バレンタイン特別回:飯島早紀編(After) ※本編とは関係ありません。広い心でお楽しみください。
ご興味を持っていただきありがとうございます。
こちらはバレンタイン特別企画のAfterです。
本編とは関係ありませんので、どうか寛大な心でお楽しみください。
ブー、ブーとスマホのアラームの音で俺は目を覚ました。寝ぼけまなこをこすりながら、俺は体を起こした。今年は例年以上に暖冬だが、そうは言っても2月の早朝は何も身に付けていない身体には堪える寒さだ。
ここで初めて、俺は自分に起きている違和感に気が付いた。
「……なんで、俺は、裸なんだ?」
昨日の夜の出来事を必死で思い出す。
早紀さんとご飯を食べた。
ソファに座ってくつろいでいてと言われた。
からかってきたから仕返しにいつも以上に密着して、早紀さんに今思い出しても恥ずかしいくらい、キザな台詞で魅了しようとして、あまりの羞恥に俺が耐えられずに冗談だと言ってごまかしたら早紀さんが泣いてしまった。
だがそれは早紀さんの演技で、逆に俺は早紀さんから手作りのトリュフチョコレートを口移しされて、濃厚なキスをした。
まだおかわりがあるよ、と早紀さんに誘惑されて、俺は本能の赴くままに彼女と何度も、何度もキスをした。
「……フフッ。おはよう、晴斗。もう起きたんだ」
早紀さんが横になったまま声をかけてきた。俺はギギギと壊れたブリキ人形のようにぎこちない動作で目を向けた。早紀さんは慈愛に満ちた笑顔を浮かべていた。
「それにしても……夜はすごかったね。私も初めてだったけど、晴斗も本当に初めてだったの? その……すごくよかったよ」
最後は恥ずかしくなったのか、早紀さんは俺の腰に抱き着いてきた。その拍子に布団が剥げて、真っ白な、まるで陶器のような技術的で美しい背中が露わになった。綺麗だ……
「ねぇ、晴斗。キス、しよっか?」
聞き方は疑問形。しかし彼女の中では確定事項。腰に回した手を肩まで伸ばして身体を持ち上げて、その柔らかい唇を重ねてきた。
「ン……ゥン……はると……ンゥン……はるとぉ……好き……大好き……」
重ねては、離れ。重ねては、離れ。繰り返すうちに次第に唇だけの逢瀬だけでは満足できずに、互いの舌を絡め合わせていく。一晩中飽きることなく繰り返したことで、どういう風にしたら早紀が悦ぶのか、俺は感覚を掴むことが出来た。
「ハァ……ハァ……ンッ……さつき………ッフフ、俺も……好きだよ……」
プハァと唇を離す。透き通る糸が俺達の間に垂れるが、それが嫌らしいとは思えず、むしろ愛の結晶の一つなのだと俺は思った。
とろんとした潤んだ瞳で見つめてくる早紀。それを上から覗き込む俺。これで終わりなのか、続きはないのかと懇願するかのような蕩けた表情に、俺の理性は崩壊しかける。
「ねぇ、晴斗。もしかして……これで終わり? まだ朝練まで、時間あるんじゃない? 昨日の続き、しない? というよりしてほしいなぁ……ダメ?」
「あぁ……いや、その……さすがに俺もですね、朝からというのは……その……」
「問答無用! ってい!」
抵抗する間もなく。早紀はブラジリアン柔術を彷彿とさせる俊敏な動作で俺の上にまたがり、そして舌なめずりをした。完全に女豹の顔になっている。
「大丈夫。晴斗はぁ……私に身を委ねていればいいからね? フフッ。安心して。一緒に……気持ちよくなろ?」
そうして再び早紀に唇を奪われる。この蕩けるような甘さから、もう逃れることはできない。
*****
シャワーを浴びて、気だるい身体に喝を入れる。心のなしか腰に痛みを覚えるが、それは不快からくるものではなく満足感と充足感からくる嬉しい疲労だ。早紀がはってくれた湯船に身体を沈める。ようやく一息つける。
「ねぇ―――晴斗、まだお風呂浸かってる? そろそろ朝ごはん出来るよ?」
スモークドアの向こう側から。かろうじて見える早紀のエプロンの姿が見える。朝食の準備をしておくからと言っていた。まるで同棲しているカップルのようだ。
「あぁ……ありがとうございます。もうすぐしたら出ますよ」
「そう? それは……ちょっと残念かな。ねぇ、私も一緒に入っていい?」
「出ます! 今すぐ出ますから!」
俺は慌てて湯船から脱出して風呂場を出た。案の定、扉の前には今まさに着ていたワイシャツ―――ちなみに俺の―――を脱ごうとする早紀がいた。俺は予め用意されていたタオルと下着を掻っ攫い、浴室に戻ってから身体を拭いてパンツを履いた。
不満そうに頬を膨らませた早紀が仁王立ちしていた。
「……私が拭いてあげようと思ったのに、なんで自分で拭いちゃうの?」
「いや……そこまで早紀さんの手を煩わせるわけには……」
「ふん! いいもん。そんなことい晴斗にはご飯あーげない」
そんな殺生なことを言わないでください。それより、俺のワイシャツ返してくれませんか?
早紀さんが用意してくれた朝食はルーベリーソースがかけられたヨーグルトとフレンチトースト。スクランブルエッグにソーセージ。デザートにキュウイなどのフルーツと短時間で作ったにしては華やかだ。
「それにしても、フレンチトーストなんてよくこの短時間で準備できましたね。味も沁みていて美味しいです」
「ありがとう。本当なら一晩漬けこめばもっとも甘くてふんわりした仕上がりになるんだけど、さすがに昨日はそれどころじゃなかったからね。まぁそれは私だけのせいではないんだけどね?」
「……俺は何も言ってないじゃないですか。意地悪ですね」
お風呂でのことをまだ根に持っているのか、早紀さんはプイとそっぽを向いた。そんな彼女がまた可愛いと思ったが、それを言ったらまた拗ねるのだろうか。
とは言うものの。テレビを見ながら談笑して楽しい朝食の時間が過ぎていく。デザートのフルーツを食べ終えた頃、早紀さんは抗議の視線を向けてきた。
「ねぇ、晴斗。どうしてまだ私のことを『早紀さん』て呼ぶの? あの時だけなの、私のことを『早紀』って呼んでくれるのは? 少し寂しいなぁ」
「それは……その。なんというか。恥ずかしくて……すいません」
「ふ―――ん。私も恥ずかしいけど、晴斗って呼んでいるのになぁ。晴斗は頑張ってくれないんだぁ……」
「……早紀。俺も頑張るから、許して」
早紀と呼ぶことに抵抗はない。恥ずかしも確かにあるが、どうしても年上の彼女に対して呼び捨てにして口調を崩すことに抵抗があった。
「……いいんだよ、気にしなくて。私といる時は、素の晴斗のみせて? 私しか知らないあなたをみせてほしい。ダメかな?」
ニコリと笑顔でそんな風に懇願されては、俺に断る術はない。頭をガシガシと掻いてから覚悟を決める。
「わかったよ、早紀。今からそう呼ぶにするよ。口調も……徐々に慣らしていくから。だから、その……改めて、よろしく」
「―――うん! よろしくね、晴斗! フフッ、大好き!」
テーブルから身を乗り出して、キスをする。
それはほんのりブルーベリーの酸味がしたが、とても爽やかな口づけだった。