第67話:突撃先輩のお化け屋敷
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よりにもよってここかという気持ちもあったが、二人がお化け屋敷に入りたいというのなら俺にそれを止める手立てはない。断っておくが別に俺はお化け屋敷が苦手とか嫌いというわけではない。断じてそういうわけではない。ないったら、ない。
「ナオちゃんから聞いたよぉ。晴斗、お化け屋敷苦手なんだって? 一人じゃ入れないんだって?」
「晴斗さんの数少ない弱点がお化けなんですよね。小さい頃に行った遊園地で一人はぐれちゃって取り残されて、お化け役のスタッフさんに助けてもらったんですよねぇ」
なんて情報を、なんて人に教えてしまったんだ。悠岐すら知らないことを、どうして一番教えたらダメな人に話してしまったんだ。
「フフッ。なら今日は三人で入って、晴斗の弱点克服と行きましょう! 大丈夫、学祭のお化け屋敷はそんなに怖くないから」
「そうですよ、晴斗さん。文化祭のお化け屋敷なんて子供だましみたいなものですから」
そんな甘言にはい、そうですかと簡単にうなずくほど俺は愚かではない。彼女たちが口にしていることは全てでたらめであることはすでにわかっている。何故なら―――
「そんなはずないだろう!? 早紀さんたちには聞こえないのかあの恐怖の叫びが!? 教室内から響き渡る絶叫が!?」
腹の底から響き渡る絶叫が、恐怖に泣き叫んでいる姿を俺は想像した。そんな世界に自ら足を踏み込むほど俺に勇気はないし、たとえ臆病者と罵られようとも関係ない。俺は逃走を選択する。
「フフッ。逃がさないわよ、晴斗。ナオちゃん!」
「了解です! さぁ晴斗さん! 行きますよ! 大丈夫です! 私達が手を握っててあげますから! 怖くない、怖くないですよぉ」
早紀さんに右手を。ナオちゃんに左手を握られて。完全な両手に花状態で拘束されて俺はお化け屋敷の入場列に並んだ。視線が痛い。執事の格好をした男が年上の女性と年下の女の子に手を握られて慰められながら並ぶなんて。一生の恥だ。
「あのイケメン君、お化け屋敷怖いんだ……なんかギャップがあって可愛い」
「お姉ちゃんと妹ちゃんに無理やり連れられているみたいで可愛い。私も混じりたい……」
「なんだあの野郎……イケメンはお化けが怖くても様になるのかよチクショウ!」
「ユズレ……ソノポジションヲオレニユズレ……」
この死地に入らずに済むのならどうぞ喜んで俺と変わって下さいお願いします。そんなことを心の中で叫びながら、しかし俺はもう諦めの境地で列が進むのを待つ。
「あれ―――今宮君じゃん!? そんな恰好でどうしたの? ってか誰その二人!? モテ期!? もしかして今宮君ってばモテ期なの!?」
入り口手前。地獄への片道切符を販売していたのは野球部マネージャーの尾崎先輩だということは、この状況は当然美咲さんの耳に入り、尾崎先輩の彼氏である日下部先輩に伝わることを意味しており、さらには清澄先輩にまで筒抜けになることが確定した。
誰かと交際しているわけではないから恐れることはないのだが、なんだろう、嫌な予感しかしない。
「ほうほう。この人が噂の女子大生さんか。近くで見るとすごく綺麗……あ、甲子園にいましたよね? 美咲と色々話していましたよ? 私は―――」
「知ってるよ。美咲ちゃんの親友の尾崎涼子さん、ですよね? 綺麗って言ってくれてありがと。嬉しいわ」
ニコッと笑みを浮かべる早紀さん。そのあまりにも自然な態度に同性ながら目を奪われてフリーズする尾崎先輩。このままでは列が進まずに後ろのお客さんからクレームが来ますよ。
「危ない、危ない。危うくトリップするところだった。それで、こっちの可愛い子は誰? もしかして妹さん?」
「違いますよ。近所に住んでいて、昔よく遊んでいた子ですよ。妹ではありません」
「そうなんだぁ。ふーん。その割には手を繋いで仲良さそうだけど?」
「手を繋いでないと晴斗さん、お化け屋敷入りたくなくて逃げちゃうからです! っあ、私、荒川奈緒美っていいます。よろしくお願いします」
律儀に挨拶をしてお辞儀をするナオちゃん。その丁寧な態度に尾崎先輩も目をぱちくりとさせてから名前を名乗って頭を下げた。
「おおっと。こんなことをしている場合じゃない! それじゃ今宮君、怖いかもしれないけれどしっかり女性陣をエスコートしてあげるのよ? 言っておくけどうちのお化け屋敷、色々本気だからね?」
「…………マジすか?」
「マジです。でも安心して、今宮君。中にはそれはもう可愛い子がいるから、彼女に助けてもらえれば、無事に出て来れると思うから、精々頑張ってね!」
尾崎先輩が言うところ可愛い子。それが意味するところは間違いない。この中に、美咲さんがいる。情けないところ見せたくはないが―――
「む、無理だ……怖い」
わざとガチャンと大きな音を立てて締められる扉。わずかに前が見える程度の暗闇。俺の心は早くも折れそうだった。