第42話 敬遠
鎌倉学館の二回表の攻撃は、セラがセンターライナー、恵李華はサードゴロ、千尋は三振に倒れて三者凡退に終わった。
二回裏の守備は、高橋にレフト前ヒットを打たれるも、佐藤をセンターフライに、朝居を三振に、長野をショートゴロに打ち取った。
三回表の攻撃は、静がセカンドゴロ、春香がショートゴロ、慧が三振に終わり、再び三者凡退に倒れてしまう。
三回裏の守備は、川岸をサードフライ、伊藤をセカンドゴロ、茂木をライトフライに打ち取った。
そして打者一巡して迎えた四回表の攻撃は、二番の飛鳥から始まる。
打席に入った飛鳥は四球目のフォーシームを捉えてセンター前ヒットを放つ。続く三番のレンは三球目のシンカーを捉えるも、二塁手の平瀬がジャンピングキャッチを行った好捕によりセカンドライナーに倒れてしまう。四番の涼は二球目のシュートを捉えてレフト前ヒットを放ち、ワンナウト、一塁、二塁になった。チャンスの場面で打席に立った五番のセラは四球を選び出塁。そして満塁で打席に入った恵李華は六球目のカットボールを捉えてライトフライを放ち、タッチアップにより飛鳥がホームに還って二点目を追加した。二塁走者だった涼もタッチアップで三塁に進塁している。チャンスが続く中打席に立った千尋は四球目のスライダーを流し打ちしたが、ファーストゴロに倒れてスリーアウトとなってしまった。
『佐々岡さん、鎌倉学館が追加点を奪いました』
『そうですね。藤院学園の川岸さんはムラのある投手で、この回はあまり良くなかったですね』
『鎌倉学館はその隙に付け入る事が出来た訳ですね』
川岸はムラがあり、良い時と悪い時の差が激しい。試合中にも波があるので捕手はリードが大変であろう。調子の良い時は手が付けられないが、悪い時は苦戦する。だが、強豪でエースを張っているだけあり、悪い時でも大崩する事はあまりなく、最低限の仕事は確りとこなしている。
四回裏の守備は、先頭打者である平瀬に四球目のフォーシームをセンター前ヒットにされてしまい、三番の鈴木には四球を与えてしまう。ノーアウト、二塁、三塁の場面で相対するのは四番の高橋だ。
千尋はタイムを取り、マウンドへと向かう。
「敬遠しましょう」
「そうね。了解よ」
臀部にあるポケットから取り出したハンカチで被っていたキャップを取って額に浮かぶ汗を拭う春香に高橋を敬遠しようと告げると、彼女は異議を唱える事なく了承した。
失点はもちろんの事、逆転される可能性もある場面で四番の高橋を敬遠し、後続の打者を打ち取る事にしたのだ。後続の打者も好打者揃いだが、高橋と比べると幾分かマシな部類に入る上に、満塁の方がゲッツーもし易いので守り易い。その事を確りと理解している春香は、千尋の提案に納得したのである。
「バットの届かない位置まで確り外してください」
「わかったわ」
バットの届く位置に敬遠すると打者が打ちに行く可能性も捨てきれないので、確実に外しに行く必要がある。
千尋が自分のポジションに戻りプレーが再開されると、千尋はストライクゾーンから大きく外れた位置に立ち上がってミットを構え、春香は敬遠球を投じる。
『鎌倉学館バッテリー、高橋に対して敬遠を選択しました!』
『塁を埋める様ですね。上手く行けば失点を防げますが、失敗すれば大量失点のリスクもあります』
『果たしてバッテリーの選択は吉と出るか凶と出るか、見所です!』
高橋に敬遠球を四球投げて歩かせると、ネクストバッターである五番の佐藤と相対する。
千尋は初球のサインを春香に出す。
(スライダーをアウトコースに)
(了解よ)
サインに頷いた春香は、一息吐いて呼吸を整えてから投球モーションに入る。
春香の投じたスライダーは、ストライクゾーンの際どい所に向かって行く。佐藤はバットを止めて見送る。球審の判定はストライクだ。
千尋は続く二球目には、フォーシームをアウトローの外に外れた位置にミットを構える。
(フォーシームでボール球をください)
春香は千尋の要求通りにボール球を投じる。佐藤は余裕を持って見送った。判定は当然ボールとなる。
三球目には再びアウトローにスライダーのサインを出す。
(ボールでも良いので際どい所に来てください)
(了解)
千尋の構えるミット目掛けて投じたスライダーに対し、佐藤はバットを振りに行った。
佐藤がバットでボールを捉えると、打球は一塁側へとファールとなる。これでカウントは、ワンボール、ツーストライクだ。
そして四球目、千尋はサインを出してインローにミットを構える。
春香はサイン通り、シュートをインローに投げ込んだ。
千尋の構えるミットに吸い込まれる様に向かって行くシュートに対し、佐藤はバットをスイングした。
(っ!? フォーシームじゃない? ・・・・・・構うもんか!!)
二回戦でも今日の試合でも一度も投げていなかった球種に一瞬戸惑った佐藤だったが、構わずに力一杯バットを振ってボールを捉える。捉えた打球は高い弾道でレフト方向に飛んで行く。
(詰まらせてもそんなに飛ばすのか・・・・・・)
千尋の思惑通り詰まらせる事には成功したが、打球は外野まで飛んで行った。
左翼手である恵李華は、千尋から見て一〇時~一一時の方向にやや後退して打球の落下地点に移動する。
(犠牲フライには十分な距離、一失点は仕方ない。許容範囲。大事なのは後続を絶つ事)
千尋の言う通り犠牲フライには十分な距離だ。その上三塁走者の平瀬は俊足である。
恵李華が打球を捕球すると、平瀬はタッチアップを仕掛けた。それを視界に収めている恵李華は、中継に入る慧に送球する。ボールを受け取った慧は、そのままボールをミットに収めたまま送球する事はなかった。
慧が本塁にいる千尋に送球しても間に合わない事は明白だったので、送球はしなかったのである。無理に送球して、ボールが逸れたり溢したりでもしたら走者に進塁されてしまう可能性がある。最悪本塁に還してしまう事も有り得る。なので、リスクを負わずに送球しなかったのだ。
『藤院学園は佐藤の犠牲フライで一点返しましたっ!』
『宮野さんが投じたのはシュートでしたかね? 今大会は一度も投げていなかった球種でしたが、佐藤さんは詰まりながらも良く外野まで運びましたよ。力ずくで持って行きましたね』
『佐々岡さん。これは鎌倉学館バッテリーの敬遠策は失敗でしょうか?』
『いえ、まだわかりませんよ。アウト一つ取れましたし、あの場面で一失点は許容範囲でしょう。重要なのは後続を抑える事です』
『なるほど。後続を絶てれば、敬遠策は成功と見て良いのですね?』
『はい。私はそう思います』
藤院学園のクリーンナップ相手に一失点なら上々だろう。大事なのは相手に追加点を与えない事だ。
ワンナウト、一塁、二塁となり、打席入った六番の朝居を迎え撃つ。
朝居には三球目のスライダーを打たれてしまうが、センターに抜けるかという打球をダイビングキャッチで捕球した飛鳥は、そのままグラブトスで慧にボールを送る。グラブを使わずに右手でボールを掴んだ慧は二塁ベースを踏むと、直ぐ様一塁へと送球した。一塁手のセラが確りと捕球して、ゲッツー成立だ。
(何それ!? ヒット性の辺りだったのに、結果ゲッツーって・・・・・・)
一塁へと懸命に走っていた朝居は、ガックリと肩を落とす。
鎌倉学館の華麗な守備に球場は大いに盛り上がっている。
『四ー六ー三の見事なダブルプレーですっ! 佐々岡さん、とんでもないプレーが飛び出しましたっ!!』
『ははっ。高校野球で見られるプレーではありませんね。プロでも滅多に見られませんから』
『今の守備を見せられると、藤院学園としてはプレッシャーになりますよね?』
『そうですね。ヒット性の当たりをアウトにされてしまう可能性があるとわかれば、少なくとも二遊間には打ちづらくなりますからね』
『それにそしても見事な守備でした。観客も盛り上がっております』
ピンチを防いだ鎌倉学館の面々は、互いに労い合いながらベンチへと戻って行く。
「みなさん、良く凌ぎました。このまま粘り強く行けば、相手がいくら強豪でも段々焦ってきます。そうなればこちらのペースも同然です。なので焦らず冷静に、しぶとく行きましょう」
ベンチで生徒達を迎えた早織が二度手を叩き、鼓舞する様に声を掛けた。
早織の言葉を耳にした面々は、先程の守備で高まった感情を引き締めて、心は熱く、頭は冷静にして攻撃の準備の取り掛かる。




