第27話 シード漏れ
試合は膠着状態で進んでいた。
二回の表の守備は、四番をサードゴロ、五番を三振に打ち取る。六番に安打を打たれるも、七番をレフトフライに打ち取った。
二回の裏の攻撃は、千尋がショートゴロ、恵李華がセカンドゴロ、静が三振して三者凡退してしまう。
三回表の守備は、八番をショートゴロ、九番を三振、一番をファーストゴロに打ち取り、三者凡退で抑えた。
三回裏の攻撃は、春香が三振し、慧がピッチャーゴロ、飛鳥がサードライナーに終わり、またしても三者凡退に抑えられてしまう。
四回表の守備は、二番をキャッチャーフライに打ち取るが、三番に四球を与えてしまう。だが、四番をセンターフライ、五番をセカンドゴロに打ち取り、無失点に抑えた。
そして均衡が破られたのは四回裏だ。
四回裏の攻撃は、三番打者であるレンから始まった。
先頭打者であるレンは四球で出塁する。出塁したレンはすかさず盗塁を仕掛けると、見事に成功して二塁に進んだ。
チャンスの場面で四番である涼は、左中間にタイムリーツーベースヒットを放ち、先制する事に成功する。
続くセラも左中間にタイムリーツーベースヒットを放ち、一点追加した。
ネクストバッターの千尋はセンター前ヒットを打った。当たりが浅く、二塁ランナーであるセラはホームに還れなかったが、ノーアウト、一三塁になり、チャンスの場面を作る事に成功する。
七番である恵李華がセカンドゴロを打ち、一塁ランナーである千尋は二塁でアウトになるも、その間に三塁ランナーであるセラがホームに還る。打った恵李華は一塁に懸命に走ったが、打球が速かったのもあり、惜しくも間に合わずにアウトとなる。ゲッツーとなってしまったが、これで三点目を追加した。
ツーアウト、ランナー無しの場面で打席に立った静はサードフライに終わり、四回裏の攻撃を終えた。
そうして鎌倉学館が勢いに乗ったまま試合は進んでいき、結果八対一の七回コールドで鎌倉学館の勝利で幕を閉じた。
一回戦に引き続きレンと涼はホームランを放つ活躍をし、春香は七回を一失点に抑えた。特に、チェンジアップとシュートを隠す事が出来たのが大きいだろう。チェンジアップとシュートを一球も投げる事なく試合を終えられたのは僥倖だ。
コールドが決まる場面で代打で出場した攸樹もきっちりとタイムリーヒットを放ち、コールドを決める活躍をした。
一回戦と二回戦共にコールド勝ちをしているので攻撃面に目が行きがちだが、鎌倉学館の優れているところは守備と走力である。一般的な高校の野球部に比べると打撃面も十分強力だという事も付け加えておく。
特に守備面では千尋の存在が大きいだろう。恐らく守備面で一番貢献しているのは千尋だ。
あまり目立たないが、彼女のリードは間違いなく相手の得点の減少に繋がっている。野球IQが高く、相手の裏を突くのが得意だ。普段は比較的大人しく口数も少ないが、腹黒い一面もあり、正しく捕手向きな性格と言える。
リードが上手いのはもちろんだが、彼女はそれだけではない。
確かな捕球技術にフィールディング能力、圧倒的な肩力に、精確なスローイング。捕球に必要な能力を高水準で備えている。
打撃面は中の下、下の上と言えるレベルでしかないが、守備面だけならば高校でもナンバーワンと言っても過言ではないだろう。彼女は所謂、守備特化型の捕手なのだ。
実は彼女も昨年のU―一五日本代表の最終候補メンバーまで残っていたのだが、当時の監督が打撃面を重視するタイプだったため、彼女より打撃面で優れている捕手を優先したので最終的には落選してしまったのだ。
結果的には落選してしまったが、彼女の実力は誰もが認めるものだ。なので、全国各地の数多の強豪校からも声を掛けられていたのだ。彼女が鎌倉学館を選んだのは誰もが予想外であり、青天の霹靂だったであろう。
千尋がいるからこそ、二試合で一失点しかしていないと言える。
もちろん内野陣や外野陣も、レン、飛鳥、静を筆頭に素晴らしい守備力を誇っている。守備力だけならば全国的にも負けていないのではないだろうか。
そして何よりも、走力が圧倒的に優れている。
凡打の当たりでも内野安打にしていまい、塁に出すと盗塁を仕掛け、浅い当たりでもホームに還って来る。これが得点を稼いでいる最大の要因だ。
何はともあれ、これで無事、三回戦進出だ。
◇ ◇ ◇
寮に戻った鎌倉学館野球部の面々は、次の対戦相手の話をしていた。
三回戦の相手は矢榮高校対川崎高校の勝者だ。そして勝ち上がったのは、大方の予想通り、一二対〇で勝ち上がって来た矢榮高校だ。
「次の対戦相手が決まりました。三回戦の相手は矢榮高校です。部員数は九四名でスポーツ推薦枠もある高校です。所謂、シード漏れをした高校ですね」
「昨年はCシードに入っていましたし、他のCシードの高校ともあまり実力差はないです」
早織が三回戦の相手を告げると、瞳が補足を加える。
「つまり、誰がどう見ても格上の相手という事か」
「そうですね。我々が勝つとは誰も思っていない事でしょう」
説明を聞いたレンが呟くと、早織が肯定して世間の認識を口にした。
「エースの高橋さんは二年生で、右投げのオーバースローから最速一三二キロの速球を武器に、縦に落ちるスライダーも持ち合わせています。春季神奈川大会では三回戦で慧央義塾と当たって五対三で敗れていますね」
瞳がエースの解説をする。
慧央義塾に負けたとは言え、結果は五対三の接戦だ。慧央義塾はBシードだか、Bシードの中では別格だ。Aシードである四校といつも競い合っており、この五校で神奈川五強とも言われている。現在の勢力図は、横浜高校と東峡大相模がトップだろう。次点に燈煌学園がおり、その下に僅差で藤院学園と慧央義塾がいるといった具合だ。
その慧央義塾と二点差で争えるチームがシード漏れをしているのだ。これこそがトーナメントが主な高校野球の怖いところでもあり、面白いところでもある。
なので三回戦の相手である矢榮高校は強敵だ。
殆どの者は矢榮高校が勝つと思っている事だろう。現在の鎌倉学館は、ノーデータというアドバンテージを得て、勢いで勝ち上がっているという評価だ。対戦校が一般的な高校野球部で、比較的強くないところだったのも無視できない勝因だと思われている。
「試合まで後三日もある。この三日で相手エースの対策を講じよう」
「その通りです。準備を十全に行った事が自信になります。なので、出来る事を出来る限り行い、当日を迎えましょう。」
解説を聞いた涼が、確りと三回戦に向けて準備をしようと告げると、最後に早織が監督として場を引き締める様に言葉を口にした。
「それでは今日はゆっくり休んで、明日から三回戦の対策を行いましょう。良いですね?」
早織の言葉に対し朗らかに返事を返した面々は、明日に備えて早めに就寝するのであった。




