第27話:喫茶店デート【女子大生:飯島早紀】
ご興味を持っていただきありがとうございます。
楽しんでいただけたら幸いです。
持って来ておいてよかった適当な私服と相馬先輩と出かけたときに被った帽子に伊達眼鏡。いずれ定番になるかもしれない軽い変装をして俺は宿を出た。
時刻は間もなく14時。待ち合わせは甲子園球場前駅。昼も食べずに俺は急いで準備して悠岐にすら声をかけられる前に宿を出たので誰にも気付かれてはいないだろう。
「ごめ―――ん、晴斗君、お待たせ!」
待ち人来る。今日の早紀さんの服装はこの暑い日にぴったりのラフな格好だった。ぴっちりとしたデニムパンツが彼女の美脚と健康的なヒップラインを際立たせている。上に来ているのはハイネックのノースリーブニット。清潔感のあるホワイトカラーだが、その無防備な脇から覗いて見える下着は情熱に燃える赤。
素直な感想を言えば、目の保養であると同時に毒である。甲子園球場に向かうおじさん達の視線は早紀さんの色香にくぎ付けになっている。俺も人のこと言えないが。
「ん? どうしたの、晴斗君? ぼーとしちゃって。暑さにやられた? 大丈夫?」
「いや……そのなんていうか。大丈夫です。ただ、見惚れていただけですから……っあ」
あかん。口に出してしまった。慌てて口を押えて明後日の方向に顔をそらして視線だけを早紀さんに向けると、彼女は頬をわずかに染めていた。
「そ、そう。見惚れてただけ……なんだね。もう、晴斗君ってばお姉さんをからかわないの! それに、誰彼構わずそういうこと言っているといつか大変な目に合うよ?」
「いえ……誰にでも言うつもりはないですよ? こんなこと言うのは、今のところ早紀さんしかいませんよ」
もうこうなれば開き直って素直に吐いてしまえ。俺はぶっきらぼうに言ってから、強引に話題を変える方向に舵をきった。
「そ、それよりも! 早紀さんは昼ごはん食べましたか? 俺はまだ食べてないんですよね。どこか店に入りませんか?」
「そ! そうだね! 私もまだ食べてないんだよね! なんかこの近くに美味しいカレーが食べられるオシャレなカフェがあるみたいなんだよね! 今から行ってみない?」
「そうですね。なら、そこに行ってみましょうか。昼時は過ぎていますから空いているといいですね。カレー、まだ食べられますかね?」
「食べられるといいね、カレー! じゃぁ、いこっか!」
満面の笑みで俺の腕に飛びついてきた早紀さんに俺はドキッとして、俺はまた顔をそらした。むぅという年上らしからぬ可愛らしい声を口に出して脇をツンツンされた。こっちを向けと言うことか。
俺は頬をポリポリと掻き、視線を合わせることはなくしかし彼女の手はほどくことなく歩き出した。屈してはいけない。屈したら、今この場で、間違いなくこの人を甘やかして―――具体的には頭を撫でたりして―――しまいたくなる。
「もう……晴斗君のいけずぅ―」
早紀さんのふくれっ面から発せられた拗ねた声を意識的に無視してカレーが美味しいと評判の喫茶店を目指した。
*****
歩くこと十分ほど。目的地である喫茶店に到着した。こじゃれた木目の壁、落ち着いた雰囲気の穴場的な喫茶店だ。中に入るとカウンター席にテーブル席が四組分、そして一番奥は個室的な作りになっていた。
「いらっしゃいませー」
「あの、まだカレー食べられます? 美味しいと聞いて来たんですか?」
「まだありますよーはい、二名様ですね。好きな席にお掛け下さーい」
出迎えてくれたのは結構若いアルバイトらしき女性。その奥にいるのは人の良さそうな優し気な風貌の男性店主。俺はどこの席にしようか悩んでいると、早紀さんに引っ張られて一番奥にある個室的なテーブルに着いた。早紀さんを奥の椅子に、俺は手前の椅子に座る。
「フフッ。ここなら他のお客さんが来ても目立たないし、テレビもちゃんと観えるからいいでしょ?」
「そうですね。これから試合をする高校とは、3回戦でも当たらないので、今は一視聴者として楽しみますかね」
「そんなこと言いながら、目が真剣だよ、晴斗君?」
「……それはそうでしょう。なにせ春の選抜を制している石川の星蘭高校ですからね。個人的には、優勝候補筆頭ですよ」
テレビでは間もなく本日の第三試合が始まろうとしていた。星蘭高校の守備から始まる初回。マウンドに立っているのは―――
「エースの高梨恭伸君は温存か。この二番手投手でも抑えらると判断したのかな?」
「まぁ酷なこと言うようですが、相手は春夏通じて初出場の長野県勢。舐めているわけではないでしょうが……負けることはないでしょうね」
何故なら、その二番手投手をリードするのがあの男なのだから、というのはもう少し試合が進んでからにしようと思った。
「あの―ご注文はどうしますか?」
「俺はカレーを、ご飯大盛りで。早紀さんはどうしますか?」
「私もカレーを下さい。ご飯は普通で。あっ、食後にコーヒー二つ下さい」
「かしこまりましたー。カレー二つ、一つは大盛りで食後にコーヒー二つですね。少々甲子園でも観てお待ちくださーい」
やる気のない返事をして、店員さんは注文を店主に伝えた。さて、評判のカレーを楽しみにしながら俺は目を輝かせながらニコニコ笑顔で野球中継に夢中になっている早紀さんに視線を合わせた。
「ホント……美人だぁ」
まるで野球少年のように夢中になって試合を観ている早紀さんは、本当に可愛いと思った。自分が好きなことを、好きでいてくれるのは嬉しいものだ。
「ちょ、ちょっと晴斗君!? ふ、不意打ちでそういうこと言うの禁止!」
「―――っへ? 俺、今何か言いましたか?」
「……無意識かい。それはそれで罪が重いぞ、高校生。お姉さんは君の将来が不安で仕方ないぞ」
顔を赤くしながらぶつぶつと呟く早紀さん。それでも視線はテレビに向けたまま。向かい合って座っていて目を合わせてくれないのは寂しいが、カレーが来るまでの間、早紀さんと一緒に試合を観ることにした。
「さて、お手並み拝見させていただきますかね、元相棒」