第3話 見学と先生
入寮日の翌日。
二、三年は現在、守備練習を行っていた。
一年はまだ正式に入部していないので、練習には参加出来ない。
練習の見学や自主練は自由なので各々活動していた。もちろん勉強する時間に当てても良い。
亜梨紗と慧の二人は寮の前で軽くキャッチボールをしている。
レン、セラ、千尋、澪、純の五人は先輩達の練習風景を見学していた。
「思っていたより一人一人のレベルは高いね」
「そうだな。特に一人だけ動きが段違いだ」
先輩達の動きを見ていると思っていたよりも良い動きをしていると千尋が言う。
その中でも飛鳥の動きは特に良いので、レンは彼女の動きに注目しながら千尋の言葉に答えた。
「椎名さんは総じて能力高いけど、あの人の魅力は何と言っても守備だからね」
レンとセラは日本の高校の選手には疎いので千尋に色々解説してもらっている。
澪はあまり喋らないし、純は野球素人なので一緒に聞き専に回っている。
「多分、二塁手の守備なら高校でもトップクラスなんじゃないかな。ただ、高校では実戦経験ないみたいだし、私達と同じようにこれから実戦を経験して高校野球に慣れていく必要はあると思うけど」
確かに中学と高校では打球速度も違う。選手一人一人の身体能力も上がるので中学時代の感覚は通用しない。
「まぁ、あの人なら何の問題もないと思うけどね。強豪校にいても一年の頃からレギュラー取れるようなレベルの選手だし」
本当に飛鳥は、鎌倉学館にいるのが謎な人の代表である。
静も良い動きをしている。守備は得意なのだろう。
そうしてしばらく守備練習をした後はピッチングマシンを準備して、バッティング練習に移る。
伯母の力でピッチングマシンも揃っている。現在は三台あるようで、野球部が実績を出して部員が増えればピッチングマシンを始め、様々な機材も数を増やすつもりらしい。
野手陣がバッティング練習をしている間、春香と真希の投手陣は投球練習をする。
恵李華が捕手を務めるようで、まずは春香が投げる模様だ。春香が投げている間は真希もバッティング練習に参加する。
「私は投球練習を見てくるよ」
「私も」
レンが投球練習を見に行くと言うと、千尋も見に行くそうなので、二人で屋外ブルペンに移動する。
千尋は捕手だし当然気になるのだろう。
すると、澪も無言でついて来た。
まぁ、彼女も投手なので当然興味あるのだろう。
セラと純はバッティング練習を見学するそうだ。
「フォーシームを投げているみたいだね」
三人が屋外ブルペンの傍まで到着すると、春香は既に投球練習を始めていたようだ。
春香が右投げのオーバースローのモーションに入って、リリースしてボールが投げ込まれる。
「何キロくらい出てる?」
「多分一二三~一二五キロくらい」
レンの質問に千尋が答えてくれる。
「まだ肩温まってないだろうし、球速はまだ出るんじゃないかな」
そのまま春香はフォーシームを数十球投げ込んでいく。
「今のは一二八キロくらいかな」
(まだ球速は上がりそうだな。最速何キロなんだろうか)
レンがそんな事を思っている間も、どんどん投げ込んでいく。
「見た感じだと球種は、フォーシーム、スライダー、カーブ、チェンジアップ、シュートの五種類かな」
「シュートはまだあまり慣れてない感じだし、覚えたてかな」
春香のシュートまだ不慣れそうだと千尋は指摘する。
次は真希の番だ。
春香はバッティング練習に向かった。
三人は真希の投球練習をそのまま暫く見学する。
彼女は右投げのスリークォーターの投球モーションで投げ込んでいる。
「球速は宮野さんより少し遅いくらいだね」
「球種はフォーシーム、スライダー、高速スライダー、縦スライダーの四種類はわかったけど、終盤の球は何だと思う?」
「多分、スロースライダーじゃないかな。鈴木さん、完全なスライダーマンみたいだし。まだ未完成で実戦で使える代物ではないけど」
フォーシーム以外はスライダーしか投げない。中々面白い投手である。
横を見るといつの間にか澪がいなくなっていた。どうやらバッティング練習を見に行ったようだ。
(私達も見に行こう)
バッティング練習を見に移動すると、今は涼と飛鳥と攸樹がバッティング練習をしていた。
屋外ブルペンからも聞こえていたが、近くにくるとより、カキンッ! と快音が良く聞こえる。
亜梨紗と慧もキャッチボールをやめて、バッティング練習を見学しているようだ。
「セラ、どんな感じかな?」
レンはバッティング練習を見学していたセラに尋ねる。
「涼と攸樹は飛距離もあって良く飛ばすわね」
二人を見ると確かに良く飛ばしている。
「飛鳥は上手く打ち分けているわ」
飛鳥はライト方向、センター方向、レフト方向と上手く打ち分けている。
「あとは投手陣は置いておくとして、恵李華はまだ見てないし、静は打撃はあまり得意じゃないみたいね。バントは上手かったけれど」
恵李華はずっとブルペンで捕手をしていたからね。
「純は見ていてどうだった?」
「変化球はわかんないけど、真っ直ぐなら打てそうだよ」
「へぇ。見えてるんだ」
「まだ、ろくにバットを振った事のない素人感覚でだけど」
やはり純は眼が良さそうだ。
そのまましばらく見学していると、一人の女性がやってきた。
「皆さん、こんにちは。新入生ですね? 私は野球部顧問兼監督の市原早織です。よろしくお願いしますね」
その声に反応して、一年は皆先生の方に向き直って挨拶をする。
「昨日は顔を出せず、すみませんでした。何か質問などはありますか?」
「はい!」
先生の言葉に亜梨紗がすかさず挙手をする。
「年齢はっ?」
「二十七です」
「結婚はっ?」
「独身です」
「恋人はっ?」
「いません」
「先生の担当教科はなんですか?」
「地理歴史、公民です」
「スリーサイズは?」
「一七二センチで、上から九五・五九・九二です」
亜梨紗の怒濤の質問攻撃である。
先生はそんな質問ラッシュに淀みなく答えている。
(スリーサイズまで答えちゃうんだ。にしてもスタイル良いな・・・・・・ いや、セラも負けてないな。うん。流石私のセラだ)
「先生の野球経歴を教えてください!」
「野球経歴ですか? 私は東報高校時代に春の選抜は二回、夏の甲子園も二回出場しました。あと、大学でも野球をしていましたよ」
(東報、私でも知っている強豪校だな)
東報高校はレンでも知っている程有名な、愛知県の全国的な強豪校だ。
普通甲子園には一度も出場出来ないのが当たり前である。しかも、激戦区である愛知県では尚更だ。
それに、例え出場出来たとしてもメンバーに選ばれなければベンチにも入れない。
そんな中、春夏共に二回ずつ出場したのはとても凄い事である。
「先生、凄いですっ!」
「ふふ。ありがとうございます」
「でも、プロになったり野球を続けたりしなかったんですか?」
「確かに声を掛けてくれていた球団もありましたよ。プロ、社会人問わず。ですが、私は高校教師になりたかったので今に至りますね」
仮に野球の実力があったとしても、進路は野球が全てじゃない。
プロは稼げるが、いつクビになるかわからない。けれど教師なら野球程じゃないにしても安定して高収入を得られる。
もちろん市原先生はお金が理由ではないが。
「何で高校教師になりたかったんですか?」
亜梨紗は遠慮なくどんどん質問していく。
「私が高校時代にとてもお世話になった先生がいましてね。私もそんな尊敬する先生の様になりたいと思ったからですよ」
彼女は心から憧れ尊敬する恩師に出会ったのだ。
良い先生に出会えるかは巡り合わせだ。
「先生、私達もグラウンドやブルペンで練習しても良いでしょうかっ?」
最後に亜梨紗は一年生達にとって重要な事を訊いてくれた。
「そうですね。私の見ている時なら構いませんよ」
「わかりました。ありがとうございますっ!」
「ただし、怪我をしないようにあまり激しい練習をしてはいけませんよ。まだ入部前ですから」
「はいっ!」
先生の言質を貰ったので、一年生達はグラウンドに足を踏み入れる。
「可児さんは初心者なので、まずは私と練習しましょうか」
レン達と一緒にグラウンドに移動しようとしていた純に先生は呼び掛けた。
「わかりました」
そうして一日が過ぎていった。