第38話 藤院学園
レン達が藤院学園についてのミーティングをしている頃、藤院学園でも鎌倉学館についてのミーティングを行っていた。藤院学園の分析班リーダーである小野映美が中心となって情報を共有する。各自に配布した資料を観ながら解説をしていく。
「まず始めに言っておくわ。鎌倉学館は強敵よ」
開口一番に小野が真剣味を帯びた表情で告げる。
「皆も知っての通り、椎名や市ノ瀬がいるのはもちろんだけれど、全体的に能力の高い好プレーヤーが揃っているわ」
小野は選手登録されている二〇人を中心に見回してから、続きの台詞を口にする。
「鎌倉学館は部員数が少なく、今回選手登録されているのは一四人よ。その内一二人は試合に出場しているわ。残念ながら残りの二人については情報不足ね。背番号一一番の加藤の方は中学時代には野球部に所属していた様でデータが少し残っていたわ。各自確認しておく様に。一四番の可児の方は、ボクシングをやっている同姓同名の人物がいたけど、確かな情報がなく同一人物かはわからなく、情報が全くなかったわ」
困った表情を浮かべる小野は、気を取り直してテレビとレコーダーのリモコンを操作する。
「わからない事は仕方ないので一旦置いてくわ。私が思うに鎌倉学館の最大の特徴は機動力ね。実際に観た方がわかり易いわ」
映像は、盗塁、走塁、内野安打、タッチアップなどの足を使った場面を選別して流している。
「背番号四番、六番、七番、八番、九番は塁に出ると積極的に盗塁を仕掛けてくるわ」
「なぁ、映美」
「何? 由子」
映像を観ていた高橋が画面に視線を向けたまま、小野の名前を呼んだ。
「私の気のせいじゃなければ、この六番速過ぎないかな?」
高橋は映像に映る慧の事を指差しながら、首を傾げている。
「六番の進藤ね。それは気のせいじゃないわ。正直言って彼女の足は異次元よ」
小野は一度茂木に視線を向けてから、高橋に視線を戻して口を開く。視線を向けられた茂木は不思議そうな表情を浮かべていた。
「皆がイメージしやすい様に茂木と比べて説明すると、四番の椎名は茂木と殆ど同じくらいで、七番の杉本はほんの少し茂木の方が速い。九番の佐伯は茂木より少し速いわね」
小野は藤院学園のリードオフマンである茂木と比べる事で、イメージし易いと思ったのだろう。
そこまで説明すると、一度溜め息を吐いてから、続きの説明をする。
「そして、八番のヴィルケヴィシュテと進藤はレベルが違うわね」
「レベルが違う?」
「えぇ。ゲーム的にアルファベットで表すと、恐らく茂木や平瀬はBになると思うわ。だから、椎名、杉本、佐伯もB表記になると思う。そしてヴィルケヴィシュテはAで、進藤はSね」
「なるほど。わかりやすい」
「これを観たら異次元さがわかると思うわ」
小野はリモコンを操作して、目当ての映像を流す。
「は?」
「え?」
「何これ・・・・・・」
「・・・・・・有り得ない」
映像を観た面々は驚愕、唖然、呆然としている。
「進藤は何の変哲もないセカンドゴロを内野安打にしているし、盗塁もスタートをミスしているにも関わらず成功させている。投手は確りとクイックをしていて、捕手の送球にも何の問題もないのによ。自分の目を疑うわ」
ボテボテのゴロでも、高いバウンドでもなく、二塁手はほぼ定位置にいるにも関わらず、何の変哲もない普通のセカンドゴロを内野安打にしている場面や、盗塁時にスタートのタイミングをミスして、多少遅れても成功させている慧の走力に、夢でも見ている様な感覚にさせられている。
「彼女を塁に出させてはいけないわ。打ち取るなら三振かフライが理想よ。良と京は確りと頭に入れておく事ね」
小野に話を振られた朝居と川岸は頷いた。
「恐らく上位打線は変わらず来るわ。下位打線は弄って来る可能性もあるわね」
「先発はこの一番の宮野かな?」
高橋は配布された資料に記載されている春香の欄を指差しながら小野に尋ねる。
「そうね。今のところ四人の投手の内、登板しているのは三人で、三回戦で先発した市ノ瀬と宮野の二人が先発二本柱、鈴木が中継ぎや谷間の先発を努めているといった感じね。三回戦で市ノ瀬が投げている以上、次は宮野で来ると思うわ」
小野は鎌倉学館の各選手についての特徴を次々と説明していった。
一通りの解説が終わると高橋は立ち上がり、一同を見回して鼓舞する様に言葉を紡ぐ。
「良いか? 相手は無名校だが、油断、慢心する事なく、対等以上の相手だと思って試合に臨むよ」
そこまで言葉を口にすると、高橋は一度小野に視線を向けてから再び口を開く。
「映美の様に怪我で断念した者や、二〇人の枠に入れなかった者達の思いを背負って私達は戦うんだ。油断や慢心などしている暇などないし、何より映美達や相手校にも失礼だ。藤院学園を代表する者として責任感を持ち、堂々と胸を張って勝とう」
小野は春まで背番号一〇番を背負う投手だったが、残念ながら怪我を負ってしまい、高校最後の夏は断念する事になった。なので、今大会は偵察、分析を主に担当し、試合には記録員としてベンチに入りチームを支えている。本人は大学で野球を続けるつもりだ。
「相手は強い。それを絶対に忘れるな」
高橋の締めの言葉に一同は確りと頷き、気を引き締めていた。




