第25話:電話連絡と約束【女性大生:飯島早紀】
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一回戦を無事勝利で納めた明秀高校野球部は、宿泊している旅館に戻ってからようやく、自分たちがしでかしたことを実感し、大騒ぎをしていた。
「俺たち勝ったんだよな!? 本当にあの大阪桐陽に勝ったんだよな!?」
「あぁ!! これで今年の東東京代表は期待できないとか言っていたメディアとか見返せたな!」
先発も控えも関係なく先輩たちはオレンジジュース片手にはしゃいでいた。工藤監督も珍しくビールを飲みながらその様子をニコニコ笑い上戸で眺めているだけ。松葉先輩も日下部先輩も騒いでこそいないが、いつもより大きな声で陽気に会話していた。
「フン。みんな浮かれすぎじゃないか? 優勝したならまだしも、たかだか一回戦を勝ったくらいじゃないか」
「まぁ、お前の言いたいこともわからないでもないが無理もないさ。念願叶った甲子園出場の初戦がいきなり優勝候補大本命と来れば、心のどこかで負けても仕方ないと諦めていたからな。本気で勝てると思っていたのは、まぁ数人だろうさ」
俺と悠岐は少し離れたところでジュースを飲んでいた。こんな風に憎まれ口をたたいているが、決して悠岐がこの勝利を喜んでいないわけはない。単にこの天才児は高校最強のエースから三振を奪われたことを悔しがっているだけなのだ。
「あぁ―――クソッ! あのピッチャーと対戦できるのは全部うまくいったとしても四年後かよ! 勝ち逃げしやがってちくしょう!」
あの対戦を思い出したのか、悠岐は一人で地団駄を踏んでいた。よほど悔しかったのか、今すぐにでも飛び出してリベンジしに行きそうな勢いだ。俺は苦笑いしながらなだめようと声をかけようとしたら、ポケットに入れていたスマホが振動した。電話か。
ポップアップ画面に表示された名前は―――早紀さんからだった。
未だしかめっ面でぶつくさと文句を言いながらリンゴジュースを飲んでいる悠岐を放置することにして俺は宴会場からこっそりと抜け出してから電話に出た。
「こんばんは、早紀さん。どうしたんですか?」
『もう! どうしたんですかぁ? じゃないでしょう!? どうしてすぐ連絡くれなかったの!? 試合、勝ったんでしょう?』
「あっ、あぁ……そうでした。一回戦、無事勝ちましたよ」
『うん、よろしい! 一回戦突破おめでとう、晴斗君! それで、どうですか? 夏の大会二連覇中の桐陽高校打線を相手に3回パーフェクトに抑えた感想は?』
「そうですね……出来すぎ、でしたね。おかげで二回戦以降のマークが厳しくなりそうで面倒です」
初戦に合わせた調整は完璧。地方予選決勝と比べても連戦の疲労もなく、調子も万全。北條さんにだけ投じたスプリット。あれを打てる選手がいるとすれば悠岐を除けば一人しか思い浮かばない。
俺に、スプリット修得を提案した元相棒。
『でもでも、いくらマークしたところであの内容なら簡単に打たれないと思うけどなぁ。今日の『熱戦甲子園』は桐陽高校がメインだけど、きっと晴斗君たくさん映っていると思うよ?』
「あぁ……そういえばその『熱戦甲子園』のMCの、誰でしたっけ?葉月優佳ってアナウンサーから取材の申し込みを受けましたよ。密着取材させてくれって。絶対登板するかもわからないのに。おかしいと思いませんか?」
『……ちょっと待って晴斗君。今、なんて言った?』
軽い気持ちで試合後に話しかけられたことを伝えた瞬間、電話口の早紀さんの口調が、そこに込められる感情に殺気が混じった、ような気がした。
「ど、どうしたんですか? 早紀さん。急に……怖いですよ?」
『晴斗君。もう一度聞くよ。今、なんて、言った?』
「えっ、えぇ……と。『熱戦甲子園』MCの女子アナウンサーから密着取材の依頼がありました。学校と監督の許可も得ているからとも言ってました。そ、それが何か?」
『っく―――あの先輩は! ……まさか私が話した晴斗君の名前を憶えてた? それで予め注目選手として上に話をしていた? だからすんなり密着取材の話になった? となるとあの人は……まずいまずいまずい!』
「あ、あの……早紀さん? 本当にどうしたんですか? あぁ、そう言えばあの人去り際に早紀さんの名前出していたような……?」
『やっぱり……ごめん。晴斗君。もしかしたら優佳さん、密着取材にかこつけて色々聞いてくるかも。カメラの止まっているところでプライベートのこととか、色々と』
「……なんでプライベートのことを聞いてくるんですか? というか、俺のプライベート聞いても何にもならないですよ? つかカメラのないところで話なんてしますか?」
『そうだよね。晴斗君はそういうところ鈍感だもんね。わかった。私からそういうことはしないように一応釘を刺しておくね』
言葉の端々から早紀さんと女子アナウンサーが知り合い―――先輩と後輩の関係――と感じさせるが、俺はあえてそこに触れることはしなかった。早紀さんがこめかみを押さえて唸っている姿が見えたからだ。
「ハァ……まぁ、そういうことならよろしくお願いします。っと、そうだ。そんなことより早紀さんに聞きたいことが―――早紀さん、もしかして今日、球場にいましたか?」
『―――っえ? どうして?』
「声が……聞こえたんですよ。頑張れって、早紀さんの声が。あの時、色んな声が入り混じる中、やけにはっきりと。だから俺の幻聴かなって思ったんですけど、今こうして電話していたら本当にいたんじゃないかって……ははは、変なこと言ってごめんなさい」
『―――いたよ。あの場に。晴斗君を応援するためにね。あぁ―――あ。せっかくサプライズで晴斗君を驚かせようと思ったのになぁ』
天を仰いだ早紀さんの姿が想像できて、俺は思わず苦笑した。はぁ、と彼女はもう一度ため息をついてから、
『よく、気付いたね。私の声に。ねぇ、どうして?』
真剣な声音で尋ねてきた。不覚にも俺はその声に、ドキッとした。もしこれが電話ではなくあの時のように、祝勝会をした食事の時のように向かい合っていたら、俺は間違いなく言葉に詰まって顔を赤く染めていただろう。電話だから、まだその色は薄い。その分、俺は幾分か冷静に話すことが出来る。
「そ、それは……俺が、あの時……一番聞きたかった声だったんです。他の誰でもない、早紀さんの応援を、俺は欲していたんだと思います」
『―――っんん!? は、晴斗君!?』
「だから……他の誰でもない。早紀さんの声が聴けたから、俺はあれだけのピッチングが出来たんだと思います。だから、ありがとうございます」
『ちょ、ちょっとどうしたの晴斗君!? も、もしかして酔っぱらってる!? だ、ダメだよお酒飲んだら! 高校球児の飲酒は一撃アウトだよ!』
「……まったく。人がカッコつけているのにどうしてボケで返すんですか……」
俺はやれやれとため息をついた。この人は、普段は年上の女性らしい凛とした雰囲気を身に纏い、年下の俺を惑わす言動を繰り出してドギマギさせてくるのに、どうしてか時々ポンコツ化するんだよな。それも、人が真剣に思いを伝えているときに限って。
「早紀さんはいつまでこっちにいるんですか? もしかしてもう東京に戻ってますか?」
『んんっ! いや、本当は日帰りの予定だったんだけど、先輩にお願いしてこっちに残ることにしたよ。だって、晴斗君を一番近くで応援したいじゃない? それがどうかした?』
「あぁ……いえ。もしまだこっちにいるなら、明日は午前中の軽めの調整で終わって午後はオフなので少し……一緒に気晴らしが出来たらなぁーと思いまして。どうですか?」
我ながら何を言っているんだと思うが、もし彼女と一緒に過ごせる時間が作れたなら、多分、二回戦の結果は今日以上のインパクトを残せる。そんな気がするのだ。
『う、うん。そ、そういうことなら……デ、デートしようか! と言っても大ぴっらにはできないから……喫茶店デートかな?』
「そうですね! じゃあ明日、楽しみにしていますね。練習終わったら連絡しますね」
『うん! 連絡待ってるね! じゃ、またね?』
「はい。また……明日。おやすみなさい、は少し早いですかね?」
『フフッ。晴斗君は今日試合で疲れているんだから、早く寝なさいね?じゃ今度こそ、またね、晴斗君。すごくかっこよかったよ。お・や・す・み』
最後に艶めいた声で嬉しい言葉を残して、電話は切れた。俺の心臓は試合の時よりも緊張で高鳴っていた。
これじゃぁ、すぐには眠れそうにない。悠岐と少し話をするか。俺は宴会場に戻った。どんちゃん騒ぎはまだ続いていた。
「……僕をおいてどこ行ってたんだよ、晴斗。この、薄情者」
悠岐は頬を膨らませて瞳いっぱいに涙を浮かべて不満を述べた。
機嫌を戻してもらうのに苦労したのは言うまでもない。