第52話:家族会議 in幼馴染宅
ご興味を持っていただきありがとうございます。
幼馴染帰宅後の話。
楽しんでいただけたら幸いです。
「ただいま―――」
私―――荒川恵里菜―――が家に帰って来たのはとっくに日は沈み、辺りは真っ暗になる頃だった。
母から預かった手土産をそのまま持ち帰ることになった経緯を思い出してまた苛立ちを覚えた。
あの女さえいなければ。だけど、あの女がでかい顔をしていられるのも今だけ。私が両親に全て話せば晴斗の両親にも伝わって、彼はこっちに帰ってくるだろう。あの女を家に招いている里美叔母さんも同罪だ。
この苛立ちと晴斗に会えなかった寂しさを紛らわせるため、私は付き合っている先輩に連絡を入れた。このまま真っ直ぐ家に帰るのもしゃくだった。
今日は練習が早く終わったようで、短い時間だったが逢うことが出来た。そこでいかに私の幼馴染がひどい奴かを赤裸々に話をして、先輩に慰めてもらった。残念ながら時間の都合で先輩に可愛がってもらうことはできなかったが、話を聞いてもらって、
―――お前を捨てるなんてひどり幼馴染だな。大丈夫、俺がそばにいるからな―――
と優しく頭を撫でてもらっただけでも十分元気になった。
「あっ……お姉ちゃん。帰って来たんだ……」
玄関で鉢合わせたのは妹の奈緒美だ。私の二個下の中学二年生。晴斗のことを実の兄のように慕っていて、いつも私たちのデートについて来ようとして晴斗を困らせた過去を持つ。
「ちょうどよかった。お母さんとお父さんがリビングに来るようにってさ。ほんと……どの面下げて晴斗さんのところに行ったの? 信じらんない」
侮蔑の視線と言葉を突然投げつけてきた妹に私は驚き、言葉を失った。奈緒美をやれやれだよと言いながらリビングへと向かった。
我に返り、私は慌てて靴を脱いで奈緒美の後を追った。いつも食卓を囲んでいるテーブルには父と母が座り、いつもなら私の隣に座っている奈緒美は母の隣に移動していた。これが意味することは一体―――
「お帰りなさい、恵里菜。帰ってきてすぐのところ申し訳ないけど、まずは座ってちょうだい。色々聞きたいことがあるから」
私を晴斗の家に送り出したときは笑顔を浮かべていた母はどこか悲しげな、普段は笑顔を絶やさない優しい父がじっと腕を組んで瞑目している。妹の奈緒美はいらいらと貧乏ゆすりをしている。
「恵里菜……今日、晴斗君とは会えたの?」
母からの静かな問いかけ。ここだ。ここで話をするしかない。この妙な空気は気になるけれど、晴斗をあの女から救うためには気にしてはいられない。
「それがね! き、聞いてよお母さん! 晴斗の家に行ったんだけど会えなかったの! ううん、会わせてくれなかったのよ! 隣に住んでいるとかいう変な女がいてそれで―――」
「……恵里菜、正直に言いなさい。本当に、晴斗君に会えなかったのか? 話を全くできなかったのか?」
父が昂る感情を押し殺したような声で尋ねてきた。妹の貧乏ゆすりはさらに激しくなり、時折舌打ちもしている。
「だ、だから言ったでしょう!? 晴斗に会いに行ったら変な女がいて! そいつが私と晴斗を会わせるのを邪魔したのよ! 里美叔母さんも公認って話だし、早く晴斗のご両親に伝えないと晴斗が―――」
「ねぇ、お姉ちゃん。そもそもなんでこうして呼ばれているか……わかってる?」
私の訴えを遮るように、妹の奈緒美が口を開けた。そしてバンッとテーブルを思い切り叩いて立ち上がると、大きな声で怒鳴りつけてきた。
「私たちが何も知らないとでも思った!? 全部晴斗さんから聞いたよ! 遠距離になって、晴斗さんが忙しく構ってあげられなく寂しい思いをさせたせいでお姉ちゃんに愛想つかされたって! でもお姉ちゃんは新しい人見つけて幸せになっているみたいだからそれを祝福してるって、泣きそうな声で話してくれた! それがなんで……晴斗さんが活躍したらまた仲良くしたいって? もとに戻りたいって……そんな都合のいい話があると思ってんの!?」
「ちょ、ちょっと奈緒美……お、落ち着いてよ……これには訳が……」
「訳なんてない! 全部お姉ちゃんのいいように考えているだけ! 最低だよ……あんなに優しくて、カッコよかった晴斗さんを捨てて……別の人とすぐにお付き合いするなんて。し、しかも……もうエ、エッチまでしているなんて……ほんと最低」
奈緒美は涙を流していた。晴斗を憧れの兄のように慕い、淡い恋心を抱いていたのだから無理もない。また私と違って奈緒美は野球が好きで、小さい頃は晴斗とよくキャッチボールをして、今はソフトボール部に入って頑張っている。
だがそんなことより、どうして私がここまで言われなければならないのか。
「恵里菜……お前が帰ってくる前に晴斗君から電話があった。お前とのことでな。全部聞いたよ。どれだけお前が晴斗君を傷つけたのか。そして、お父さんもお母さんも、お前と晴斗君が別々の高校に通うことになって、遠距離になったことで少し喧嘩しているくらいにしか考えず、お前を晴斗君の見舞いに行かせてしまったことを後悔している。もし知っていれば、お前を晴斗君のところに見舞いには絶対に行かせなかったのに……」
お父さんは唇を噛みしながら言った。お母さんもひどく落ち込んだ声で、言葉を繋げていく。
「晴斗君はね。もう家とは関わりたくないって、そう言っていたわ。申し訳ないと、何度も何度も言っていたわ。彼のご両親は関係なく、ただ個人的に、私達と縁を切りたいって言ってきたの。会いたくないってね。それを聞いた奈緒美が取り乱しちゃって…………」
「うぅ……晴斗さん、泣き笑いの声で私に謝ったの……ごめんねって。でもいつかまた、キャッチボールしようねって……心の整理つけたら、君とまたキャッチボールしたいって、そう言ってくれたの……
大好きだったのに! 私の初恋で! 今もずっと大好きなのに! お姉ちゃんのせいでもう晴斗さんに会えなくなった! 全部お姉ちゃんのせい! 晴斗さんの寂しさを埋めようとしないで、自分のことばかり考えたお姉ちゃんのせいだよ! ねぇ、どうして晴斗さんを捨てたの! 今の彼氏は晴斗さんよりいい人なの!? うぅ……晴斗さぁん……」
泣き崩れる奈緒美の肩を抱き締める母。どうして、どうして晴斗はずっと一緒に過ごしてきた我が家と縁を切るなんてことを言ったのだ。それも個人的に? それなら晴斗のご両親から説得してもらえれば―――
「晴斗君のご両親に聞いたら、ご実家にも電話があったそうよ。夏は帰らないし正月も帰らないと言っていたみたいでね。理由を聞いても答えずに一方的に切られたそうよ。折り返しをしてもすぐに切られてしまって繋がらないし、今ではスマホの電源すら落としているみたい。この晴斗君の行動の意味がわかる?」
わかるはずがない。晴斗がどうして急にこんな風になったのか、私には皆目見当がつかない。でもきっとそれもあの女が言わせたに違いない。
「はぁ……私達も一緒よ。晴斗君が甲子園で活躍して、あなたを含めて色々インタビュー受けたでしょう? それがまずかったのね……誰も、本当の彼をちゃんと見ようとしていなかったのね。彼を本当に応援している人は、この辺りにはいなかったってことね」
甲子園で活躍した自慢の幼馴染。私は鼻高々にお母さんもお父さんもそんな晴斗とよく遊んだことを自慢げに話した。奈緒美は少々恥ずかしそうに話していたのを覚えている。晴斗のご両親に至っては、明秀高校に行かせるために息子を説得したとも言っていた。そんなはずないのに。あれは晴斗が里美叔母さんと一緒にご両親を説得した結果だ。
「晴斗君にはね。自分のことをちゃんと見て、認めてくれて、応援してくれる人はほとんどいないって言ってわ。その数少ない人が里美ちゃんであり、あなたが会ったお隣さんの飯島さんみたいね。あなたにこっぴどく捨てられた時、慰めてくれたのが彼女みたいよ?」
「そ、それがおかしいって言っているの! なんで隣に住んでいるだけの他人が、里美さん不在の家にいて、晴斗と一緒にいるのよ!? 晴斗も、里美さんもきっとその女に騙されているだけ! そうよ、あの女さえいなくなればきっと―――!」
「恵里菜!! いい加減にしなさい! 飯島さんは里美ちゃんが信用している子なのよ!?当然、里美ちゃんに連絡して話を聞いていないはずがないでしょう!?」
急に大きな声を出したお母さんに私はびくっと身体を震わせた。自らを落ち着かせるように胸に手を当てて深呼吸をしてから、お母さんは話を続けた。
「里美ちゃんに聞いたわ。飯島さんとは一年以上の付き合いだそうよ。だから飯島さんの人となりはわかっていると言っていたし、それこそ恵里菜や、晴斗君のご両親よりもよっぽど信頼できるって言っていたわ。その理由は詳しく教えてくれなかったけど、一言だけ言ってたわ。それは―――」
―――そうですね。あえていうなら……晴斗と同じ眼をしているから、ですかね? 叶うかもわからない大きな夢を必死になって叶えようと努力する真っ直ぐな眼。私、そういう子応援するのが好きなんですよね―――
「それにね。飯島さんが晴斗君と仲良くするようになったのは今年の夏ごろからって言っていたわ。その意味がわかるわよね? あなたに振られてからよ。会えなくて寂しい思いをしていても、晴斗君はあなたのことを思ってただ一途にあなたを見ていたのに……
でもあなたが裏切って、それをたまたま飯島さんが慰めただけ。結果として仮に二人がお付き合いしたとしても、誰にも何も言う権利はないし里美ちゃんは何か文句があるなら私が相手になる、って言っていたわ。同じことを晴斗君のご両親にも言ったそうよ」
「そ、そんな…………」
「そういうわけだから、もう晴斗君とは関わってはダメよ。もしまた会いに行ったりすれば、彼は警察に連絡するとさえ言っていたわ。例え昔からの知り合いでも容赦なくストーカーとして訴えますから、って言っていたわ。そうならないように、どうかお願いしますと最後は頼まれたわ」
「わ、私が……晴斗の、ストーカー? そ、そんなわけ……」
「ないと思っているの? もしそうならお姉ちゃんは相当だよ? 実の姉に言いたくはないけど……最低のクズだよ」
「奈緒美。お姉ちゃんにクズは言い過ぎだ。だがね、恵里菜。お前から晴斗君を振っておいて言うのもなんだが―――もう彼のことは忘れなさい。お前は今お付き合いしている人と上手くやりなさい。そして、今度彼をここに連れてきなさい。いいね?」
「ど、どうして先輩を、ここに連れてこなきゃいけないのよ!?」
「決まっているだろう。大事な娘の貞操を奪ったんだ。その男の顔を見ずにいられるほど私は優しくはない」
「そうね、お父さんの言う通り。私もその新しい彼氏さんとお話ししたいわ。晴斗君より魅力的な男性なんでしょうね?」
「私はパス。お姉ちゃんみたい最低な人と付き合う男の気が知れないし顔も見たくない。私のいない時にやってね」
そう吐き捨てるように奈緒美は言うと席を立って自分の部屋へと戻って行った。
「はぁ……あなたがそこまで馬鹿な子だと思わなかったわ……」
お母さんのため息混じりの声。お父さんは無言で冷蔵庫に向かい、酒を取って飲みだした。私はただ茫然としているだけ。
「晴斗君のお家にも謝りにいかないといけないかしらね……」
そんな言葉を耳にしながら、私は呆然としつつこの先どうするかを考える。
ただ言えることは一つ。
絶対に、許さない。