第16話:甲子園上陸しました
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夏。夏と言えば皆は何を思い浮かべるだろうか。海、スイカ割り、花火、夏祭り、人それぞれあるだろうが、少なくとも俺は一つしかない。
「俺達……甲子園に来たんだよな? これは夢じゃないよな?」
「夢じゃないぞ、日下部。そして覚えておけよ。俺は高校生でここに来るのは最初で最後になるけど、お前は来年の春、夏にも来るんだ。晴斗、悠岐、お前たちは三年間来つづけるんだぞ?」
今俺達が来ているのは兵庫県は西宮市。全国にいる高校球児がこの地で白球を追いかけ、真剣勝負をしたいと望む場所。高校球児の聖地、憧れの地。
「晴斗、悠岐。あとここにはいない拓也か。お前達三人の一年生は間違いなく今後の明秀を引っ張っていく存在になる。エース。扇の要。4番打者。今年は無理でも来年、来年無理なら再来年。絶対に全国制覇をしてくれよ?」
「松葉さん、何言ってんすか? 始まる前からなんで負ける前提で話しているんすか? 今年から僕らがいる三年間は全部勝ちますよ。三年間は夏も春も優勝旗は僕達の物です」
坂本悠岐は傲岸不遜に宣言した。最上級生の先輩に対する言葉遣いとしてはいかがなものかと思うが、しかし悠岐の言葉に俺は全面的に同意だ。だから俺も自信満々で悠岐に追従した。
「そうですよ、松葉先輩。俺達が負ける要素はそれこそ先輩と俺が揃って大炎上するか、3番の悠岐が大スランプになるか、一回戦で優勝候補とぶち当たるか、くらいしか考えられません」
「なんだと晴斗? 僕にスランプはねぇよ。それより心配なのは晴斗、お前だ。大舞台で緊張してガチガチになるなよ?」
「言ってろ、悠岐。お前こそ怪我明けのぶっつけ本番だけど大丈夫なのか? 初戦で扇風機だけは勘弁してくれよ? 松葉先輩に優勝旗渡せなくなるからな」
「なんだと…」
「おう、やるのか? またあの頃みたいにきりきり舞いにしてやるぞ?」
「……言ったな、晴斗。あの頃の僕と一緒だと思うなよ?」
「はいはい、ストップ、ストップ。そんな顔面突き合わせて仲良くしないの。なに、お前達付き合ってる? チューでもするの? なら写真撮らせろ。こういうのが好きなクラスメイトがいるんだ。ほら、続けて、続けて」
ニヤニヤしながらスマホを構える松葉先輩。止めるのか止めないのかはっきりしない上に何が悲しくて俺が悠岐とキスをしなきゃいけないんだ。反論をしようと試みるが、目の前に悠岐が俯いてふるふる震えていた。心なしか、顔が赤い―――?
「先輩、冗談言ってないで早いとこ着替えてグラウンドに行きますよ。それとスーパー一年生ども、お前達も準備を怠るなよ。特に晴斗! 甲子園は間違いなく総力戦だ! 調整ミスなんて許さないからな!」
日下部先輩に怒鳴られてしまい、俺はその原因となった男に顔を向けるが、そいつはまだプルプルと肩を震わせていた。さっきからどうしたんだ、悠岐の奴。
「ぼ、僕は断じてお前のことを好いているわけじゃないからな!? か、勘違いするなよ!? それと!」
「……なんだよ?」
「お前が投げて、僕が打つ。これですべてこともなしだ。だから……早いとこエースになれ。この夏は待ってやるが、それ以上は待てないからな?」
「……任せろ。俺がエースで4番がお前。これで世界を獲ったんだ。甲子園も、獲るぞ」
フン、と鼻を鳴らして拳を突き出してきたので俺もそれに合わせた。
頼もしい相棒が帰ってきた。
*****
組み合わせ抽選会は波乱が起きた。その一言でわかるだろうか、いや、お願いだからわかってほしい。無茶苦茶言っているのはわかるけど、それくらい我らが明秀高校野球部は重苦しい空気になっていた。
この場にいる監督は口を堅く閉ざしている。つまり、この空気は自分たちで考えて打開しろというメッセージ。
「おい、晴斗……お前、見事にフラグを回収したな。ククク。見事に初戦で優勝候補筆頭と戦うくじを引き当てた主将へ一言どうぞ?」
肘でわき腹をついてにやにや顔で茶化すように声をかけてくる悠岐。
「……反省しているとだけ一応言っておこうか」
まさか到着初日の発言を見事に回収することになるとは思わなかった。主将で4番の一塁手の巨漢、城島先輩の落ち込みぶりはそれはもう見ているこっちが申し訳なるほどだ。その空気がホテルの食事会場に暗い影を落としていた。しかし、この場を斬り裂いたのは我らがエース。ばんっとテーブルを叩いて立ち上がり一括した。
「いい加減、元気出せよジョー。お前が落ち込んでいるせいでみんなが落ち込んでいるじゃねぇか! まぁ若干名、むしろ燃えている奴らがいるけどな。そうだろ?」
そこで俺達に視線を送る。レギュラー十六人と監督、マネージャーの視線が一気に俺と悠岐に集まった。指名された以上、立ち上がるほかない。だが、こういう時の発言は悠岐に任せたほうがいい。アイコンタクトを送る。
―――僕に任せろ。
―――頼んだぞ、悠岐。
この間わずか三秒。視線だけで互いの意図を伝えあう。
悠岐が仰々しく、新製品発表会を記者たちの前で行う某IT社長のように雄弁と語り出した。
「いいじゃないですか。初戦で優勝候補の三連覇を目指している桐陽高校と当たれるんですよ?逆に言えば、僕たちは消耗していない状態で戦えるですよ? 対戦が後になればなるほど選手層の違いで僕らは不利になる。なら初戦で、全力を出せる時に戦えば僕たちに十分勝機はある。それに、ここ数年の桐陽高校の初戦のオーダーは控え中心。そのなめている時に点を取り、継投で逃げ切る。監督はきっとこう考えていると思うんですが…僕の言っていること、間違っていますか?」
悠岐は熱を込めて一気にまくしたてる。俺も同意見だ。対戦したことのない王者を勝手に勝てない相手と決めつけて『夏は終わった』と思い込んでいるのは他ならない俺達だ。
「それに、大会三連覇を目指す絶対王者を数年ぶりに甲子園に返ってきた東京の高校が倒す。これって最高に面白いじゃないですか? そうすれば一躍俺達が優勝候補筆頭ですよ? まさか、燃えないとでも言うですか?」
「おい晴斗! 僕の最後の言葉をとるんじゃねぇよ! いいとこどりは卑怯だぞ!」
シャーと威嚇する猫のように噛みついてくる悠岐。はいはいと適当に受け流す俺。このやりとりは一見すると漫才だが、俺達にとっては日常会話だ。そして、この軽妙なやりとりがこの重い空気を取り払った。
「そ、そうだ! 俺達には失うものがない! 勝てば一躍ヒーローだ! ジャイキリして活躍すれば、プロから声がかかるかも!」
「そうだぜ! 相手は優勝が当然と思っているからプレッシャーもあるはず! ならそこに付け入れば俺達にだって勝機が―――」
などなど、先輩レギュラー陣はやる気を出していた。うつむいていた主将も顔を上げてこぶしを握っていた。元気が出たようで何よりだ。
「うん! 坂本君と今宮君の言ったとおり、初戦から桐陽高校と当たるのは予想外だったけど、これは僥倖だ。松葉君、今宮君が万全の態勢で挑めれば十分勝機はある。なにせ桐陽高校の情報は十分にある。対策を練る時間もね」
監督は満足げな表情だ。自分たちで考えなさい。これが工藤監督の口癖だ。ヒントはくれるが答えはすぐに言わないが迷ったときは手を差し伸べてくれる。指導法も常に最先端を取り入れるべく監督自身、自己研鑽を怠らない。そんな監督だから、俺と悠岐はこの明秀高校を選んだのだ。
「みんなが闘志を燃やしてくれるのはいいことだ。この流れのまま寝る前に一度桐陽高校のことを分析してみようか。まずは何より気を付けるのは―――」
急遽始まったミーティング。結局白熱してしまい、気づけば二時間も経過していた。就寝するころには日付が変わる時刻になっていた。
早紀さんに連絡するって言っていたのに、し忘れた。拗ねられる前にメッセージを入れておこう。
―――早紀さん、遅くにすいません。組み合わせ抽選で一回戦の相手が大阪の桐陽高校に決まりました。まさか優勝候補の大本命です。
多分みんな俺達が負けると思っているでしょうけど、その予想をひっくり返して見せます。早紀さんもテレビの前で応援していてください。
早紀さんの応援があれば、俺、どんな相手でも抑えられる気がするんです。だから、応援お願いします。
それじゃ、おやすみなさい―――
「これでよし。さて、寝るか」
俺は早紀さんの返事を待つことなく、眠りについた。