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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第43話 球数

 時間を少々遡り春香が朝居と対峙している頃、藤院学園ベンチでは佐藤が小野に尋ねていた。


「最後の球シュートぽかったけど、データあった?」


 自分が犠牲フライを打った時に春香が投じた球がシュートだと判断した佐藤は、事前に行ったミーティングでは聞かされていなかった球種だったので疑問に思ったのだ。


「いえ、ないわ。二回戦でも投げていなかったわ」

「という事は、今日まで隠していたって事かな?」

「恐らくね」


 何とか犠牲フライには出来たが、個人的にはフォーシームなら完璧なタイミングだったと思っている佐藤は、相手バッテリーの方が一枚上手だった事を理解した。


「もしかしたら、まだ隠している球種があるかもしれないから気を付けて」

「了解」


 小野の言う通り、春香はまだ今大会一度も投げていない球種がある。鎌倉学館としては、まだ隠し球があるかもしれないと相手に思わせる事が出来るだけでもプラスになる。相手は余計に神経を割かなくてはならないからだ。


「何にしても、ナイス犠牲フライだったわ」


 小野に労われた佐藤が打席に立つ朝居に視線を向けた時、ちょうど打球を捉えた瞬間だった。


「センター前行ったんじゃない?」


 ベンチから身を乗り出して打球の行方に目を凝らすと、鎌倉学館の華麗なダブルプレーを目撃する羽目になった。


「・・・・・・あれは仕方ないわね」

「そうだね。相手を褒めるしかないよ」


 折角の追加点を奪うチャンスだったが、脱帽するしかないプレーに溜め息を吐いて肩を落とす。


「嫌な流れね」


 相手に流れが移ろうとしている状況に、小野は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。


 気落ちするベンチで監督と高橋が鼓舞する様に言葉を掛けて一同を奮起させ、次の回の守備に向かって行った。



◇ ◇ ◇


 特に動きがないまま試合は進み、現在は七回裏まで進んでいた。

 五回と六回は隠していたチェンジアップも使って抑えていたが、この回の先頭打者は高橋である。前の打席は敬遠したが、今回は走者ランナーもいないので真っ向勝負する。


 千尋は初球のサイン出す。


(初球はインローにフォーシームを)

(了解)


 サインに頷いた春香は腕を振りかぶった。春香が投じたフォーシームは、千尋の構えたミットに寸分違わずに吸い込まれて行った。

 高橋はバットを振る事なく、見送りってストライクとなる。


 二球目はアウトローにチェンジアップを投げ込んだ。

 タイミングをずらされた事により高橋は若干体勢を崩されるが、バットにボールを当てて三塁側へファールを打った。


 三球目はインハイから高目に外れるボール球を投げて、ワンボール、ツーストライクとなる。


そして四球目、アウトローにシュートを投じたが――


(まずいっ!)


 千尋のリードより少々甘くなったシュートに対し、高橋は迷う事なくバットを振り、鋭いスイングでシュートを捉える。


 千尋の直感が当たり、打球は綺麗な放物線を描いてセンター方向へと飛んで行った。


(これは入ったな)


 中堅手であるレンは、誰がどう見てもホームランである打球を追い掛ける事なく、打球を見上げる事しか出来なかった。そして打球はバックスクリーンに直撃した。


 悠々とベースを回る高橋は、拳を握ってガッツポーズをしている。


 これで二対二となり、振り出しに戻されてしまう。


 ベンチに戻った高橋を盛大に迎えている藤院学園の面々を尻目に、千尋はタイムを取りマウンドへと向かい、内野陣も集まる。

 

「ごめんなさい。甘くなったわね」


 ホームランを打たれたシュートが甘く入った事を自覚していた春香が肩を落とす。


「仕方ないさ。切り替えよう」


 ハンカチで汗を拭う春香の尻をグラブで軽く叩いて、鼓舞する様に涼が声を掛けた。


「守宮さん。シュートは制御するの厳しいかもしれないわ」

「体力的にですか?」

「えぇ」


 球数も増えて体力的に厳しくなってきた状況で、まだ習得して日の浅いシュートをコントロールするのは難しくなってきたと言う春香の言葉を受けて、千尋はリードを考え直す必要があると思案する。


「わかりました。鈴木さんと加藤が肩を作っているので、この回で全てを出し尽くすつもりでいきましょう」

「そうね。わかったわ」


 千尋はブルペンに視線を向けて言葉を紡いだ。その言葉に納得した春香は気を引き締め直す。


『佐々岡さん。高橋がホームランを放ち、振り出しに戻しました』

『そうですね。宮野さんの投げたシュートが甘くなったのを見逃しませんでしたね』

『高橋は高校通算三〇本目のホームランです! 見事なホームランでした』

『宮野さんは球数が一〇〇球に差し掛かろうという状況で厳しいとは思いますが、良く頑張っていますよ』

『確かに、藤院学園という強豪校を相手にしているので相当なプレッシャーを感じている事でしょう』

『えぇ。身体的にはもちろんですが、精神的にも疲労が溜まっていると思います。踏ん張り所ですね』


 マウンドに集まる面々を見守る早織が、記録員を務める瞳に声を掛ける。


「小林さん。宮野さんの球数はいくつですか?」

「九七球です」


 瞳は間違いのない様にスコアブックに目を通してから、春香の現在の球数を告げた。


「そうですか。可児さん、鈴木さんにいつでも行ける様にと伝えてください」

「わかりました」


 数瞬思案した早織は、マウンドから視線を外さずにベンチにいる純に伝言を頼む。純は亜梨紗とキャッチボールしている真希の元へと駆け出した。


「この回は投げきってほしいですが・・・・・・」


 表情を変える事なく呟いた早織の言葉は、誰の耳にも届かなかった。


 その後は佐藤にヒットを打たれ、朝居が送りバントで走者ランナーを二塁に進めた。長野を浅いライトフライに打ち取るも、八番の川岸の場面で打撃全振りだと思われる三年生が代打で登場してツーベースヒットを打たれてしまい、勝ち越されてしまう。後続の伊藤をセカンドゴロで打ち取り、スリーアウトとなるが二対三となってしまった。


 勝ち越されてしまったが、春香は何とか七回を投げきり一点差で凌いだ。ベンチに戻る最中さなか、春香を労う様に各々声を掛けていく。


 そして、逆転された状況で試合は終盤へと突入する。


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