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第93話:春雨の一回戦

ご興味を持っていただきありがとうございます。



楽しんでいただけたら幸いです。

 夏を騒がせた二人(・・)の天才が桜咲く季節の甲子園に帰って来た。


 一人は、一年生ながら初戦から本塁打を量産し、甲子園の通算本塁打記録を塗り替えるのではないかと早くも期待が寄せられている小さな左の大打者。投手の決め球をあえて狙い打てるのはすでにプロ級とも言われているスイングスピードがあってこそ。三振を喫したのはわずかに一つ。センバツではどれだけ打つのか。


 そしてもう一人。当時優勝候補筆頭だった大阪桐陽高校との一回戦に途中登板して、ドラフト1位指名を受けた世代最強バッターから三振を奪ってチームを勝利へと導き。続く二回戦では先発し、令和初のノーヒットノーランを達成した右のエース。その試合で怪我をしたため三回戦以降はベンチにその姿はなく無念の帰京となった男が再び聖地のマウンドに立つ。


『今日から始まりました春のセンバツ甲子園大会。朝から曇り空でしたが、三試合目はあいにくの雨の中で行われることになりそうです』


 試合開始前のグラウンド整備の時からポツポツと振り出した雨は、今でははっきりと視認できるまでになっている。だがこの程度なら影響はないと判断されたのでこのまま行われることになるが、一回戦から悪条件下での投球に応援に来ていた早紀は一抹の不安を抱いていた。


「晴斗……大丈夫かな……」


 夏と同様に早紀は甲子園に晴斗の応援に来ていた。違うのは気になる男の子から大好きな彼氏に昇格していることと、事前に宿泊先のホテルを選んでいること。晴斗達明秀高校野球部が泊っているホテルと同じだったのは全くの偶然ということではない。


 それはさておき。早紀が心配している理由はこの雨と晴斗の親友であり明秀高校の得点源である坂本悠岐が言ったこの言葉にある。


「ねぇ飯島さん。知ってますか? 晴斗って雨の日には結構打たれるんだよ」


 球場に入る直前にかわした会話。ちょうど雨がぱらつき始めたので興味本位で尋ねてみたらこのような答えが返ってきた。悠岐はどこか得意げな顔をしながらこう続けた。


「晴斗みたいな精密機械の制球力持ちだと特に雨で感覚が狂うみたいなんだよね。滅多打ちに合うとか四球を連発するとかではないだけど、いつもより打たれるんだよ」


 意外だった。晴斗なら雨であろうと関係なくいつもどおりのピッチングをするものだと思っていたがやはり彼も人の子か。いや、むしろ正確無比のコントロールも武器としている晴斗からすれば雨はそれを狂わせる大敵か。


 それにしても悠岐がヘヘン、と胸を張って自慢げな態度をしているのは何故なのか。早紀が知らない晴斗を僕は知っているんだぞとアピールしているつもりなのだろうか。


「大丈夫ですよ、早紀さん。悠岐が言っているのは中学の頃、それも一、二年生の話ですから」


 悠岐の頭を叩きながら晴斗はおどけてみせるがすぐに表情を引き締めて、早紀の瞳をみつめながら強い口調ではっきりと言った。


「それに……早紀さんの観ている前で無様な投球はできないですからね。だから安心してスタンドで観ていてください」


「……うん。応援してる。頑張ってね、晴斗」


「おい……僕がいるのに目の前でいきなり二人のイチャラブ空間作るなんてひどくないか? 僕は置物じゃないんだぞ?」


 早紀と晴斗が顔を赤らめながら見つめ合う。そのまま放置しておけば抱き合ってキスしかねない甘ったるい空間を形成したので悠岐は思わず殺気を込めた低い声で二人に警告した。我に返って慌てて離れる早紀と晴斗に悠岐はため息をつきながら悪態をついた。


「まったく……このバカップルめ。さっさと爆ぜろ」


 閑話休題。


 早紀は視線の先、マウンドで投球練習を行っている晴斗を見る。彼はこの悪条件の中での試合でのピッチングでも問題ないと言っていたが、そもそも雨の中で試合をする経験なんて積もうと思って積めるものではない。


「頑張れ、晴斗。頑張れ……負けるな」


 自分に出来ることは目一杯の声援をスタンドから送ることだけ。手を合わせて、早紀は愛する恋人が勝利することを切に祈った。


 号砲が鳴り響き。令和の怪物の春の凱旋試合が始まった。


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