第37話 団結
四回戦が二日後に迫った日に鎌倉学館野球部一同は、ミーティングルームに集まっていた。
瞳が集めた藤院学園のデータを共有するためだ。
瞳が作成したアプリを各自自分の携帯端末にインストールし、いつでも好きな時に目を通せる様になっている。アプリには対戦校のデータや、自分達の試合成績、野球部のスケジュールなど、様々なデータが随時更新されている。
各自自分の携帯端末で藤院学園のページを開いて目を通し、瞳がホワイトボードに書き込み説明をする。
「まず藤院学園ですが、皆さんご存知の通り、強敵です」
瞳がホワイトボードに次々と書き込んでいく。
「藤院学園は、神奈川五強と言われている内の一校です。甲子園には春、夏共に六回ずつ出場しており、多くのプロ選手を輩出しています」
ホワイトボードに大きく書かれた、神奈川五強、甲子園、春、夏六回ずつ出場という文字に、わかってはいても、改めて相手が如何に格上であるかを理解させられる一同。
対して鎌倉学館は、甲子園出場〇回、プロ輩出無し。成績も過去に三回戦まで進出したのが最高だ。なので、既に鎌倉学館野球部史上の未踏領域に足を踏み込んでいる事になる。
「そして私が調べた限りでは、プロ注目の要注意選手が九人もいます」
プロ注目の選手が九人もいると告げた瞳の言葉に場が静まり返り、誰かが唾を飲み込んだ音が聞こえる。
「もちろん、他の選手にもプロのスカウトは目を光らせていますし、大学や社会人などのスカウトも同じです。強豪校なので当たり前ですが」
瞳はそこまで口にすると、ホワイトボードに書かれた文字を全て消した。
「それでは、特に注意すべき九人の選手を紹介しますね」
黒色のペンを右手で握り、一人目の選手についての情報を書き込みながら説明をしていく。
「まず一人目は、三年生で主将の高橋由子さんです。高橋さんは右投げ左打ちで、チームの主砲として四番を任されています。ポジションは右翼手ですね」
「高橋は私も知ってるな」
「少なくとも神奈川で野球をやっている娘なら知らない人はいないと思うわよ」
高橋の名前を耳にした涼は自分も知っていると言うが、春香の言う通り、知らない人の方が希少であろう。レンとセラの様に海外で生活していた人や、純の様に高校まで野球をしていなかった人など、一部の例外を除いては。
「私より椎名先輩の方が詳しいかもしれませんが、高橋さんの特徴を説明しますね。椎名先輩は何か補足があればお願いします」
「私もそこまで詳しい訳じゃないけどね。知っているのは三年前の高橋さんだし」
瞳が飛鳥に視線を向けると、飛鳥は若干困った表情を浮かべて軽く頬掻く。
「椎名さんは、中二の時にU―一五で一緒だったからね」
飛鳥の名前が出た事に戸惑いを浮かべていた面々の中で、千尋が瞳の言葉を補足する様に呟いた。
千尋の言う通り、飛鳥は中学二年生の時に、U―一五日本代表で高橋と共に戦っている。高橋は当時中学三年生だった。
千尋の言葉に納得した一同の様子を見て、瞳が高橋の選手としての特徴を説明する。
高橋は「天才」と称される事もある高い打撃技術と天性のタイミングの取り方を持ち味としている。右足を高く上げる一本足打法でどんなボールにもフォームを崩さずに安定した対応ができる柔軟さを併せ持ち、多少のボール球でも安打を放つ事が出来る技術を誇る。ファウル打ちの技術にも優れ、外角の球にも強く広角に打球を打ち分ける技術を持つ。高校通算二九本塁打を記録している。
守備ではフェンスへの衝突を恐れない積極的なプレイを見せ、送球面では遠投一二〇メートルの強肩と精確さを併せ持ち、加えて捕球してから送球するまでの流動性も特徴である。
足もそこそこ速く俊足を誇っているが、盗塁数は少なく、苦手にしている。
「高橋さんについては以上になりますが、椎名先輩、どうですか?」
一通り高橋についての説明をした瞳は、補足や訂正がないか飛鳥に尋ねた。
「そうだね。打撃に関しては正に天才って言葉が当てはまると思うよ。ホームランバッターと言うよりは、ホームランも打てるアベレージヒッターって感じかな」
飛鳥の補足を聞いた涼が、高橋への対応策を思案する。
「なるほど。高橋の前にランナーを出さない事が重要だな」
「そうですね。敬遠も視野に入れるべきだと思います」
高橋の前にランナーを出さない事が重要だ。仮に高橋に安打を打たれたとしても、ランナーがいなければ失点する事はない。なので、高橋を抑える事はもちろんだが、高橋の前の打者である、一、二、三番を出塁させない事が重要だ。
瞳の言う通り、高橋を敬遠するために、尚更ランナーを溜めない事だ。満塁の場面で高橋を向かえた場合、安易に敬遠出来なくなる。
「二人目は、三年生で副主将の平瀬恵子さんです。右投げ左打ちで、主に二番を任されています。ポジションは二塁手です」
平瀬は主に二塁手で起用されているが、遊撃手、三塁手、外野手としても起用されるユーティリティーな選手だ。ダイビングキャッチや走塁時のヘッドスライディングなど思い切りの良いプレーを持ち味としている。
小柄ではあるが、粘り強さと速球に負けないパンチ力を備えており、三振が少ない。左打ちでありながら左投手に強い傾向があり、右投手よりも左投手相手の方が打率が良い。また、バントも上手く、器用さも持ち合わせている。
俊足の持ち主だが、盗塁数は少ない。だが、打った後の走り出しが速く、内野安打を記録する事が多い。また、肩も強く、高い身体能力を有している。
「三人目は、三年生の佐藤貴実さんです。右投げ右打ちの五番打者で、ポジションは一塁手です」
佐藤は右手で確りとボールを押し出しているため、左右に強い打球を運ぶ事が出来る長打力を持ち味としており、チーム一のパワーヒッターである。
ファースト以外にも左翼手と右翼手も守れる。守備は堅実であり、不得手としておらず、走力も平均レベルだ。
「四人目は、三年生の朝居良さんです。右投げ右打ちで、主に六番を担当する事が多いです。ポジションは捕手ですね」
朝居は初球や早いカウントから仕掛ける思い切りの良いスイングが特徴だ。反面、四球を選ぶ事は少ない。安打の内、二塁打、三塁打の割合が比較的多い中距離打者である。
盗塁阻止率八割超の強肩の持ち主だ。
「五人目は、三年生でエースの川岸京さんです。右投げ右打ちで、打順は試合によって、七番~九番で起用されます」
川岸は右のサイドスローで、一三〇キロ台のフォーシームに、カットボール、スライダー、シュート、シンカー、フォークを投げる。打者に向かっていく姿勢と強心臓が武器であるが、その性格が空回りする時もある。
「六人目は、二年生の鈴木比呂さんです。右投げ左打ちの三番打者で、ポジションは三塁手ですね」
鈴木はコンパクトなスイングで安打を放つバットコントロールが持ち味である。失投を見逃さずに打つ事が出来、またバントも上手い。
三塁手以外にも、二塁手、遊撃手、一塁手、左翼手、捕手もこなせる。内野手にしては守備範囲が狭いが、堅実で安定したプレーが持ち味だ。肩も強くはないが、一塁以外の内野で守備に就いた場合には、一塁への送球が概ね精確である。
「七人目は、二年生の茂木佐栄子さんです。右投げ左打ちで、主に一番を任されています」
茂木は一番打者としての純粋な足の速さはもちろんの事、非常にベースランニングが上手い。ホームランも打てる長打力と、広角に打てるバッティングコントロールも備えている。
遊撃手の他に三塁手も守れ、俊足を生かした守備範囲の広さが特徴だ。
「八人目は、二年生で二番手投手の齊藤昌未さんです。左投げ左打ちのサウスポーですね」
齊藤は左のスリークォーターから、一三〇キロ台のフォーシームや、スライダー、スクリュー、チェンジアップ、カットボール、カーブを投げる。最も売りにしているのはスライダーだ。
「九人目は、一年生の森景堵さんです。右投げ左打ちです。一年生という事もあり控えですが、強豪校で一年生ながらメンバー入りしている事から、相応の実力があり、期待もされているのでしょう」
森は昨年のU―一五日本代表メンバーで、澪と共に世界で戦った選手だ。
ポジションは遊撃手である。打撃良し、足良し、守備良しと三拍子揃った逸材だ。むしろ、長打力もあり肩も強いので、五拍子揃っているとも言える。
レン世代の良きライバルになる事だろう。
「以上になります。強豪校に相応しく、他にも良い選手が揃っているので気を付けましょう」
瞳の説明が終わると、一同は黙り込む。戦力差の違いを改めて認識したのだろう。
「四回戦は二日後に迫っていますが、それまでに出来る事を精一杯やりましょう」
早織が立ち上がって生徒達に向かって声を発した。一同に視線を回すと、続きの台詞を口にする。
「勝てる可能性が有る限り粉骨砕身頑張るのみです。三年生にとっては最後になるかもしれない試合です。勝っても負けても悔いが残らない様に最善の準備をし、全力を尽くしましょう」
発破を掛ける言葉を投げ掛けられた生徒達は、気を引き締め、やる気に満ち溢れた表情を浮かべる。
レン、セラ、澪、千尋、飛鳥の五人は普段と変わらない雰囲気だったが、彼女らも彼女らなりに闘志を燃やしている様だ。
「先生の言う通りだ。皆、私と春香が一つでも先の景色を眺められる様に、力を貸してくれ。私もお前達に少しでも上の舞台を経験させる事が出来る様に全力を尽くす」
涼が立ち上がって胸の前で右手の拳を握り、モチベーションを高める様に言葉を紡ぐ。
「そうね。私ももう少し皆と一緒に野球をしていたいわ」
涼の言葉に同意する春香が、後輩達を見回していると――
「私は初めから四回戦で負ける気はないよ」
「私もよ」
レンが不適な笑みを、セラは微笑みを浮かべて、当たり前の様に告げた。
「そうですよ涼さん。私達だってまだお二人と野球をしていたいですからね。負ける気何てないですよ」
飛鳥が皆を代表する様に、思いの丈を口にすると、他の面々も同調する。
「やってやりましょう!」
「任せて下さい」
「私達だって強いんだって事、見せつけてやりましょう!」
各々気合いの籠った言葉を口にした後輩達を見て、瞳に涙を蓄えて感極まっている涼は、微笑みを浮かべている春香と一度視線を合わせると頷いた。そして、改めて主将として号令を発する。
「ありがとう皆。私達は強いっ! 四回戦で負けたりしない! 強豪相手だろうが関係ない! 次も絶対勝つぞっ!」
『おーーーっ!!!』
眼前で力強く握り込まれた拳を掲げて声高々に発した言葉に、マネージャーを含めた全員で返事を返した。拳を突き上げる者、拳を握り締める者、微笑みを浮かべる者、冷静な者、マイペースな者など様々だ。
気持ちを一つに一致団結する生徒達を、慈愛の籠った眼差しで見守る早織は微笑みを浮かべていた。




