、腰の辺りで右手の拳を握りしめてガッツポーズをする攸樹は見事出塁した。


『武内、レフト前ヒットを放ちました。これで武内は今大会代打で起用されて全て安打ヒットを放っています』

『これは凄いですね。恐らく齊藤さんが投じたスライダーを初めから狙っていましたね。お見事でした』

『正に代打の切り札です』


 攸樹に安打ヒットを打たれ、朝居は齊藤に見えない様に顔を歪めて悔しがる。


(武内に安打ヒットを打たれてしまったけれど、後続を絶てば問題ない)


 直ぐに気持ちを切り替えた朝居は、ネクストバッターの慧に意識を集中する。


 打席に立つ慧は、ベンチにいる早織に顔を向けてサインを待つ。


(これは難しい場面ですね。手堅くバントでランナーを進めるのもありですが、進藤さんならゲッツーにはならないでしょう。ここはヒッティングで、厳しそうなら進塁打で構いません)


 慧の足ならゲッツーは防げると判断した早織は、ヒッティングのサインを出した。


(バントは無しか。了解っ)


 早織のサインを確認した慧はバットを構える。


 バットを構える慧に視線を向けた朝居は数瞬思考を巡らせ、考えを纏めると齊藤にサインを出す。


(焦らずアウト一つ一つを確実に取って行こう)

(はい。了解です)


 サインに頷いた齊藤が投じたのはスライダーだ。

 アウトローに投じたスライダーは、ストライクゾーンの際どい所を通過した。慧は見送る事しか出来ず、カウントはストライクとなった。


「ナイスボール!」


 齊藤にボールを返球する朝居は声を掛けるのも怠らない。


 一度バッターボックスを外れて数度素振りをした慧がバッターボックスに入るのを見届けると、朝居は二球目のサインを出す。


 二球目はフォーシームをアウトローの外に外れるボール球を投げてボールとなった。


 三球目はインロー投じられたスクリューを慧は空振りしてしまう。


 そして四球目、慧はアウトローに投げ込まれたカットボールを打ち返すが、詰まらされてしまい三遊間に転がされてしまう。打球を遊撃手の茂木が確りと捕球して二塁に送球する。二塁へと走っていた攸樹はアウトとなる。捕球した二塁手の平瀬はすかさず一塁へと送球するが、既に慧は一塁ベースを駆け抜けていた。

 慧はショートゴロとなり、走者ランナーが入れ替わりアウトを一つ献上する結果になってしまった。


(速やぁー)


 平瀬は慧のあまりの俊足ぶりに驚きを通り越して呆れていた。


(あれは仕方ない。アウト一つ取れたから十分よ)


 ゲッツーには出来なかったが、慧を凡打にしアウト一つ奪えたのは朝居の計算内だ。ただ一つ問題があるとすれば、アウトを一つ奪えたが、走者ランナーが入れ替わった事だ。一塁走者ランナーだった攸樹はチームいちの鈍足だが、代わりに一塁走者ランナーになった慧はチームいちの俊足だ。どちらの方が嫌かと問われれば、誰しもが後者と答えるだろう。


(んー。進塁打にも出来なかった・・・・・・)


 ゲッツーは免れたが、期待に応える仕事をこなせなかった慧は少し肩を落として溜め息を吐いた。


(こうなったら進塁打時と同じ状況を作るしかないよね)


 気持ちを切り替えた慧は集中力を高める。


 ネクストバッターである飛鳥が打席に入ると、藤院バッテリーはサイン交換を行う。


(まずは一球牽制しておくべきか、しない方が良いか・・・・・・)


 悩んだ末に朝居は、慧の足を警戒してピッチアウトのサインを出した。

 サインに頷いた齊藤がストライクゾーンを大きく外したボールを投げると、朝居は外側に立ち上がって捕球した。


 朝居が牽制するべきか悩んだのは、牽制は必ずしも有効だとは限らないからだ。

 牽制は走者ランナーに大きなリードをさせない為や、牽制を警戒して盗塁をしずらくさせる効果があるが、牽制をする事で走者ランナーに間合いを測られてしまうのだ。牽制される事で、「ここまでならリード出来る」と判断されてリードが大きくなる事もあり、その上牽制のフォームを真横で研究されてしまう。なので朝居は牽制するかしないかで悩んだのである。


(動く気配はない・・・・・・)


 慧の動きがない事を確認した朝居は二球目のサインを出すが、齊藤は自分の判断で牽制をした。投手ピッチャー心理として牽制を挟んでおきたかったのだろう。走者ランナーからプレッシャーを感じて嫌だったのだと思われる。


(齊藤、走者ランナーが気になるのね)


 牽制した齊藤の判断を否定する訳ではなく、理解を示す朝居は改めてサインを出す。


 牽制された慧は確りと一塁へと戻り、一塁手の佐藤が齊藤にボールを返球すると再びリードする。


(まだいけるね)


 先程よりも大きくリードする慧を見て、齊藤は再び牽制した。


 一塁に戻り再度リードすると、慧は先程よりも半歩程更にリードを大きくする。


(まだリード大きくするのっ!?)


 心底嫌そうな表情を浮かべる齊藤の姿を目にした朝居は、拳をミットに叩きつけて音を響かせる。


 音が届いたのか朝居に顔を向けた齊藤は、マスクに隠れた朝居の顔を見た。


走者ランナーは気にしなくて良いわ。打者バッターに集中しましょう。大丈夫。齊藤なら打ち取れる。自信を持ちなさい)


 朝居の力強い眼を視認した齊藤は、一度ロージンバッグを手にして心を落ち着かせる。


(すみません。もう大丈夫です)

(それで良いのよ)


 一息吐いて気持ちを切り替えた齊藤は、朝居のサインに目を凝らす。サイン交換を済ませると、齊藤は投球モーションに移る。


 すると慧がスタートを切り、盗塁を仕掛けた。


 齊藤は慧がスタートを切るのを視界に収めているが、構わずにフォーシームをインローに投げ込んだ。

 ボールを捕球した朝居はすかさず二塁へ送球するも、間に合わず慧はセーフとなった。


(ふーっ。これでちゃらにしてほしいな)


 盗塁を成功させた慧は、進塁打時と同じ状況を作り凡打を清算した。


 早織は盗塁のサインを出してはいなかったが、そもそも慧には盗塁のサインは本当に必要な時しか出さないと事前にミーティング時に話している。慧は塁に出たら常にグリーンライトで良いと認めらているのだ。


 グリーンライトとは「青信号」を表しており、「盗塁出来そうだったら、いつでもノーサインで盗塁しても良い」というものである。もっと簡単に言えば、「行けたら、行っていい」という事だ。


 通常ベンチから盗塁のサインが出て、そこで盗塁をするというのが一般的だが、走力のある選手、盗塁成功率の高い選手の場合には、グリーンライトが与えられ自分の好きなタイミングで盗塁する事が許される。グリーンライトを与えられる為には、首脳陣――高校では監督――に走塁面で認められる必要がある。


 グリーンライトは誰にでも与えられる物ではない。全員に与えてしまえば、好き勝手なタイミングで盗塁をしてしまい、作戦が成り立たなくなってしまう。


 なので、慧は早織に走塁面で絶対的な信頼を得ている証拠である。

 ちなみに鎌倉学館でグリーンライトを認められているのは、慧とレンの二人だ。


 ワンナウト、二塁となり、飛鳥は五球目のインハイへのシュートを打ち上げてしまい、セカンドフライに倒れてツーアウトとなる。


 三番のレンは四球フォアボールを選び出塁し、ツーアウト、一塁、二塁のチャンスの場面で打順が回ったのは四番の涼だ。


(この場面で四番、主将キャプテンの私が打たなくては面目が立たない。絶対に打つっ!)


 一呼吸吐いて気合いを入れる涼がネクストバッターズサークルから打席へと歩を進める。打席に入り、バットを構える涼の集中力は高まっていた。


 そして涼の打撃バッティングが始まる。


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