第46話:幼馴染のモノローグ
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私は荒川恵里菜。夏の甲子園で一躍スターとなった明秀高校の一年生、今宮晴斗とは幼馴染の関係だ。
家も近所だったことから小さい時から一緒に遊んでいたし、むしろ一緒にいない時間の方が少ないのではないかと思うくらい仲が良かったと思う。そんな彼と―――どっちから告白したかもう覚えていないけれど―――中学生になったタイミングで付き合い始めたのは自然な流れだったと思う。
晴斗はお父さんの影響で小さい頃から野球をしていた。私は野球そのものに興味はなかったけれど、晴斗が野球をしているのは嫌いではなかったのでよく眺めていた。でも、何が面白いのかはわからなかった。
彼には才能があった。小学生低学年頃のからすでに投手として活躍し始め、中学に上がる頃にはシニアチームのエースとして活躍した。その頃、彼の活躍をどこからか聞きつけたのか、坂本君がふらりと現れて入団し、二人に刺激を受けた阿部君がやってきてバッテリーを組み出したころにはシニアチームは世界大会に出場し優勝。さらに三人はU15の日本代表にまで選ばれた。
もちろん、私は三人が地元の名門高校に進学するものと思っていた。だが、阿部君が家庭の事情で石川県の実家に引っ越しを余儀なくされ、晴斗と坂本君が東京の高校の監督の考え方に賛同して東京に出ると言い出した辺りで、私と晴斗の関係はおかしくなった。
表面的には変わりはない。晴斗は変わらず私のことを大切にしてくれた。離れても好きだと何度も言ってくれた。それを嬉しく思う私もいた。だが心の奥では、もうこの時すでに、彼に対する想いは冷め始めていたのかもしれない。
そして高校に進学して。小、中と同じ学校で過ごした友人も何人かいたが、みんなには彼氏とは遠距離になったと伝えた。だがまだ私は彼への想いがあったから、連絡もまめにしていた。
だが、晴斗は部活の練習が大変なこと、環境が大きく変化したことで疲れているのか素っ気ない返事だったり、既読スルーすることが多くなった。だが後日彼は必ず謝ってくれた。忘れているわけじゃないのだと思った。
そんなある日のこと。私に転機が訪れた。GWが明けてしばらくして、野球部のレギュラーで一つ上の先輩から声をかけられたのだ。校内で見かけて可愛いと思った。まずは友達になってほしい。今度一緒にご飯でも行かないかと。
その先輩は二年生でありながらエースを任されていて、校内でもイケメンで知られる人気の人。告白して撃沈した女子生徒の数は数知れず。私の周りでも沈没した友人は何人もいた。そんな誰もが憧れる人から声をかけられて、可愛いと言われて、私は嬉しくなってしまった。
そこから先は早かった。まずは連絡先を交換。部活の練習終わりに一緒に帰るようになって練習が休みの時は一緒に出掛けるようになった。晴斗へのうしろめたさが少しあったから彼への連絡頻度は落とさない、しかし先輩と一緒にいる時間は中学生の時に晴斗と過ごした時間よりも楽しかった。
だから、彼から告白された時は思わずうなずいてしまった。それが、甲子園の地方予選が始まる夏のことだった。
先輩はエースとして活躍した。私の通う高校もそれなりに野球の強豪だったようで、県予選のベスト4まで進んだが、惜しくも準決勝で敗れて敗退となった。
私は涙を流す先輩を慰めた。初めて見せる彼の弱った姿に私の胸は締め付けられて、愛しさが爆発して思わずキスをした。これが初めてのキス。そこからは、もうなし崩しだった。何があったかは、言うまでもないだろう。
その日の夜。私は晴斗に別れを告げて連絡できないように彼からのメッセージをブロック扱いに放り込んだ。
それから数日後。私の目に飛び込んできたのは元カレとなった晴斗が東東京の予選大会の準決勝に先発して、優勝候補筆頭の徳修館高校を相手に123球完封勝利を挙げたというニュース。
インタビューでは涼しい顔で謙虚に、しかし時には自信満々に受け答えをする晴斗の姿があった。それをテレビで観た両親にはひどく冷めた眼差しを向けられた。
―――だから言ったでしょう?晴斗君はすごくていい子なんだから逃したらダメよって―――
両親には私たちのことを話している。当然、晴斗の両親にも知られているだろう。だから私は先輩とのことは忘れてもう一度やり直せないか晴斗に連絡を入れた。だが、彼から返信はなく、電話をかけても無視された。仕方のないことだと思う。振ったのは私なのだから。でも、無視するのはひどくないか。だって私達は幼馴染なのに。
それからあれよあれよという間に時間は過ぎて。先輩と過ごす夏休みも楽しかったけれど、幼馴染でついこの間まで交際していた晴斗が甲子園という高校球児の夢の舞台で優勝候補を相手に活躍している姿を見て久々にときめいた。
だが晴斗が世間に与えた本当の衝撃は二回戦。敦賀清和高校との一戦だ。その試合の日は先輩とお家デートでまったりしながら観戦した。どうしても先輩が観たいと言ったのだ。
そして、晴斗は坂本君のエラーのせいで完全試合は逃したけれど、見事令和初のノーヒットノーランを達成した。さすがに私は何も言えなくて、隣に座る先輩はすごく感動していた。
「いや―――世の中にはすごい一年生がいるもんだなぁ。あれは絶対プロに行くな」
「せ、先輩は……先輩は、どうなんですか? プロ、目指してないんですか?」
「俺? 無理! 無理! 地方予選のベスト4止まりだぜ? 来年があるっていっても3年生も抜けるから甲子園なんて夢のまた夢だよ。そんなことより恵里菜……ベッドに行こう?」
晴斗の口癖は、プロ野球選手になること。それを小学生の卒業文集に書いていた。しかも具体的に。それを見た当時の先生はとても感心して、
―――51番を付けた世界の安打製造機と同じことを書くんだね、今宮君は。君ならきっと夢を叶えられるよ―――
と言っていた。中学生の卒業文集にも書いていたが、その時はより具体的だった。そのうちの一つが甲子園に出て優勝することだったはずだ。
晴斗は大記録を達成した試合で打球を足に受けて怪我をしたのか、三回戦以降は姿を現さなかった。結局、明秀高校はベスト8で姿を消した。
「恵里菜……あぁ…………恵里菜、愛してるよ……」
先輩との情事は、最初の時と比べて、少し、色褪せたように感じた。
しばらくして。お母さんから聞いたのだが、どうやら晴斗は足を骨折していたらしい。晴斗の両親から聞いたというから間違いない情報だ。
―――どうせ暇しているんでしょう? ならお見舞いくらい行ってきたら? 晴斗君、練習も参加できずに自宅療養しているみたいだから。その気があるなら私から晴斗君の住んでいるところを聞いておくから―――
そう、これは元カレとか関係なく、幼馴染として、怪我をしている彼を心配してお見舞いに行くだけ。決して、活躍して注目を浴びた晴斗と寄りを戻したいわけではない。インタビューを受けて、つい彼のことを褒めすぎて先輩と喧嘩したことは関係ない。先輩しか見ていないとちゃんと伝えて、身体を重ねて仲直りをした。
これは元カレとか関係ない、ただのお見舞いだ。
甲子園の決勝戦が行われる日。私は晴斗が住んでいる東京の家に向かった。母から渡された手土産と、最寄り駅で買った果物を手にして。
オートロックのマンションだったが、運のいいことに私が着いたタイミングでマンションの住人らしき人が出てきたので私はすっと入って晴斗のいる、里美叔母さんの部屋を目指した。
そして、ようやく目的地に着いた。久々に会うかつての恋人の幼馴染がどんな反応をするのか楽しみであり、怖くもある。でもきっと晴斗なら、ちゃんと話せばわかってくれる。そう信じてインターフォンを押した。
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何度押しても返事がない。間違いなく家にいると晴斗のお母さんに確認したと、お母さんから連絡をもらっている。でもなぜか反応がない。ここまでわざわざ来たのに、居留守を使っているのだろうか。段々頭に血が上ってきたところで、反応があった。私は大きな声を出した。
『はい、今宮ですが―――』
「ちょっと晴斗! いるんでしょ!? どうして居留守を使うの!? って……あんた、誰? えっ、晴斗は!? 晴斗を出して!」
聞こえてきた声は聞き慣れない女性の声。なぜ、里美さんの部屋から、知らない女の声が聞こえてくるのか。信じられない。晴斗は私のなのに―――
「ちょっと! 晴斗は!? そこに晴斗いるんでしょ!? 怪我しているんだよね? 私、お見舞いに来たの。あと、どうしてもあなたに謝りたかったの……だからお願い、話を聞いて!」
『いいわ。そこでキャンキャン吠えられても迷惑だから中で話しましょうか。晴斗の元カノさん?』
棘のある声で謎の女性が私を挑発してきた。わざわざここまで来たのに出てこない晴斗も、晴斗を隠しているこの女にも、私は腹が立った。
ここから先は、戦いだ。