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白球のシンデレラ  作者: 雅鳳飛恋
一年生編

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第29話 三回戦

 三回戦である鎌倉学館対矢榮高校の試合が始まる。

 スタンドにはレン、セラ、澪、それぞれのファンクラブの姿があり、他にも鎌倉学館の生徒の姿もちらほらと見受けられる。当然、藤院学園の偵察部隊も見に来ている模様だ。


「何か観客が増えたね」

「勝ち進む程、注目度が上がりますからね」


 スタンドにいる観客達の姿を視界に収めていた亜梨紗が少し驚いた表情を浮かべて呟くと、早織が勝ち進めば必然と観客も増えると説明する。


「相手が矢榮高校なのもありますが、四回戦の藤院学園戦はもっと増えますよ」

「強豪校ですもんね」

「えぇ。ですが、まずは今日この試合に勝つ事です。先の事よりも、目先の試合に集中しましょう」


 観客が増えたのは矢榮高校の試合というのも要因だ。注目校の試合や、注目選手が出場する予定の試合など、勝ち進めば勝ち進む程、観客も増えるだろう。テレビ中継だってある。この試合は中継されないが、四回戦からは全試合される予定だ。神奈川五強を筆頭に、注目校の試合は既に中継されている。


「どうやら相手の先発は木村さんの様ですね」

「そりゃ、順当に行けば次の相手は藤院ですからね。エースは温存しますよ」


 捕手とキャッチボールをしている木村の姿を視界に収めた早織は、相手の先発は木村だと確認する。

 涼が言う様に、順当に行けば四回戦の相手は藤院学園になるので、エースを温存するのは道理だ。もちろん、藤院学園が三回戦で敗退する可能性もあるし、矢榮高校が鎌倉学館に破れる可能性もある。絶対は存在しないので、大方の予想通りに行けばの話だ。だか、あらゆる可能性を考慮して采配を振るうのが監督の役目である。采配に正解はない。結果如何で、良かったか悪かったかの話になる。


 今日の試合は、涼がじゃんけんに勝ったので後攻を選択した。


「さて、我々の守備からです。初回を確り守って、攻撃を迎えましょう」


 生徒達を見回して発破を掛ける早織の言葉に、それぞれ活気に満ち溢れた返事を返して、各々のポジションに向かっていく。


 鎌倉学館 スターティングメンバー


 一番 遊撃手 進藤慧

 二番 二塁手 椎名飛鳥

 三番 中堅手 V・ヴァレンティナ

 四番 三塁手 岡田涼

 五番 一塁手 N・セラフィーナ

 六番 左翼手 杉本恵李華

 七番 捕手  守宮千尋

 八番 投手  市ノ瀬澪

 九番 右翼手 佐伯静


 一、二回戦の時と違い、少しオーダーを弄っている。

 

 恵李華と千尋の打順を逆にしているのは、千尋にはより守備に集中して貰う為だ。

 六番から下位打線と言われているが、レンと早織の共通認識では、六番を下位打線だとは思っていない。六番はクリーンナップが還せなかったランナーをホームに還す役目がある。なので六番も上位打線だと認識している。

 その点、何でも器用にこなせる恵李華は頼りになる存在だ。


 普段通りなら投手が九番で静が八番だが、澪は投手陣の中では一番打撃バッティングが良い。野手陣に混ざっても、千尋や恵李華などと比べても遜色ないレベルだ。静よりも打撃バッティングは良いので、澪が八番で静が九番になっている。

 そして、先発投手である澪と、女房役である千尋を並べる事で二人が話しやすくなる。バッテリーなので、色々と言葉を交わす必要があるからだ。


 澪がマウンドで数球投げて投球練習をし終わると、矢榮高校の一番打者が右打席に入る。


 球審の「プレイボール」という言葉と共に試合が始まった。


 千尋は初球、インローにスラーブのサインを出す。

 サインに頷いた千尋は腕を振りかぶり、千尋が構えているミット目掛けて投げ込んだ。


 澪のサイドスローから繰り出される変化の大きいスラーブがインローに来ると、右打者にとっては自分に向かってくると錯覚する事だろう。


 打者は手が出ずに見逃す事しか出来ず、ストライクとなる。


 澪が投じた大きく曲がったスラーブに、スタンドは僅かにどよめいた。


「相変わらず、えげつない球を投げますね。右打者からしたら内を抉られる思いですよ」

「左打者にとっても厄介だよ。外に逃げられるからね」

「そうですね。昨年代表でご一緒した時よりも鋭くなっています」


 スタンドで試合を見物している二人の少女が、澪が投じた初球の球について批評をしていた。


 二球目に澪は、インハイにフォーシームを投げ込む。

 打者はバットを振るが、バットは空を切ってしまう。打者は空振りして、ストライクとなる。


 そして三球目、千尋は澪にサインを出す。


(遊び球はなし。三球で決める)


 サインに頷いた澪は、アウトローにスライドパームを投じる。

 胸元の高さからストライクゾーンぎりぎりまで落ちたスライドパームに、打者は盛大に空振りをしてしまう。

 これでワンナウトだ。


 三球三振で打ち取った事と、澪が投じたスライドパームを目撃したスタンドは、更にどよめきを大きくしていた。


「・・・・・・めっちゃ落ちたけど」

「あれも相変わらずですね」


 澪のスライドパームはサイドスローから投げられる事もあり、利き手と逆方向に曲がりながら落ちる。


「あれ打てる?」

「どうでしょう。私は他にあの球を投げる方を存じ上げませんので、初見殺しではありますね」

「確かに」


 投げる投手が少なければ、必然的に体験する機会も少なくなる。その点、澪のスライドパームは初見殺しという名に相応しいだろう。


「澪さんのパームボールはそれだけではありませんが」

「と言うと?」

「その内わかると思いますよ」

「へぇ。じゃあ、その時を楽しみにしているよ」


 髪の長い方の少女が意味深な事を述べると、髪の短い方の少女が問いかける。だが、見ていればその内わかると言う連れの言葉に、期待を胸に見物を続ける。


 澪は右打席に入った二番打者に対して、インローにフォーシームを投げた。

 打者は初球を見送り、ワンストライクとなる。


 二球目は、アウトローにチェンジアップを投げ込む。

 打者はバットをスイングしたが、緩急差に対応出来ずに空振りをしてしまう。


 三球目はインハイにフォーシームを投げ込むがボールとなり、カウントはワンボール、ツーストライクとなった。


 そして千尋は、四球目のサインを出す。


(表には出ていないけど、市ノ瀬、やる気に満ちているな。いつもより球が走っている。調子も良いのかもしれない。なら、この勢いのまま打者を打ち取らせてもらおう。その方が市ノ瀬もリズムに乗れるだろうし)


 サインに頷いた澪は、アウトローにスクリューを投じる。

 打者が振ったバットをけるかの様に曲がっていったスクリューが、千尋の構えるミットに吸い込まれていった。

 これで二者連続三振だ。


 澪の快投ぶりに、スタンドは一層盛り上がる。


「・・・・・・あれも凄い曲がったけど」

打者バッターも体勢を崩されていましたね」

「あの人の変化球、全部変化エグくない?」

「それが特徴ですから」


 澪が投げる変化球はどれも変化が大きい。しかもサイドスローなので更にエグい球になっている。


 澪は左打席に入った三番打者も三振に打ち取り、三者連続三振を奪う。


「圧巻の投球だったね」

「そうですね」


 澪の初回の投球を見届けた二人は、自分達の事について話題転換する。


「皐月は本当に鎌倉学館に行く気?」

「えぇ。もう推薦の件も了承したので、決定事項ですね」

「皐月なら全国各地から引く手数多だろうに、何で態々鎌倉学館なのかと訊きたいところだけど、それはわかりきってる事だしなぁ」

「えぇ。レンお姉様がいらっしゃるところが私の居場所ですから」

「だよね。そう言うと思ったよ」


 髪の長い方の少女、如月皐月がさも当然の様に鎌倉学館を選んだ理由を述べると、髪の短い方の少女は苦笑を浮かべる。


暁羅あきらさんも、声掛かけて頂いていますよね」

「そうだけど、まだ悩んでるよ。他の強豪校からも色々声掛けて貰ってるし」


 鎌倉学館は皐月の事をスカウトしたのと同時に、暁羅――髪の短い方の少女――の事もスカウトしている。まだ返事は貰っていないが、どうやら何処の高校からの推薦を受けるかで悩んでいる模様だ。


「私は暁羅さんと一緒に鎌倉学館に入学したいのですが、将来に関わる事なので無理強いは出来ませんね」

「それは私も同じだけど、普通は甲子園を狙える様な強豪校を選ぶよね」

「野球の事だけを考えるならそうですね。私はレンお姉様がいらっしゃるので鎌倉学館を選びましたが、野球以外の事も考えるなら鎌倉学館は魅力的な選択肢だと思いますよ」

「そうなんだよね。親も声掛けて貰ってる高校の中でも、鎌倉学館の事は最後まで候補に残しているくらいだからね」


 鎌倉学館は偏差値も高い進学校であり、様々な学科が設置されている。両親からすると魅力的な選択肢になるだろう。

 特にスポーツばかりやっている様なの親からすると尚更だ。皐月も暁羅も成績優秀なので、二人には当て嵌まらないが。


「まだ考える時間はありますから、慌てずに選んでくださいね」

「それはもちろん。私もレンさんやセラさんと一緒に野球やりたいからね。だからせめてこの大会で、優勝とはいかずとも、ベスト四くらいまでは進んでほしいかな。甲子園に出場出来るビジョンが見えないと選ぶのは難しいよ」


 暁羅はレンとセラの二人とは顔馴染みだ。レンの母親が日本に帰省する際に、レンも共に日本を訪れている。何度かセラも共に訪日する事もあった。その時に皐月と一緒に暁羅にも何度か会っている。


 暁羅の言う通り高校球児にとって甲子園に出場する事は大きな目標だ。その為により強い高校や、自分に合った高校を選ぶのは道理である。


「とりあえず、この試合がどうなるかだね」

「そうですね」


 二人が進学の事について話をしていると、鎌倉学館の初回の攻撃が始まろうとしていた。


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