第60話:マッサージしてあ・げ・る
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楽しんでいただけたら幸いです。
「ハハハ! そ、それで……は、晴斗は坂本君のご主人様役をすることになったの……フフフッ。ゆ、愉快なことを思いつく委員長さんだね」
うつぶせで横になっている俺の尻の上に乗って肩をもみながら、今日の放課後の出来事を話したら案の定早紀さんは大笑いした。
「早紀さん、笑いすぎですよ……俺だってできるならやりたくなかったんですから……悠岐は涙目だし、クラスメイトの圧力は半端ないし……はぁ……」
夜。俺は監督の作った基礎体力向上メニューによって苛め抜かれて悲鳴を上げる身体をお風呂に浸かって癒してソファでくつろいでいると早紀さんから食事の誘いの電話があった。
部活から帰って来たら食卓には里美さんの置手紙があり、そこにはただ一言。
―――ごめんね。てへっ―――
さてどうしたものかと困っている時にお誘いの電話だった。すでに一度ご馳走になっているし、早紀さんには抱えていたもの、誰にも言えず溜め込んで知らず知らずのうちに身体を蝕んでいたもの吐き出したことで安心と信頼感が芽生えていて、壁が一つなくなっていた。
だから俺は彼女の家にお邪魔した。
「フフッ。そんなに落ち込まないの。それで、晴斗はどんな格好をするの? メイドのご主人様役ってことは……貴族調のゴシックコートでも着るの?」
「えぇ……そんなところみたいです。しかもそれを委員長がお姉さんと一緒に作るとか言って色々調べられました……もうお嫁にいけない……」
おそらく、悠岐も同じ気持ちだったのだろう。目をぎらぎらと妖しく輝かしながらわきわき指を気味悪く動かして迫る委員長は間違いなく変態だ。あんな所やこんな所を触られて男の尊厳とは何なのかを考えさせられた。
「大丈夫だよ、晴斗。あなたのことは……私がもらうから。行き遅れることはないから安心して」
耳元で艶のある声音で言いながら、早紀さんは俺の背中にぴとりと密着してきた。当然俺の頭は一瞬で沸騰する。
どうしてこんな状況になっているかを説明していなかったが、例によって早紀さんの手料理をごちそう―――この日はカレーだった―――になった後、マッサージをしてあげると言われて半ば強制的に俺は早紀さんに手を引かれて寝室のベッドに寝かされて、強張った身体の筋肉をほぐしてもらうことになった。
早紀さんの寝室は、リビングと同じでとてもシンプルだった。本棚にベッド、小さなテレビがあるだけ。シーツは桜色で派手ではないが可憐な色合い。横になってと言われて枕に顔を乗せたとき、早紀さんが使用している柑橘系の香りが鼻から脳に達してそれだけで心が満たされて心地いい気分になった。
最初は普通のマッサージだった。疲労によってパンパンに膨らんでいるふくらはぎをもみほぐされ、足首の付け根のツボを刺激されて痛みにもがいた。
さらに腰の痛みにはお尻の筋肉、すなわち梨状筋をほぐすことが大切だと早紀さんは言って、お尻をこれでもかとマッサージされた。最後に腰と肩甲骨を丁寧に揉んでもらって、早紀さんの寝室という魅惑の空間とそこに漂う澄んだナチュラルな香りと疲れた身体がほぐれていく心地よさに夢に落ちそうになった。
閑話休題
「あ、あの……早紀さん……な、何をしているんですか……?」
「何って……わからない? 晴斗に……くっついているだけだよ?」
耳にふぅと優しく息を吹きかけてくる。その温かさ、艶めかしさに俺の理性は吹き飛びそうになるがそれを必死に繋ぎとめる。ただ早紀さんは本気でからかっているのか、神が与えたその柔らかな双乳を俺の背中に惜しげもなく押し付けてくる。この感触はどんなマッサージよりも気持ちがよく、強張った筋肉がほぐれていくが別の部分に血液が大量に流れて大変なことに―――
「フフッ。どうしたの、晴斗? 黙っちゃって……もしかしてドキドキ、してる?」
「…………してないわけないでしょう。早紀さん、いい加減にしてください」
「いい加減にしなかったら…………どうするの?」
なおも挑発的な言葉と態度を止めようとしないので、俺は反撃するべく身体を動かした。腕立て伏せの構えをとり背筋を利用して身体を勢いよく反らして上に乗っている早紀さんを強引に剥がしにかかる。
「きゃっ!?」
可愛く小さな悲鳴を上げながら、バランスを崩して後ろに倒れそうになる早紀さんの身体を俺は素早く体勢を整えて腰に手を回してグッと抱き寄せる。
「あなたからしたら俺はまだ子供かもしれませんが、男には違いないんです。それを簡単に寝室に連れ込んで耳に息を吹きかけたり胸を押し付けてきたりして……何を考えているんですか?」
「は……はると……め、目が……怖いよ?」
「幼気な高校生男子を弄んだのは誰ですか……? 早紀、お前だよな?」
耳元で、少し声を低くしながら囁いた。口調も強めに、呼び方も変える。
「は…………はい……」
俺の背に乗って面白そうにからかっていた時とは打って変わって殊勝な声で答えた。急にしおらしくなるのは、せっかく回復しつつある理性が藁となって散りそうになる。
「だから、俺に唇を奪われても……何をされても……文句は、言えませんよね?」
「う、うん……」
キュッと目をつむる早紀さん。その顔は期待と緊張に強張っているが頬はわずかに紅葉がさしている。ぷるぷると震えるまつげがとても可愛くて、ほんの僅かだが閉じた瞼の隙間から光る雫が見えた。
「なんて、冗談ですよ。嫌がっている人に無理やりキスはできないですよ」
華奢だが抱き心地のいい早紀さんの身体を手放すのは本当に惜しいが、その気持ちを決死の覚悟で押し殺して腰に回した腕を離して彼女を解放した。
ヘナヘナと脱力して座り込む早紀さん。その顔は呆けたものから徐々に照れへ、そして羞恥に移り変わり、最後は怒りに落ち着いた。顔は茹で上がったタコのように真っ赤になっていた。
「晴斗……あなたまたお姉さんをからかったわね!? どうしてあなたはいつもいつも私を―――うぅ……今度こそキスしてくれると思ったのにぃ……バカぁ」
からかったわね、の後は声が小さくて聞き取るが出来なかったが最後のバカだけはわかった。
「元はと言えば早紀さんがいけないんでしょうに……むしろ、何もしなかった俺を褒めてほしいくらいですよ。俺がひどい奴だったらどうするつもりだったんですか?」
「フフッ。晴斗がそんな男じゃないのは知っているよ? それに……あなたになら私は……」
俯きながらぶつぶつと歯切れ悪くしゃべる早紀さんを見て、さすがにやりすぎたかと思いつつ、頭に手を置いて優しく撫でた。調子に乗った年上のお姉さんへのお仕置きのはずがこうして慰めてしまっては本末転倒だ。
「はぁ……早紀さん。ごめんなさい。少し……やりすぎました」
「…………ねぇ、晴斗」
「なんですか…………早紀さん」
「…………お姉さんをからかった罰をくらぇえ!!」
頭に置いていた腕を掴まれて、今度は俺が早紀さんの方に引き寄せられた。俺の頭が早紀さんの魅惑のクッションに押し付けられる。
「フフッ。あまり期待させるようなこと言っていると、いつか……襲われるから気を付けなきゃダメだよ? それに私みたいに、泣き真似が上手い子はたくさんいるんだから。晴斗の優しさに漬け込んでくる子はいるはずだから、気を付けるんだよ?」
「は……はい……わかりました」
「わかればよろしい! さっ、そろそろ遅いし、里美さんも帰ってくるだろうから帰った方がいいね。明日も学校でしょう?」
「そ、そうですね! 明日も学校ありますし! これ以上いたら早紀さんも迷惑でしょうからそろそろお暇しますね!」
「フフッ。別に私はこのまま、このベッドで、一緒に寝てもいいんだよ?」
「お、おやすみない、早紀さん! また明日!」
「フフッ。おやすみ、晴斗。また明日ね」
俺は逃げるように早紀さんの寝室を飛び出してそのまま家に帰った。
頭から冷水を浴びなければこの火照った身体を冷ますことはできそうにない。