第54話:ある晴れた6月の日、初めて告白をした。【副会長:清澄哀】
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ここから舞台は『1年生:秋・センバツ編』へ入ります。
トップバッターは副会長。
楽しんでいただけたら幸いです。
「晴斗……私は君のことが好きだ」
これは私、清澄哀にとって人生初めての告白だった。
6月のある日。梅雨時期だというのにこの日は雲一つない晴天で、外に出ていても蒸し暑さも感じない清々しい一日だったことを今でも覚えている。
「君に彼女がいることは知っている。だがそれでも、私は君のことを好きになってしまったんだ……」
先月の大型連休中に父から告げられた話は、まだ高校二年生の私にしてみれば寝耳に水の話で、とうてい受け入れることが出来るものではなかった。しかしその口ぶりからしてほぼ確定していることも理解していた。
「初めてだったんだ。私のことを受け入れてくれて……共感を示してくれたのは。みんな私を『清澄任三郎』の娘として色眼鏡で見たり、その権力にあやかろうと打算的に近づいてくる者ばかりだった」
清澄家は代々政治家を輩出してきた由緒ある家系だ。父で三代目となるが子供は女の私だけ。だが父や政界を引退したとはいえまだ健在の祖父は女の私を政治家にする気はさらさらなく、外から血を取り込もうとしていた。
「でも、晴斗。君だけは違った。あの日、屋上で君はただ黙って私の話を聞いてくれた。みっともなく泣く私にハンカチを渡してくれて、ただ優しく背中を撫でてくれた。それがどれだけ嬉しかったか……きっと君はそんな大層なことをしたつもりはないのだろうが、私にとっては恋に落ちてしまうくらい、特別な出来事だったんだよ?」
外様の血を取り込むために私を道具としてしか見ていない父と祖父。その話を聞いて拒否権はなく、卒業したら完全に籠の中の鳥として自由は無くなる。そう思うと絶望して屋上で泣いていた日。私は彼―――今宮晴斗に出会った。
「我ながらちょろい女だと思う。君もさぞ驚いていることだろう。だがね……この気持ちはどうすることもできなかったんだ! 君と話したあの日から、君のことを考えなかった日はない! それくらい……私は晴斗、君に惚れてしまったんだ……」
生徒会室から見える野球部の練習風景。これまでは全くと言っていいほど見向きもしなかった景色に私は目が離せなくなった。そのおかげで生徒会長からはポンコツ美人とからかわれるようになったのだが。
「晴斗……君を、君のことを誰よりも幸せにして見せる。誰よりも君のことを愛して、支えて見せる。だから……だからどうか……私のことを、私の事だけを見てはくれないだろうか? 君が望むことはなんでもするから……」
今にして思えば、自分の気持ちばかりを伝えて彼の思いを一切無視したひどい告白だったと思う。彼女を捨てて私を選んでほしいなどと言うのは最低だ。そんなことにさえ考えが至らぬほど、この時の私は情緒不安定だった。
「清澄先輩…………気持ちはすごく嬉しいです。清澄先輩みたいな綺麗な人が、俺なんかのことを好きになってくれるなんて……でも、ごめんなさい。今はあなたの気持ちに応えることはできない。不誠実ではありたくないんです。だから……ごめんなさい」
深々と頭を下げる晴斗の表情は申し訳なさそうに歪んでいた。それがとても印象的だった。
「そ、そうか……そうだよな。大事な幼馴染の彼女がいるのにホイホイと別の女に乗り換えることはできないよな……ハハハ。私は……馬鹿だなぁ……」
わかっていたことだ。彼はとても誠実な男だ。私を慰めたあの時だって、身体に触れる時はとても慎重でどうしたらいいか悩みながら撫でてくれた。
「ごめんなさい。で、でも! ちょっと俺、恵里菜と……その幼馴染と喧嘩というか疎遠になっていると言うかで……もしかしたら振られるかもしれないんですよね」
ハッと顔を上げると、晴斗は頬を掻きながら困ったような笑みを浮かべていた。
「だ、だから……もし……もし万が一、俺が彼女に捨てられて落ち込んでいたら、慰めてくれますか? ハハ、なんてね?」
「あぁ……あぁ、もちろんだとも! 落ち込んだ君を誰よりも甘やかしてあげるからな! だから、遠慮なく私に言ってくるといい! むしろ私に言ってくれよ!」
こうして私の初めての告白は見事玉砕に終わり。
不本意ながら明秀高校二大美女などと呼ばれる私が告白して振られたこの話は瞬く間に学校中に広がった。噂の出所を突き止めて潰したときには時すでに遅しだった。
そんなことはどうでもいい。
この話のうち、一つは現実となり、一つは叶わなかった。
晴斗の困った笑いが意味していた通り、彼は幼馴染の彼女に捨てられた。それはもうこっぴどく振られたらしい。彼は私の告白にもきちんと断ったというのに、幼馴染はほいほいと別の男に靡いたらしい。もし会うことがあったらどうにかしてやりたいと思う。これが現実になった方。
そして叶わなかったのは、私が彼を甘やかすということ。まさか晴斗が暮らす部屋の隣には女子大生が住んでいて、その彼女が晴斗に好意を寄せていて振られたその日に慰めるとは誰が予想できようか。その女子大生が晴斗を好きになったタイミングは多分私よりも前。やられたというほかない。
「多少出遅れた感は否めないけれど、私もここから先は遠慮しない」
一度振られたからなんだというのだ。そのくらいで諦めるほど私の彼への思いは浅くはない。一見すると芯の強い高校生とは思えない程しっかりしているが、その裏には苦悩を抱えている。それをおそらく最初に払ったのが隣に住む女子大生なのだろう。
「私だって……晴斗の支えになれる。なってみせる……!」
男の心を掴むには胃袋から。というわけで私は包丁を手に取る。
「手作りのお弁当で君の心をわしづかみにして見せるぞ! さて……何から始めればいいんだ?」
生まれて初めての料理は、前途多難だ。
まもなく始まる二学期。私の作戦は上手くいくのだろうか。本当に、前途多難である。




