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第100話:エース、風邪をひく

ご興味を持っていただきありがとうございます。



楽しんでいただけたら幸いです。

 一回戦を無事に勝利したが、俺としては実に不甲斐ない投球で反省の多い試合だった。雨と言う悪天候の中だったことで身体に張り付くシャツの気色悪さや濡れて滑るボール。感覚の一つ一つが誤作動を起こしていることを頭では理解しながらそれを制御することが出来なかった。


「未熟ってことなんだろうけど……やっぱり雨の中の試合は嫌いだ……」


 何故大丈夫かと思ったのか我ながら理解に苦しむ。重い身体をベッドから持ち上げて俺は起き上がる。時刻はまだ7時前。試合から一夜明けた今日は午前の練習は休み。午後は軽めの調整となっている。夏と違って試合数が少ないセンバツ大会は試合間隔が短いためしっかり休まないと試合でのパフォーマンスが低下する。


 だが習慣とは恐ろしいもので、どんなに身体が疲れていても普段通りに目が覚めてしまう。隣のベッドで枕を抱きかかえながらスヤスヤと寝ている悠岐を羨ましく思いながら俺ももうひと眠りするかと思った時、視界が突然ぐにゃりと歪んだ。


「―――っえ?」


 それだけではない。頭がくらくらとして異常な熱を発しているのがわかる。額に触れてみると火傷するのではないかと思うくらい熱くなっていた。肌寒い雨の降る中、極度の緊張状態で試合を行ったことで俺の身体は悲鳴を上げたようだ。


「これは……ヤバイかも……」


 バタンと仰向けに倒れて天井を仰いだ。朦朧とする意識の中で俺が考えることはこの先の試合のこと。


 どうやら俺は間抜けなことに風邪をひいたらしい。



 *****



「早紀さん、こっちです!」


 私―――飯島早紀―――のところに明秀高校野球部のマネージャーの美咲ちゃんから連絡が入ったのはお昼過ぎのことだった。その内容に私は驚き、心配して、どうしようかとパニックになったが、続けて届いたメッセージを読んで大急ぎで支度をして、宿泊していたホテルを飛び出した。


 美咲ちゃんから教えてもらった明秀高校野球部宿泊しているホテルはタクシーで十五分ほどしか離れていなかったのですぐ着くことが出来た。エントランスではジャージ姿の美咲ちゃんが小さな体を目一杯使って手を振っていた。


「ごめんね! 慌てて準備したんだけど遅くなっちゃった! それで、晴斗の様子はどう?」

「薬が効いたのか、少し落ち着いて今は寝ています。ただ時々うわ言のように……その、早紀さん……って言ってて……それで……」


 美咲ちゃんはジャージをぎゅっと握り込み、肩をプルプルと震わせながら唇を噛み締めて、俯きながら教えてくれた。彼女の気持ちが痛いほど伝わってくる。私はそんな優しい美咲ちゃんをそっと抱きしめた。


「ありがとう、美咲ちゃん」


 晴斗の近くにいるのがあなたでよかった。と口に出すことはせずにぽんぽんと背中を撫でる。もし私が美咲ちゃんの立場になったら、同じように恋敵に連絡することが出来ただろうか。


「はる君の彼女は……早紀さんですから。だから辛い時にはる君がそばにいて欲しいと思う人が一緒にいてあげて下さい」


 ニコリと無理やり笑顔を作って美咲ちゃんは言った。瞳からは溢れそうになる大粒の涙があったが、彼女はそれが零れる前にさっと踵を返してホテルのエレベーターへと歩き出した。私にそれが頬を伝うのを見られまいとするように。


「はる君の部屋は703号室です。相部屋の坂本君は風邪が移らないように別の部屋に移動していますので今ははる君一人だけです。カードキーはこれを使ってください」


 エレベーターの中で晴斗が休んでいるフロアに向かいながら美咲ちゃんは早口で部屋番号と状況を話し、入室に必要なカードキーを手渡してくれた。ピンポーンと間の抜けた音が鳴って扉が開いたがまだ五階。美咲ちゃんが降りた。


「はる君のこと、よろしくお願いします。監督には私と坂本君からすでに話してありますので安心してください。では、私はこれで」


 頭を下げる美咲ちゃんに私が何か声をかけるより早く、エレベーターの扉は無情にも閉まり、上昇を再開した。コツンと壁に頭をぶつけてため息をつく。彼女の強さには脱帽だ。


 教えてもらった部屋はすぐに見つかった。寝ていると言っていたので起こしても悪いと思い、カードキーを差し込んでそっと扉を開ける。所定の場所にカードを置き、靴を脱いで部屋へと入る。


 さすがは名門野球部が宿泊しているホテル。中は相応に広く、風呂場とトイレは別々になっているしそのお風呂もそれなりに広い。ホテル内に大浴場もあるようだし、心と体をリフレッシュするには最適な環境と言える。少し大き目なシングルベッドが二つ並んでいる。そのうちの一つに大好きな子がすーすーと寝息を立てていた。


「はるとぉーーー愛しの彼女が来ましたよぉーーーなんてね」


 近くにあった椅子をベッドの間に移動させて晴斗のすぐそばに座る。雨が降って寒かった昨日と違い、今日は春の温かい陽気に包まれていた。高熱を出していることもあり晴斗の額にじんわりと汗が滲んでいた。私は持っていたハンカチでそれを拭いながら、頬に触れて優しく撫でる。


「昨日はよく頑張ったね。カッコよかったぞ」


 起きている時に伝えたかった言葉を言ってから、早く良くなりますようにと思いを込めて。そっと晴斗にキスをした。


最後までご精読いただきありがとうございました。


『面白い』『続きが気になる』と思ったら、


ぜひともブクマ、☆評価などいただければ嬉しいです。


ものすごく、嬉しいです!どうか……


何卒宜しくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[一言] 続き待ってます。
[一言] 最近の更新される話の内容にはワクワクが起こりません。 以前の話は頭の中で想像し、今宮君達が動き今宮君達の興奮や動揺、試合中の高揚感等を感じることが出来たのですが、最近の話では今宮君達が動いて…
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