猫の日特別回:猫カフェに行ったら……猫になったわ※本編とは関係ありません。広い心でお楽しみください。
ご興味を持っていただきありがとうございます。
こちらは猫の日の特別回です。
本編とは関係ありませんので、どうか寛大な心でお楽しみください。
時刻は午後9時過ぎ。場所。飯島早紀宅。
2月22日をニャンニャンデー、つまり猫の日と言い出した人は正直誰か知らないけれど、少なくとも俺が置かれているこの状況に喜びと同じくらいとても困惑している。
「晴斗……私のこと……たくさん愛でて欲しいニャ」
いつ、どこで買ってきたのか、そしてなぜそれを装備しているのかすこぶる謎だらけだが、今、早紀はその果実のような瑞々しく大きくたわわに実り、零れそうになる双丘をハート型にくりぬかれた黒のレース下着―――いわゆる猫ランジェリーと言うもの―――で覆い、猫耳と鈴のついたチョーカーを身に付けた、ともすれば裸よりも妖艶な姿で俺の身体に大かぶさっている。
そもそも早紀はスタイルがよすぎるのだ。張りと艶のある肌。男を魅了してやまない柔らかくどこまで沈み込んで離さない魅惑の双丘、腰からお尻にかけてのライン。これらを総合して早紀の肢体は黄金比で形作られたまさに髪が生み出した至高の芸術品だ。
そんな彼女が、今黒の下着姿で、甘える猫のような仕草でソファに座っていた俺を押し倒して舌なめずりをしながら俺の胸に頬をすりすりしているのだ。そして俺を見つめる視線は愛ででと潤っている。
「さ、早紀さん……ちょ、ちょっと……困りますよ。なんて格好しているんですか……」
「だって……晴斗が言ったニャ? 猫って可愛いですねって。猫カフェでもとっかえひっかえ色んな子を愛でてたニャン……だから、私も……恥ずかしいけど頑張って着たんだニャ? 晴斗に愛でて欲しいニャン……ダメかニャ?」
耳まで真っ赤にしながら俺に尋ねてくる。
心の中ではダメなわけない、今すぐ抱きしめて、思う存分可愛がりたい。だが、それをするにも順序がある。まずは主導権を奪い返さないといけない。
俺は身体を少し持ち上げて体勢を整える。これで押し倒された体勢から向かい合う状態に変わる。これで五分五分だ。
「すごく……可愛いですよ。どの猫よりも、今俺の前にいる早紀が一番可愛い。でも……そんな可愛い格好して俺を誘惑して……覚悟、出来ているんですよね?」
しかし、ただ答えを返すだけでは面白くないので少し意地悪することにした。その顎をくいと掴み、猫が喜ぶ顎舌を撫でる。
「そ、それは……お、応相談ということで……お願いしますニャ」
耳まで真っ赤にしてくすぐったそうにしながら尻切れトンボで話す早紀。その頭を撫でながら、どうしてこんなことになったのか思い出すことにした―――
時間は半日ほど遡る
「ねぇ、晴斗ぉ。今から猫カフェ行かない?」
「……どうしたんですか、突然。早紀さんって猫好きでしたっけ?」
昼下がり。今日は土曜日だと言うのに珍しく練習が休みになったので俺は早紀の家で昼ご飯をご馳走になっていた。なぜ休みになったかはわからないが一説によれば監督が、
「今日はネコの日なので練習は休みにします」
と宣言したとか、していないとか。9割優秀な人なので1割どこかおかしな人なのだ。
それはさておき、猫カフェ発言の話だ。早紀の手料理でお腹も膨れて今日はだらだらまったりしようかって早紀本人が言っていたので、この洗い物が終わったら緩やかで幸せな昼下がりを過ごせると思っていた。
「ん―――普通に好きだよ? あの自由な感じとか、足とか顔にスリスリしてくる感じとかたまらなく可愛くない?」
「まぁ……否定はしませんね。確かに可愛いですね」
それはいつものあなたですよ、と思ったが口にはしなかった。ソファやベッドの上になると早紀は必ず俺にくっついてくる。これは私のです誰にも渡しません、という意思表示と、どこにも行かないでという懇願が混じっているようで愛おしくも思うし、大切にしようとも思う。
「晴斗もそう思うよね! それでね、今日は2月22日で猫の日みたいで、ちょうどいまテレビで猫カフェが特集されてて、すごく可愛かったの! だからせっかくの休みだから一緒に行きたいなぁって思ったんだけど……ダメかな?」
「フフ。いいですよ。天気もいいですし、出かけるのも悪くないですね」
「ほんと!? やったね! 急いで準備してくるから座って待っててね!」
ソファから飛び上がるように立つと早紀さんは急いで支度をはじめた。すでに軽く化粧をしているとは、外に行くとなるとまた違うのが女性の大変なところだ。ましてや今は食事を終えたばかり。
洗い物を終えた俺は彼女と入れ替わる形でソファに座る。テレビには今しがたまで早紀さんが見ていた猫カフェ特集の番組が続けて流れていた。なるほど、様々な種類の猫たちが思い思いの場所で自由に過ごしている。中には客のそばでくつろいだり、すり寄ったりしているので確かに可愛い。これが早紀さんの気持ちもわかる。
早紀さんが準備している間に近くにある猫カフェを検索する。抱っことおもちゃに時間制が設けられているその猫カフェは利用者のレポートを見る限り、人懐っこい猫もたくさんいるようだ。和テイストでありながら障子が破れていないのは行儀が良すぎやしませんかね。
などとくだらないことを考えていると、ふいに鼻孔にシトラスの香りがふわりと漂ってきて温もりと共に俺を優しく包み込む。
「お待たせ! 準備できたよ? もしかして探してくれたの!? いいところあった?」
「えぇ。ありましたよ。電車で1時間もかからないですかね。今行けば、もしかしたら空いているかもしれないので、急ぎましょうか」
「うん! 久々のデート、楽しみだね! ありがとう、晴斗!」
そう言いながら軽くキスをする。すぐに離れてしまったのは名残惜しいけれど、早紀さんのはにかむような笑顔が見ることができて、満たされた気持ちになった。
結論から言えば、猫カフェはとても楽しかった。抱っこやおもちゃで遊ぶことはできなかったけれど、そのかわりたくさんの猫が集まってきてくれて俺の服は猫の毛まみれになった。ただし―――
「なんでよぉ。なんで晴斗のとこばっかりに猫ちゃん集まって私のところにはこないのよぉ……うぅ……晴斗のバカぁ」
店員さんもあまりの差に驚いくほど、俺のそばに猫が撫でてと言わんばかりにすり寄ってきた。対して早紀さんのところに近寄っていたのは少しぽっちゃり気味のこのカフェの主のような猫。その目が憐れでいるように見えたのが悲しかったそうだ。
「香水のせいかかもしれませんよ? ほら早紀さんてばヴァーベナのいい香りしていますから、もしかしたらそれが猫にはきつかったのかも……」
「うぅ……晴斗君が好きな匂いの香水つけたら猫ちゃんに嫌がられるなんて……ガクッ」
自宅のソファで俺の膝の上にがっくりとうなだれる早紀さん。俺はハハハと乾いた笑いを漏らして、彼女の髪を梳くように撫でる。
「しかも店員さんに聞いたらね、晴斗の周りに寄ってきた猫ちゃん、みんなメスだったみたいなの! うぅ……私の晴斗が猫ちゃんに取られちゃうよぉ―――どこにも行かないでよ晴斗ぉ―――」
ウソ泣きしながら俺の腰にまで顔を寄せてスリスリしてくる早紀さんは、お世辞にも俺より四つも年上の女性とは思えないが、それが普段の彼女の姿とはギャップがあってともて可愛く見える。そう思うのは、俺が彼女のことを好きだからだろうか。
「大丈夫ですよ、早紀さん。俺が本当に一緒にいたいと思う猫は、もう俺の膝の上にいますから。それ以外の猫はいりませんよ」
「―――うぅ。晴斗君のバカ! またそうやってキザな台詞をサラっと言うんだから! この天然ジゴロ! 美咲ちゃんとか哀ちゃんに言ってないでしょうね!?」
「……言いませんよ。俺がこんなことを言うのも、好きだっていうのも、早紀さんだけですよ。信じて下さい」
心外です、という念を込めて彼女をじっと見つめる。上目遣いの早紀さんとの無言のにらめっこが始まるが、それは早紀さんが顔を赤くしてすぐにそっぽを向いたので俺の圧勝に終わった。
「晴斗君の馬鹿……でも好き………あっ、そうだ!」
何かを思いついたように、早紀さんは急に起き上がった。俺が頭に?マークを浮かべていると、クックックとどこぞの悪役のように邪悪な笑みを浮かべて、
「晴斗……年上お姉さんを照れさせた罪…………身をもって償わせてあげるから覚悟しないさ! 私が本気を出せば、晴斗なんてイチコロなんだからね!」
そして逃げるようにして自室に入ってガサゴソすること十分弱。フッフッフッという笑い声が聞こえてきたと思えば猛ダッシュでソファに突っ込んできてその勢いのマッマ早紀さんに押し倒された。
「晴斗……私のこと……たくさん愛でて欲しいニャ」
―――ということがあったわけだ。ちなみにどうして語尾が変化しているのかは聞かないことにした。多分、役に成りきらないと恥ずかしくて耐えられないのだろう。そう俺は解釈した。
「たくさん、たくさん可愛がってあげますよ? それこそ早紀が、もうやめてって泣いちゃうくらい、優しく……激しく……ね?」
「う……うぅ……」
「どうしたんですか? せっかく飼い主が、愛でてほしいっておねだりしてきた可愛い猫にご褒美を上げるって言っているのに……もしかして、嫌なんですか?」
「…………嫌じゃない、ニャ」
「ん? 聞こえませんよ? はっきりと言ってくれますか?」
「うぅ……晴斗の意地悪! たくさん、たくさん可愛がって欲しいの! 私のこと、たくさん可愛がってください……お願いします……ニャン」
「フフ……よくできました」
持ち上げた顎。程よい肉付きの腰に手を回して彼女の身体を引き寄せて、そのぷっくりとした柔らかな唇にキスを落とす。
「うぅん……はるとぉ……ンフッ………キャッ! もう、どこ触って……うぅん……ぷはぁ……」
「フフ…‥嫌でしたか? ハァ……ハァ…………さつき……可愛いよ。すごく……似合っている」
「ンンッ……ヘヘ。そう、かな? アァん……もう、そんなに……触られたら……んっ……私……我慢できなくなっちゃう……ニャン」
「まだそのキャラ、続けるんですね……うぅん……いいですよ、俺も、我慢できないんで。ベッド、行きましょうか?」
うんと恥ずかしそうにうなずく早紀の手を取った。
たくさんの猫と戯れて、愛しい子猫と褥を濡らした、濃密な一日となった。